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67 冬  冬虫夏草 12

天地返しの作業を行う拓の頭に、振り払っても振り払っても、吹子すいこの姿が浮かぶ。


 ……人間を、俺が植物でなく人間の女をこんなふうに何度も思い出すなんて。



 なぜだ!?


 土を掘り返しても、掘り返しても、答えは出なかった。


「あのぅ」

 背後からかそけき声がした。

 既に裏庭の半分ほど天地返しを終えたあとのことだ。


 吹子が白衣を脱ぎ、というところまでは拓の妄想と一緒だった。

 だがしかし、彼女は、白いダウンジャケットと黒いパンツという姿で剣スコップを持って立っていた。

 ダウンジャケットのジッパーは、首元までしっかり閉まっている。


「そりゃそうだよな」

 ひとごとのつもりだったのに、何がですか、とかれて拓はしどろもどろになった。


「どうしたんですか。店は?」

「今日はもう、閉めました」

「いいんですか」

「はい」

 吹子はきっぱりと言い、口角をほんの少し上げた。それから、真顔に戻った。


「頭を打ったところは、大丈夫ですか。……ずっと下を向いている作業のようなので」

「なんともありません。平気ですよ」

 拓は、前に家で鏡を見ながら試したうちで一番「怖くない顔」だったものの表情を、再現した。それでもやっぱり怖い顔かもしれない、と思いながら。


「よかったです」

 またちょっとだけ、ベージュピンクの唇の端が上がった。


「作業を、手伝いたいのですが」


「いいですよ。俺一人で、なんとかできます。スコップは重いですし」


 特別小さいわけでもないのだが、拓よりは背が低い吹子が持つと、スコップの柄の手で握りしめるところもだいぶ高い位置になってしまう。

 これでは、土を掘り返すときバランスをとるのが難しいかもしれない。


「大丈夫です。……教えてください」

「白い服だと汚れますよ」

「これしか、ありません。……教えてくださいませんか」


 懇願こんがんするように見上げられて、断れる男がいるだろうか。


「わかりました。けど、無理しないでくださいよ」

 あらためて、吹子とスコップを眺める。使い込まれた大きな剣スコップだ。ブレード部分は一面、茶色くびている。


「ずいぶん大きいスコップですね。女性用の、もっと軽いのも売ってますよ」

「いいんです。……夫が、使っていたものなので」

 吹子は目を伏せて微笑み、いとおしそうに柄をでた。


「そう、ですか」


 拓の胸からみぞおちの辺りが痛んだ。


「……庭のことはすべて夫にまかせていたので、初めて持ちました。……こういうふうに、掘ればいいんでしょうか」

 吹子はスコップの先を斜めに地面に突き立てた。

 だが、浅くしか土を掘ることができていない。


 そのまま眉根まゆねしわを寄せて土をすくう。腕がふるふるしている。取っ手を握る右手にも、柄を握る左手にも力を込めているようだ。

 けれども、あまり土は持ち上がらず、彼女はよろめいた。


「土に突き刺さらないときは、足をブレードの肩にかけて、ぐっと体重をかけてみてください」

 頷き、吹子は言われたとおりにする。

 さっきよりはブレードが深く土に入り込んだ。


「そうしたら、左脚を少し前に出して両脚を広げ、膝をちょっと曲げて、取っ手を押し下げてみてください。柄とブレードの境目が支点、柄の先端である取っ手が力点になるっていうてこの原理で、そんなに力を入れなくても土が持ち上がるはずです。柄が長いですから」


 真剣なまなざしで吹子は脚を曲げ、取っ手を押し下げた。

 さきほどの何倍もの土がすくわれた。

 吹子は腰を伸ばし、持っているスコップの先に盛り上がった土をぼうっと見つめていた。

 それから、拓を見た。 頬が微かに紅潮し、口角が上がっている。目も輝いている。


「たくさん掘り返せたじゃないですか。じゃ、土を脇に下ろしてください」

 ちょっとふらふらして危なっかしい手つきではあったけれど、吹子は無事、土をブレードから脇の地面へと移した。


 それからは、二人で黙々と土を掘り返した。


 会話がなくても特に気にならないのは、茜を初めとするほかの人間と一緒のときと同じだ。

 けれども、なんだか吹子の姿を追ってしまう。

 白くはかなげな横顔や、ダウンジャケットに覆われて凹凸がよくわからなくなっている胸、小さいが丸く張りのある尻、すっと伸びた脚。


 初めてスコップを使うというので心配だから、体力がなさそうだから、と理由をつけてみても、どれもしっくりこない。

 さっきの胸の痛みと言い、どうも今日の自分は変だ。


 ……茜と同じく、風邪のウィルスにやられたんだろう。

 拓はそう結論づけた。

いらしてくださり、ありがとうございます。

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