80 冬 冬虫夏草 25
「わたしたちは、本来、選り好みの激しい種族です。……おいしくないものは、まず、口にしません。……でも、証拠を示さなければならなかったし、緊急事態、でしたから」
拓は、二人の様子を、固唾を飲んで見守っていた。
「緊急事態でした、じゃなくて、まだ、緊急事態です、ですよ! 錦城さん」
茜の目が悪戯っぽく輝いた。同時に、フフィ~ン、という不敵な微笑みが浮かぶ。といっても、意地が悪い、という感じではない。
「拓ぅ、悪いけど、牛丼と、あと、コンビニでなんでもいいから動物性たんぱく質のおかず買ってきて! なるべく癖のない、食べやすそうなものがいいけど、なかったら鶏のから揚げでも豚の生姜焼きでもなんでもいいから!」
拓がぼうっと突っ立ってると、パンッと膝の後ろを茜に叩かれた。
「錦城さんは、わたしの邪気ですら、いざとなったら吸ったのよ? 牛肉とか豚肉とか、絶対食べられるって! 庭ができるまで消えてもらっちゃ困るし、待機電力程度でも、拓の気を吸われるのは厭だし。ご協力、よろしくお願いします!」
「そ、そんな」
手を握ったままゆさゆさ腕ごと振り回す茜を、吹子は困ったように見上げていた。
拓は外に出て走り出した。駅前の牛丼屋で三人分の牛丼を買い、近くのコンビニに寄った。
吹子がもともと食べてたガの幼虫って、きっとやわらかいんだよなぁ、などと思いながら、とろとろの豚の角煮とハンバーグセットを購入し、店で温めてもらって、錦城薬局へと急いだ。
「さあ、口を開けてくださぁい」
ここは錦城薬局の畳の部屋。
正座した茜が、湯気が立っているハンバーグの切れ端を割り箸でつまんでいる。
にこにこ、というよりはにやにや、に限りなく近い笑顔で彼女は、座布団を重ねて背もたれ風にし寄りかかっている吹子の口元に、それを持っていく。
拓が買い物に行っている間に、茜が吹子の傷の手当てや着替えを手伝ったのだった。
吹子は、いやいやをするようにかぶりを振る。
「ほぅら、おいしいですよぉ」
「あ……だめです、においが。……あと、色も焦げ茶色で形もちょっと」
何度やっても、吹子は顔を背けてしまう。
ほんとに邪気はすべて取り去られたのだろうか?
拓は思わず疑いたくなった。
「邪気すら吸ったのに、なんですか! 薬局の仕事、好きなんでしょう? お肉や魚が食べられれば、人間の気を吸わないで薬局を続けていけるんですよ」
「……ですから、薬局はもう、たたむつもりで」
「誰も喜びませんって、そんなの。漢方薬を定期的に買っていく常連さんもいらっしゃるんでしょう?」
「ええ、まあ……」
「薬局閉めたら、常連さんたち、すごぉ―――く悲しむと思いますよ」
茜に臨場感たっぷりに言われた吹子は、何回か瞬きをし、息を長く吐き出した。
「それに、わたしの邪気だって、吸っていただいたのはいいですけど、結局、発生する原因や理由など、詳しいことはまだわかってないでしょう? わかるのには時間がかかるかもしれないし、わかるまでにもしまた邪気が大きな蛇みたいになっちゃったら、吹子さんに頼るしかないんですよねー、わ・た・し」
「早く、メカニズムを、解明しましょう。……協力できるところは、します」
急に、吹子の言葉がしゃっきりした気が、拓はした。
書いているうちに、牛丼と味噌汁もしくは豚汁が食べたくなってきました。
この話もついに(?)次回で終わる予定です。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。




