65 冬 冬虫夏草 10
だが、吹子はまったくそんなことは気にしていないようだった。
「頭部打撲は、内出血が続いて、数日経ってから症状が出ることもあります。……あなどらないでください。……犯人の、わたしが言うのもなんですが……」
「犯人だなんて! そんなこと言わないでください。ミステリードラマじゃあるまいし。俺、ダイイングメッセージを書いたりもしませんから(キリッ)」
あれ、ここ笑ってもらっていいところなんだけど?
死んでないじゃん! とか突っ込んでくれて全然かまわないところなんだけど!?
誰も笑わない。
風の音だけがむなしく鳴っている。
そして寒い(いろいろな意味で)。
「……何かあったら、すぐに病院に」
「わかりました。子どもの頃から石頭で、頭突きでよくクラスの男の子を泣かしたりしてたからまず大丈夫とは思います。けど、ちょっと喋りすぎっていうか。……錦城さんこそ、大丈夫ですか?」
「はい。……ちょっと、目から星が出たみたいでしたけど。……大丈夫です」
「お大事にしてくださいね」
「ありがとうございます」
女性たちは、拓に背を向けて、ぼそぼそとそんな話をしていた。
燃え尽きて白い灰になるのだけは避けよう。
拓は心に誓ったのだった。
吹子は打撲に効く漢方薬があるから持っていくか、と言ったけれど、拓は丁重に断った。
大したことはしていないのに、その晩、拓はたいそう眠くなった。起きていようにも目を開けていられず、いつもよりかなり早い時間に床についた。
翌日の昼休み、拓は吹子に電話をかけた。そして彼女の承諾を得て、放課後には彼女の家、すなわち錦城薬局に向かっていた。
茜は、風邪をひいたとのことで学校を欠席していた。
冬に作業をするときはジャージでも穿け、って言わなきゃな。
園芸道具の入った生成りのバッグのベルトをかけ直しながら、拓はふう、と息を吐き出した。
柄の長い剣スコップをずっと持っているので、だんだん右手が重くなってきた。
拓が錦城薬局を訪れたときには客はおらず、吹子は、襟ぐりの大きな黒いカットソーの上に 白衣を着てカウンターの内側に座り、ノートのようなものに何か書きつけていた。
引き戸は開いていた。
「こんにちは」
声をかけると、びっくりしたように彼女は顔を上げ、椅子から立った。
「こんにちは。……昨日は、申し訳ありません。……その後、頭は、いかがですか?」
あまり抑揚のない言い方だ。けれども、心配してもくれているようなのが、かそけき声のわずかな上がり下がりと微かに曇った表情から、拓に伝わってきた。
「大丈夫です。痛みもほとんどなくなったし。てか、錦城さんこそ大丈夫ですか?」
「はい」
吹子は頷き、小さな瘤ができたと頭に手をやった。
「俺もです」
吹子も自分も、ともに今、頭に瘤がある。
それが悪い気がしない、いや、むしろうれしいくらいであることに、拓は我ながら信じられない思いがした。
真面目に、打ち所が悪かったんだろうか……。
いらしてくださり、ありがとうございます。




