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アサルトセイヴ・ヴァーサス  作者: 九条智樹
第1部 VS. クロスワン・バスタード
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第1章 白き剣 -1-

 つややかな白い繭の中で、彼は深く息を吐いた。


 狭い空間を覆うような巨大なスクリーンに、飛行機の操縦桿を横にしたようなグリップが二つ。他には小さなサブモニターやペダルといった、いかにもコックピットらしいものが収められている。

 繭の中の機材全てが起動し、順次赤や黄色の灯りが点り始めた。

 ファンが動く音がする。徐々に回転数が上がり、それは甲高い一本の音になる。

 膝の間にあるレーダーと機体破損状況を映すモニターでは、起動時特有のOSの頭字語アクロニムでもあるこの兵器の総称が、英語のままで表示されている。


 やがて繭の内部を覆うモニター一面に、どこかの機械工場の内部のような、灰色の風景が広がった。

 そこに。

 自らを見下ろすような形で、真っ白な胸部と腕、足が映し出された。

 ややあって外部のカメラに切り替わり、その全体像がモニター一面に現れる。


 雪のように白い装甲に覆われ、武骨で巨大な刀を握り締めた機械の身体。背には翼を携え、天使のような神々しささえある。

 そしてそれは、指先一つで動かせる、彼のもう一つの身体だ。


「――桐矢一城(とうやかずき)


 カメラが元に戻り、目の前のスクリーンに『ALL GREEN』の表示が出たことを確認すると彼は深く息を吸った。

 そして、宣言する。

 雄々しく、そして高らかに。



「イクスクレイヴ、出撃する!」



     *


 六月の二回目の週初め、その夕方のことである。

 高校からの帰り道、桐矢一城はとある理由でゲームセンターを訪れていた。

 チカチカと瞬く液晶の明かりと、必要以上の音量のサウンドには、少しばかり科学技術が発達した今だからこその、退廃的な感じがあった。


「耳が痛い……」


 ゲームセンターが音で溢れ返っていることなど当たり前だろう、と言いたくなるような場違いな苦情を、桐矢は漏らしてしまう。


 しかし桐矢の心情も分からなくはない。

 二〇一八年現在、NICという企業によって、通信や映像・音声技術は革命的に発達し、従来とは比べ物にならない高性能なものが、安価に出回るようになった。その点に関しては、世界中の人間が感謝するくらいにありがたい話ではある。


 しかしそのせいか、ゲーム筺体の出す音のどれもが、バイノーラルだか何だかに聞こえるような仕組みになっている。つまり、遠く離れて他の機器とも混ざった音を聞く分には、些か以上に耳に障るわけだ。

 帰りたい、と桐矢は心の底から思う。だが彼にはすぐに帰れない理由があった。それこそが、彼がわざわざここまで来た理由でもある。


「……何でも願いが叶うゲーム、だったか?」


 桐矢は幼なじみの女子から送られてきたメールをスマホで開き、列挙されたリストを見る。

 何でも願いを叶えてくれる格闘ゲーム。

 何をしても当たりが出続けるスロット。

 777点を出すと恋が叶うリズムゲーム。

 十万円が抽選で当たる両替機。

 その他、胡散臭い都市伝説が延々挙げられていた。今日の桐矢はこれの真偽を確かめることを命じられている。


「はぁ、あいつにレポートを手伝ってもらうんじゃなかった……」


 憎らしげに笑う幼なじみの顔を思い出して、桐矢は顔をしかめた。しかし背に腹は代えられなかったのも事実である。

 今回のように桐矢は彼女に勉学で散々助けてもらっている。そしてそれが何回か重なると、彼女は桐矢に様々な要求を突き付けてくるのだ。

 ケーキバイキングで元を取る為の食べる量を測る実験であったり、夏祭の屋台の全制覇の付き添いであったり、こうして都市伝説の検証であったり、そういう無茶で無意味な要求ばかりを、だ。


 そしてこれを断ると、次以降は彼女の助力が得られない。桐矢も高校合格も、彼女に勉強を見てもらったおかげという節があるので、彼女からの供給が断たれると困ることになる、というからくりだ。


「それで、今回は都市伝説の検証ねぇ。どれもこれ嘘っぱちだろ……」


 ゲームセンターに来ただけで、願いや恋が叶って金銭が手に入るなら、恋愛や学業成就の神社は軒並み廃れてしまうだろう。


 ――適当に何個かで遊んで検証したふりでもして、明日あいつには全部嘘だった、とでも言えばオッケーか。


 そんな少々セコイ方法でお題をクリアすることにした桐矢は、とりあえず静かな場所を探すことにした。これ以上この騒音の中にいると、鼓膜がおかしくなりそうだったからだ。

 どこを目指すでもなく、休憩室なり何なりに着けばいいか、と音が遠のく方へ遠のく方へと少しずつ足を向けて行く。

 まるで砂漠でオアシスを探すようにふらふら歩きまわり、二、三分で桐矢はようやく求める静かな場所へと辿り着いた。


 巨大で白い繭のような箱の並ぶ空間。直径が約二メートルと言ったところの真っ白い球体が敷き詰められた、殺風景で異質なブースだ。


「……何だこれ――ってアレか。プレイヤーが中に入って遊ぶタイプのゲームか」


 ここがゲームセンターであることから、桐矢はすぐに察しがついた。

 そうなると音声は中で聞こえればいい訳なのだから、ここだけが他のブースに比べて静かなのも得心がいく。

 NICのせいでこうやかましいゲーセンが出来上がったわけだが、逆に防音技術も向上し、この手のゲームの筺体の外にまで音が漏れ出ることはない。


「中に入るってことは最新のガンシューティング系か、それか定番のレーシングかな」


 どこかにこのゲームが何なのか書いていないか、桐矢は看板のようなものを探し始めた。不得意なゲームでないなら、お題クリアの為にまずはこれをプレイしようと考えたのだ。

 だがそういう類は、得てして入口においてあるものだ。ブースの中央辺りまで足を踏み入れていた桐矢は、なかなか求める看板を見つけられず、代わりに天井から吊るされているモニターに気付いた。


「PVとか流れるやつか。ちょうどいい」


 そこで流れていたPVは終わりの方だったようで、桐矢が確認するとほぼ同時に、最後に映し出されるタイトルへと切り変わった。


「アサルトセイヴ、ヴァーサス?」


 中央にでかでかと、鉄板をイメージしたようなロゴが映っていた。それを読み上げても、いまいちどんなゲームなのかは分からない。せいぜい対戦系のゲームであることは分かるが、ゲームセンターで対戦しないゲームを探す方が難しいと言うものだ。


 するとさらに画面が遷移し、『OBJECT: now playing』の文字が浮かび上がった。どうやら、誰かがプレイしているのを第三者視点で映し出すようだ。


「これ見てれば分かるな」


 どんなゲームなのか少しばかり期待に胸を膨らませ、桐矢はモニターを見つめていた。

 真っ暗な画面に『STANDBY』と浮かび、画面の上部や下部にHPなどを表していると思われる、色々なゲージが現れた。おそらく格闘系のゲームなのだろう。

 そして『GO!!』と表示されると同時、画面が明かりに包まれた。


「始まったか」


 そう呟いた桐矢の視線の先。そこに出現したのは、巨大な人型のロボットだった。

 海の底にも似た、深い青の機体だった。

 横幅だけが非常に大きく、装備も重厚感が漂っている。背負った二つ大きな大砲のようなものを見る限りでも、この機体はいわゆるパワー型の重装備機体なのだろう。


「……格好いいな」


 目を奪われた桐矢は、思わず呟いてしまっていた。それほどに美しく、そして強さに溢れる機体だったのだ。

 ただのポリゴンの塊。本質はそうであるはずなのに、そんな風に割り切れないだけの力のようなものがそこにはあった。


「けど二対一なのか……。これは、ちょっと面白そうだな」


 だんだんと好奇心を刺激された桐矢は、いよいよ食い入るようになって画面を見た。

 敵として現れたのは、二体の白い機体だった。こちらは細身で、人が全身甲冑を着たようなシルエットだ。

 白の機体はどちらもシンプルで、いわゆる“初代”などと呼ばれたりしそうな機体だ。桐矢はあまりゲームに詳しいわけではないが、この手の機体は弱点が少なく、意外と後半に出てくる機体よりも強いことは、ままあることだ。

 それを理解しているから、敵の二人はそれをチョイスしたのだろう。

 そう桐矢が観察していると、互いの間合いに入ったらしく、本格的に青い機体と二体の白の機体が動き始めた。


 青の機体を挟むように白の二体が動き、腰のライフルを抜いた状態でそれが当たる間合いを保とうとしていた。この距離からなら近づかれても、背負った剣で斬ることが出来、逃げようとしてももう一つの機体に阻まれるはずだ。

 しかしそんな不利な状況を、青の機体はものともしなかった。


 二体から時間差で放たれたそれぞれ二発のビームの弾丸を、まるで知っていたかのように滑らかな動きでするりと躱す。それどころか、その一度のステップで二体の包囲網から簡単に抜け出していた。


 慌てた様子で二体が振り向き、今度は着地の隙を狙ってビームを再度放つ。

 だが青の機体は着地の瞬間に僅かにダッシュしタイミングをずらして躱すと、背に背負った大砲の一つを右手に構えた。


「……何だ?」


 瞬間、左腕から杭のようなものが伸びて、青の機体は地面に固定された。

 白の機体は残弾を切らしたのか、ビームライフルから剣に持ち替えて、青い機体へ斬りかかろうとしていた。だが、距離が開きすぎていてすぐには追いつかない。



 ――そんな攻撃でいいの?



 そう青の機体が笑ったかのように、桐矢には感じられた。

 まだ遠い二体へと向けて、青の機体は悠々と大砲を撃つ。五本のレーザーが一斉に白の機体の内の一体を貫き、そいつは当然のようにダウンした。その上に表示されたHPゲージはこの一撃で半分近く削り取られている。

 連携を崩されたことで動揺したか、一瞬動きを止めたもう一体は、無謀に突進していた。


 だがそこはもう、青の機体の独壇場だ。

 自分を地面に固定していた杭で、今度は敵機を突き刺す。剣やライフルを巧みに持ち替え、瞬く間に敵の二体を追い詰めていた。

 しかも、立ち回りが絶妙だった。

 敵の一機をダウンさせている間に、もう一体へ攻撃を仕掛ける。その一体がダウンすれば、また他方へ。こうして二対一の状況を、実質的に一対一に変えていたのだ。理屈は単純だが、敵に少しでも回避を許せばそのリズムは途端に崩れる。このゲームをプレイしたことがなくとも、それが高度なテクニックであることは十分に分かる。


 しかしある程度攻撃を重ねたところで、青の機体は何故かそれ以上攻撃をせず、一度大きく距離を取ってしまった。これではせっかく一対一に出来ていた有利な状況を、捨てたも同然になってしまう。

 大量のダメージを喰らってむしろ冷静になったか、二体の白い機体はまたしても連携を図ろうとし、そして挟み打ちをする形でライフルを構えた。


 しかし彼らが引き金を引くより早く、青の機体は動いていた。

 背のもう一つの大砲を構えると、その装甲が一気に開放される。大砲だと思っていたそれは巨大なミサイルポッドだった。

 そしてその夥しい数のミサイルが一斉に襲いかかる。

 既に射撃モーションに入り避ける手段を失くした二体は、そのミサイルの嵐をもろに受けて爆散し、画面上部に表示された別のゲージ――残機を表しているらしい――が三割も減らされていた。


 一度に二機とも沈める為に、あえて隙を作り誘いこんだのだろう。今さらになって、桐矢はそう気付かされた。


 やがて数秒でその白い機体も再出撃してきたが、もはや力量の差は歴然である。

 青の機体はその重さをまるで感じさせずに軽やかに飛び回り、ジェットだかブーストだかの水色の光が、まるでキャンパスを絵具で染めるみたいに尾を引いて流れていく。

 敵のビーム銃の攻撃を尽く躱し、そして花火でも打ち上げるかのようにミサイルをばら撒き、青い光に続いて真紅の炎で画面が染まった。

 白く華奢な二つの機体は瞬く間に破壊され、その紺碧の機体だけが火炎の中で佇んでいた。


 ――そうして。

 青の機体は、ついぞ一撃も攻撃を受けることなく勝利を飾ったのだ。


「……マジ、かよ。強すぎるだろ」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 それがゲームだと理解しているはずなのに、その戦いは桐矢が見とれてしまうほどに美しかったのだ。

 巨大な人型ロボットを使って戦う、いわゆる戦争を扱ったゲームであるのも理解している。だから、そう思うことが不謹慎だと言われれば、きっとそうなのだろう。

 だがそれでも、その光景はあまりに輝いて見えた。


「――ックソ!」


 八つ当たり気味に怒鳴って、その白い繭から二人の男が飛び出していく。今の二人が白の機体を操っていたのだろう。こんな風な負け方をしたら怒鳴りたくなるのも分かる。


「あんなに強いってことはプロのゲーマーか……?」


 彼らとてプレイしたての素人ではないだろうに、それを相手に無傷で勝利した相手が気になった桐矢は、きょろきょろと繭から出てくる人がいないかを探した。

 そして、キィ、と目の前の繭の後部から扉が開くような音がした。



 まるで深海のように、濃く青みがかった黒髪だった。



 てっきり男が出てくるのだと思い込んでいた桐矢は、その長い髪にまず驚いた。

 そして彼女の容姿を見た瞬間、桐矢はまるで時間を奪われたかのように言葉を失った。

 理由など決まっている。

 ただ彼女の美しさに呑まれたのだ。


 どこまでも深い海を思わせる、神秘的にすら見えるブルーブラックの髪と瞳。

 決して痩せ細っているわけではないのに、触れれば折れてしまいそうなほど華奢な身体。

 凛としながらも儚く消えてしまいそうな立ち振る舞い。

 そのどれもが彼の視線を奪い、独占していた。


 どれほど彼女に見入っていたのだろう。

 既にブースの外へと足を向けていた彼女は、桐矢の視線に気づいた様子で振り向き、ほとんど声に出さずにこう呟いていた。


 ――ようこそ。たった一つの希望を賭けた、繭の中へ。


 にっこりと笑い、小さく手を振りながらその青い女性は去っていく。

 桐矢には、ただその後ろ姿を見つめることしか出来なかった。


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