78 冬 冬虫夏草 23
茜は顔をまっすぐに戻した。何も返事がないので、拓は話し続けた。
「いつも朝、起こしてくれたり、一緒に部活をやってくれたり、そういうの俺、どこか当り前みたいに思っちまっててさ。……で、お前は常に明るくて、元気で、悩みなんかないと思い込んでた。そういう、傲慢な慣れや思い込みがなけりゃ、お前が苦しんでること、ちっとは気づけたんじゃないかって、思う」
「でも、気づいたって、拓は自分を変えるわけじゃないんでしょ?」
向こうを向いたまま、茜の首がうなだれた。ポニーテールが、バサッと斜めになり、うなじが露わになる。拓が思っていたより、ずっと細い首だった。
「変えるって……?」
「わたしが厭だって言ったって、花の精と話したり、相談に乗ったりし続けるでしょ?」
「だって、見えちまう以上、しょうがねえだろ。……それに、俺が花の精と話して、なんでお前が厭になるんだ?」
茜を羽交い絞めしている腕が痺れてくるのをこらえながら、拓は答えた。
どうしたのだろう。だんだん、腕に力が入らなくなる。痺れのせいだけとも、思えない。
「あー、もう、いいわよ。やっぱり拓は、なぁんにもわかっちゃいない」
茜は眠りに落ちた人のように顎を自分の首につけ、溜息をついた。
けれども、思い出したように顔を上げ、吹子を見据えた。
「もし、さっき言ってた邪気とやらが本当にわたしのなんだとしたら、その証拠を見せてくれませんか?」
茜は、薄く笑っていた。
「お、お前、何言って……」
「拓は黙ってて! これは、わたしと錦城さんの問題なの」
ポニーテールがブンッ! と揺れ、平手打ちのように拓の頬を打った。
また、拓の体の力が抜けていく。
「出まかせでなければ、できますよね?」
――わかりました。……どんな方法でも、いいですか?
吹子は指輪をこすっていた手を止め、眼鏡のフレームを押し上げた。
「かまいません。でも、わたしの邪気が拓をやつれさせているってことがはっきりわかる形でないと困ります」
――承知しました。
吹子はカウンターを出、無表情で茜の方に近づいてきた。
「ま、待ってくれ錦城さん! もし万一、邪気がこいつの中にあるんだとしても、こいつには怪我とかさせないでやってください! おね」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」
また、ポニーテールの平手打ちが拓を襲った。しかも連打。 髪の毛なのに……たかが髪の毛なのに……急速に体全体が鉛のように重くなり、拓は、目を開けているのもつらくなってきた。
くっ……。
落ちてくる瞼に、必死で抗う。
吹子は茜のすぐそばまで来た。拓とも茜とも目を合わさず、立ち止まっている。
――土屋さんのそばでいったん止まっています。気にしないでください。
茜に向かって彼女は言った。
「ど、どうしたんです? 実は自分の方が拓の気を吸ってたって、告白しにきたんですか? それとも、これからどこの気を吸おうか、考えてるんですか?」
茜は挑発的なことばかり言って、笑っている。
吹子は答えなかった。そして、目を伏せ腕を伸ばし、立てた小指を拓に差し出した。
――わたしがいいと言うまで、何があっても、土屋さんを、わたしに近づけないでください。約束、してくれますか?
「わかりました」
羽交い絞めを続けながら、拓は小指を立て、吹子の小指にからめた。 腕を下ろした吹子はまた一歩、前に進み出た。
話をどこで切るかいつも迷いますが、今回は本当に迷いました。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。




