表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/81

79 冬  冬虫夏草 24

 ――失礼。

 吹子は茜の肩に手を置き、彼女の首筋、耳の少し下辺りにいきなり唇を押し当てた。


「い、いやぁっ!! ちょっと、何すんですか! 変態!」


 茜が悲鳴を上げ、身をよじらせても、吹子は顔色一つ変えず、唇を離さない。

 ベビーパウダーみたいないい匂いが、拓の鼻にも届く。

 拓が必死に目を開けて見てみると、何かを吸っているように、微かに頬がすぼまっている。そのうち、表情が変わってきた。少し苦しそうだ。


 ほんの一瞬、吹子と目が合った。

 わずかながら眉根に寄せられていた皺が、ぱっとほどけ、あるかなきかの笑顔が現れた。それからはっとしたように目が伏せられ、やがて目が閉じられたまま、行為が続けられた。


 茜は、声を失ったまま、茫然ぼうぜんとしている。

 吹子は肩で息をし、頭をときどきふらふらさせながら、なおも茜の首筋を吸い続けた。

 そうして突然、彼女から体を離した。

 みぞおちの辺りを両手で押さえ床にうずくまってしまった吹子は、そこに転がり、のたうちまわった。


 目と口をきつく閉じ、眉根に深く皺をきざんで、体をよじっている。まっすぐに近くなったり、くの字になったりと、彼女の体はめまぐるしく伸び縮みし、体のあちこちから青白い稲妻いなずまのようなものが立ちのぼる。

 高く細いうめき声が漏れるけれども、彼女はけっして目も口も開けない。


「ちょ、ちょっと錦城さん、大丈夫ですか!」

 冷やかな意地悪さが消えた声で、茜が叫んだ。

 茜の目にもまた、吹子が見えるようになったらしい。


「拓、離して! あのままじゃ錦城さんが死んじゃう! わ、わたしそんなことまで頼んでないよ!」

「だめだ!」

 拓は、渾身こんしんの力を込めて茜を制した。

 やがて、片手を腹に、もう一方の手を体の脇にだらりと垂らして、吹子は動かなくなった。


 白くふわふわしたワンピースのあちこちに、焼けげたような穴ができている。


「「錦城さん! 錦城さん!」」

 拓と茜は、何度も何度も、彼女の名を呼んだ。


 吹子から、茜を近づけるなと言われていなければ、拓は彼女のところに飛んでいきたかった。抱きかかえて、すぐにでも手当てしたかった。

 けれども、自分は吹子と約束したのだ。吹子がいいと言うまで、決して、茜を彼女に近づけないと。



 吹子が、うっすらと目を開けた。


「もう、いいですよ」


 拓と茜は彼女の元に駆け寄った。


「きゅ、救急車を呼べばいいですか!?」

 拓が舌を噛みながら言うと、吹子は首を横に振った。


「呼ばないで、ください。……傷は、ここにある薬で、治せます。……お願いします」


 拓は、携帯端末を握りしめた手を下ろした。


「ごめんなさい。まさか、こんなことになるなんて」

 茜は床にぺたんと座り込み、泣きじゃくっている。


「いいんです。……それより土屋さん、水原さんを、見てください」

 茜は言われるままに拓を見た。



くまが、消えてる! ほっぺたも元どおりで、全然やつれてない!」



 茜は口に手を当てて、目を見開いた。

 拓は両手を握りしめたり開いたりしてみた。さっきの力の入らなさが嘘のように、体が軽い。どこまでも力を込めることができる。


「ごめんなさい。……どうやら、拓の気を奪っていたのは、本当にわたしの邪気だったみたいですね。錦城さん、それをみんな吸って……それでこんなに苦しんで……。おいしく、なかったんでしょう? 危険だったんでしょう?」


 茜は、吹子の手を取った。


「はい。……まずかったです。……危険でも、ありました」

 吹子はおだやかに微笑んだ。茜の手を握り返す力はないようだ。


いらしてくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ