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08 春  パンジー・ビオラ 7

元気がなかったら(苗は)植えてももらえないのか、というJC薫の問いに、拓はどう答えるのか? 

「目的にもよる」

 ようやく拓は口を開いた。まっすぐに薫の目を見つめる。

「仕事で花を植えるのであれば、ひょろっとした苗はまず、植えない。特に何か言われたりしない限りは、植えた植物が元気によく育って、きれいに花が咲き続けるようにすることが目的だからな。元気のない苗が、元気な苗に病気や虫をうつすこともあるし。……今回は、お前のお母さんから頼まれた仕事だ。部の活動だし報酬はもらってないけど、これは俺たちにとっては、 仕事なんだ」

 薫が溜息ためいきをつきながら苗を見た。オレンジ色の花が細かく震えている。

「できる範囲で最高のクオリティの花を提供することが目的であり最優先事項だ。もし、俺たちがあまりよく育ちそうにない苗を植えたら、理由はどうあれ、手抜きってことになっちまう」

「そんな! だからって、そこまで杓子定規しゃくしじょうぎにしなくったっていいじゃない。今は元気な苗だって、アブラムシがついたり病気になったりするかもしれないんだし」

 茜が、拓の胸を掴みかからんばかりに顔を近づけて抗議した。わきめて両手のこぶしを強くにぎり、脚もぐっと踏ん張っている。

「最後まで聞いてくれ。まだ話は終わっていない。……お母さんは、『春の野原みたいにしたい』 と言ってた。野原には、葉がみっしりして元気な花ばかり咲いてるわけじゃないだろ? 元気がないのも、病気にかかってるのもあるはずだ」


 ――そうですよ。ほぉんと、いろいろですよいろいろ。

 目を閉じ、肘を曲げ、両の手のひらを上に向けるスミレの複雑な表情からすると、元気だとか病気だとか以外に、花同士の関係も人間関係みたいにいろいろありそうだった。

 拓は、そこはあえてスルーすることにした。

 薫が、ぽかんとした顔で拓を見上げた。


「それに、ここはお母さんの家だが、薫んでもある。だからお前がそのひょろっとしたやつを責任もって自分で植えて、面倒もきちんと見るなら、お母さんは認めてくれる……かもしれない。俺はお母さんじゃねーから、断定はできないがな。あと、ちゃんと自分でお母さんに話さなきゃだめだけど。……どうする?」


 薫は手にした苗のオレンジ色の花を見つめたり、色の薄い葉をそっと撫でたりしていたが、やがて決意したように拓を見上げた。

「植える……自分で」

 目にまた強い光が宿やどり、頬にも赤みが差していた。

「わかった」

 拓も口角こうかくを上げ、大きく頷いた。

 茜も、眉を持ち上げ、ほっとしたように長く息を吐き出した。

 ――どことなくうまぁく責任回避せきにんかいひしたような気がしなくもないですけど、薫ちゃんの望みもかないそうですし、結果オーライですかね?

 目を悪戯いたずらっぽくあっちにやったりこっちにやったりしながらにこにこするスミレに言われて拓は、う、と言葉に詰まった。

 しかし、こめかみを流れる汗以外に、動揺を見せることはなかったのだった。


「一段落したし、汗もいっぱいかいたし、ここらで水分補給しますか!」

 茜がいそいそと、バッグから、保冷袋に入ったスポーツドリンクのペットボトルと紙コップを出した。それから三つの紙コップにスポーツドリンクを取り分けてまわした。

 三人は立ったまま、ほぼ一気にそれを飲み干した。

「かーっ、労働のあとの飲み物は美味うまいね!」

 と口を大きく開け紙コップを高くかかげる茜に拓は、

「まだほとんどしてねーだろ、労働!」

 と突っ込みを入れた。

「えー、やったじゃない。まんぐーすは、みんなでほーすへびとたたかった! らいふぽいんとがへった! って感じ?」

 茜は棒読みするみたいに言って、口を尖らせた。

「誰がマングースだ!」

比喩ひゆよ比喩!」

 黙って聞いている薫の表情も、階段で出会ったときより少し、明るくなっているようだった。



 スポーツドリンクを飲み終えたあと、三人分の紙コップをごみ袋用のポリ袋に放った拓は、パン、と手を打ち合わせた。

「じゃ、植えるぞ。色の並べ方はどうする?」

「紫なら紫、オレンジならオレンジ、って一つの色ごとにかたまりみたいに置いて並べていくって方法もあるわね。薫さんはどう思う?」

 茜がたずねると薫は、顎にこぶしを当ててうーん、と考える格好をした。

「……きっちり色の帯みたいになるよりは、今みたいに、いろんな色がばらばらに隣り合ってる方がいい」

 薫は、ケースの中に色も大きさもばらばらに並んでいる花を、じっと見つめている。

「白がすぐ隣りだと、紫もきつくないし、その白をはさんでオレンジがくると、紫とオレンジ が隣りのときとはまた違う、いい感じだし。……でも、そればっかりだと飽きるっていうか……すぐそばに、薄い青、白、黄の組み合わせがあると、やわらかくなる感じ」

 花を一つ一つ指さし、薫は、長い言葉を繰り出した。言葉を少しずつ区切りながら、自分の中でゆっくりと文章をつむいでいるようだった。


 拓と茜は、彼女の言葉に、最後までじっと耳を傾けた。

「確かに、その方が野原っぽいかもね」

「でも一つおきに白い花ってできるほど、白いのがたくさんあるわけでもないからな。二つ同じ色が続いたら白を入れて、奥の列はまた違う色にする感じでやってみるか」

「白が縦一列に線みたいに並ばないようにするには、手前から二列目は、白を端に置いて、その奥は、また白以外の色から始めるとかすればいいのかな? 薫さん」

 茜は腰に手を当てて、薫の顔を覗き込んだ。

「それでいいと思う。同じ色の系統で、濃いのと薄いのと並べてもきれいかも」

「じゃ、そういうのも入れましょうよ」

「大きさはどうする?」

「……ばらばらでいい」


「おっしゃ、じゃ、始めるか。ほい、お前もこれ、はめて」

 拓はバッグからゴム手袋を出すと、薫に渡した。薫がはめると、だいぶ指先がぶかぶかしている。

「わりぃ、サイズこれしかないんだ。自分に合うやつ、あとで買ってくれ」

「大丈夫」

 薫は肘を曲げてゴム手袋を引っ張り、指を曲げたり伸ばしたりしてみせた。

「まずは、ポットから苗を取り出す。あ、元気のない子……やつじゃなくて、多少のことがあっても何とかなりそうな元気なやつにしといてくれ。そうそう、そいつなら平気だろう」

 薫は、さっき抱えていたひょろ長い苗を置き、背の低い、葉がみっしりした白いビオラの苗を選んだ。

 拓は濃い青のパンジーの苗、茜はオレンジのビオラの苗、と全員ポットを一つずつ持ち、拓、薫、茜、と三人並んで植え替えスペースの前にしゃがみ込んだ。


「ポットの底の方を指で支えて持って、その指を、苗と根をいためないようにそっと、何回かパカパカさせる。そうすると苗が少し浮き上がってくるから、反対の手で苗の根元にある土のへりを掴む。で、逆さにして、根を崩さないようにしながら苗を取り出す」

 拓はしゃべりながらも慣れた手つきで、するすると苗をポットから分離してみせた。

 茜も何とか苗を取り出していた。


 薫は苦戦していた。なかなか苗がポットから出ないようだ。手袋が大きすぎるのも原因の一つらしい。

 スミレが、真剣な眼差まなざしで薫の手に自分の手を添えているのがはっきり見えた。

 ……ったく、気づかれねーし物理的な影響力もねーってのに、よくやるよな。

 あんじょう、全然、薫は苗を取り出せていない。

 ――そうそう、さっきよりいいわよ。あっ、そこはもっとぐっと指を入れちゃって平気。あ……ドンマイ! 落ち着いてやれば、きっと大丈夫だからね。

 届くことのない言葉を、スミレは一生懸命、薫に向かって語りかけ続けている。


 拓は眉を持ち上げ、薫と茜に気づかれないように静かに長く息を吐き出した。

 見てらんねえ。

 それから、いや、とかぶりを振った。

 すぐに拓が手伝うという方法もあるけれど、それでは薫のためにならない。

 自分がやるべきことは、まずは見守って、必要なときに必要なアドバイスをすることだけだ。

 拓は、苗を手にしたまま薫の手元を見つめ続けた。

「そうだ、ポットと苗の間に隙間すきまができたら、さっと指を入れて根元を掴む! よし! そのままそっと、優しく回しながら引っ張り出すんだ。あせらなくていい。……いいぞ。その調子だ」

 ほどなくしてスポッと苗がポットから抜け出た。勢いがよすぎて花や葉が薫の鼻のすぐそばまで来ている。

 ――よかったね! 薫ちゃん、ほんとよかった! やればできる子!

 スミレは薫を抱きしめ、輝くような笑顔になった。

 薫が一瞬、目を見開き、驚いたような顔をした。

 拓はドキッとした。スミレの存在に気づいたのだろうか?

「根を崩さないように」は、植え替えではけっこう大事だと思います。例外もありますが笑

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