64 冬 冬虫夏草 9
「というと」
「植物には、葉が白っぽいものもいろいろあるんですよ。例えばシロタエギクは、野菜の春菊に似てる葉に粉雪が降ったみたいに、全体的にうっすら白っぽいですし、ほかに、ハツユキカズラってのもあります。そっちは小さい紡錘形の葉がこちゃこちゃっと集まってるんですが、最初はピンクの葉が、だんだん白くなって、それから緑に白い斑が入ったようになって、最後は緑になっていくんです。まあ、緑の葉は、秋から冬に紅葉しちまうけれども」
「そうなんですか……」
吹子は、野菜チップスを持ったまま手を止め、拓の話に聞き入っている。
「へ、へーん! 百聞は一見にしかず! これが、シロタエギクです」
茜はドヤ顔で拓を見た。それから、どこかのサイトにあったとおぼしきシロタエギクの写真を携帯端末に表示させ、吹子に差し出した。
「あ、雪っぽい。……きれいですね。……ありがとうございます」
吹子の目の光が増した。
ハツユキカズラやビオラ、プリムラ・ジュリアンなどの写真も、次々に茜は彼女に見せた。
「あー、でも、サイトを検索してる時間がもどかしいなあ。植物図鑑でも持ってくればよかったです」
口を尖らせる茜に対して、吹子は穏やかに頭を横に振った。
「これだけ見せていただいただけでも、だいぶ違います。……イメージが、はっきりしてきました」
吹子は、慈しむような目で茜の目を見た。
「そう言っていただけると、うれしいです! ご馳走様でした。お蔭さまで温まりました! お手数をおかけして申し訳ありません」
「そろそろ作業に戻ります。ほんと、ご馳走様でした。美味かったです。これ、台所に持っていけばいいですか?」
拓は空になったティーボウルを茜のと重ねて盆に載せ、ソーサーも同じようにして盆に載せると、立ち上がった。
「お茶関係は、どうぞそのままで。……でももう、外は暗いですよ」
正座したままの吹子に見上げられ、拓はドキッとした。
角度のせいか、吹子は、少し子猫に似ていた。
「いや、だってそんな長い時間お茶飲んでたわけじゃないし」
コートを羽織って外に出た拓は、唖然とした。
真っ暗だった。
拓のすぐあとをついていった茜も、口を開けている。
腕時計を携帯端末のライトで照らしながら見てみると、思っていたのよりずいぶんと時間が経っていた。
「曇っていると、日が落ちるのが早いみたいで……」
気の毒そうに、背後から吹子が二人に声をかけた。ブルーグレイの彫刻のように、彼女はひっそりと佇んでいる。
「申し訳ありません!!」
拓は深々と吹子に頭を下げた。
一瞬、えっという顔をした茜も、「申し訳ありません!!」と拓に倣った。
「……どうしたんですか?」
「少なくとも、今日は『天地返し』っていって、土を掘り返して日光と空気に晒し、土を殺菌したり、通気性や排水性をよくしたりする作業まではやろうと思ってたんです」
頭を下げたまま上目遣いで拓は言い、もう一度、頭を下げた。
「いえ、お二人とも、顔を上げてください。……まったく、気にしていません。……それに、お茶にしようと言ったのは、わたしです。……こちらこそ、ごめんなさい」
言葉を区切りながらかそけき声で言い終えると、吹子も両手を前で重ねて深々とお辞儀した。
ゴンッ!!
鈍く乾いた音とともに拓の頭に衝撃が走った。
「っ!! ……ってえ!!」
「だ、大丈夫です、か……!?」
頭を押さえながら顔を上げた拓の目に、同じく頭に手をやり目に涙を浮かべてそろそろと頭を起こしている吹子の姿が映った。
「え? 何? ぶつけたの!?」
ひとり無事であった茜が、真っ先にまっすぐになってきょろきょろしている。
「ごめんなさい。……距離を、見誤りました。…………本当に、ごめんなさい」
吹子の声はだんだん消え入りそうになってきた。黒曜石の目が潤んで、瞬いている。
「ハハッ、大丈夫ですよ。全然、問題ありません」
まだじんじんする頭から手をどけ、拓は無理に笑ってみせた。
「冷やした方が、いいです。……冷やしてください」
今にも泣きそうな顔で、吹子が言う。
「平気ですよ。……中学時代の上級生との喧嘩に比べれば、屁でもない」
あ、「屁」なんて言わずに、もっと汚くねー言葉を使えばよかった。
と思ったがもう遅い。
「朝、遅刻しそうになりパンをくわえながら走って角でぶつかる」設定の少年少女は、ちゃんと打撲箇所を冷やしてるんでしょうか?
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます(2015.1.6)。




