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71 冬  冬虫夏草 16

「……今、なんて言った」

「錦城吹子さんが今日は見えなかった、と言ったの」

 茜は手を動かしたまま、声をひそめた。


「どういうことだよ」

「シーッ、声が大きい。わたしが聞きたいわよ。拓には、前と同じように見えたのね」

「ああ。白いふわふわしたワンピースを着てて、やることがあるから、今日はすまないけど二人で作業してくれって……」

 拓は首を縦に振った。


「わたしに見えなくて、拓には見える、ってことは、あの人も花の精なのかもね。それか幽霊か」


「馬鹿な! だって、最初に会った日は普通に見えてたし、入れてくれた紅茶も飲んだだろ? お前」

 スコップを持つ手が震える。


「あ、手を止めないで。錦城さん、こっちを見てるかもしれないし。気持ちはわからなくもないけど、でも、現実なんだもの。目をそむけないで」

 茜はそれまでと変わらぬ様子で、スコップで堆肥や腐葉土と元の土を混ぜ合わせていく。


「だって花なんかないじゃないか」

 小声で話していても、気持ちの高ぶりがつい声に出てしまう拓だった。


「ここにはないけど、もしかしたら家の中にあるのかもしれないし。作業やってる間に、今までの経験も合わせて、冷静に考えてみて」


 幽霊は一度も見たことはない。花の精は、何度もある。吹子が花の精……? でも、茜にも見えていたというのはいったい……?

 堆肥と腐葉土を土に混ぜ込んだあと、表層の土を下に、深層の土を上にして溝を埋め戻している間じゅう、拓の頭はぐるぐるしていた。


「あと、拓、ここ数日でなんていうかすごくやつれたよね。目の下の隈は消えないし、ほおもこけて。ずっと疲れてるみたい。錦城さんと話すとき、気をつけて」


 拓に背を向けてスコップで土を埋め戻しながら、茜は言った。


「別に俺は、前からこういう顔だよ。疲れてもないし。気をつけるって、何を気をつけるんだよ。ほっとけ!」


 茜からの返事はなかった。

 けっこう土埃つちぼこりがたったので、途中からは二人ともマスクをつけた。

 最後に土をならして作業を終え、拓と茜は建物に戻った。

「お疲れ」

「お疲れ様」

 それしか、二人は口をきかなかった。



「どうもありがとうございました。……お疲れ様でした」

 カウンターの内側で何か作業をしていた吹子は、立ったまま頭を下げた。

 どこからどう見ても、人間そのものだった。少なくとも、拓の目にはそう映った。


「いえ。まだ、何も植えてないですし。でも、土はだいぶ養分が豊かになったと思いますよ。害虫や石も取り除いたし」

「そうですか。……楽しみです」

 姿勢を戻してあるかなきかの微笑みで答えたあと、吹子は少しうつむいた。


「すみません。……今日は、お茶をお出しすることができないんです。……でも、よかったら、座るだけでも、また休んでいってください」

「あー、いいですいいです。平気です」

 拓は指を広げて手を横に振った。


 そのとき、茜が後ろから拓をつついた。ものすごい目で拓をにらんでいる。


「あのぅ、錦城さん」

 拓は喉がからからだった。そこまで言って、言葉に詰まった。

「はい」

 吹子は、これまでと変わらず、澄んだ目で拓を見つめている。


「気を悪くしないでいただきたいんですが、こいつが……土屋つちやが、変なこと言い出しまして」

 拓は茜を自分の横に押し出した。


いらしてくださり、ありがとうございます。

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