58 冬 冬虫夏草 3
水原 拓と土屋 茜は緑高校園芸部員。彼らの元に、キンジョウ薬局を営む錦城 吹子が、メールで仕事を依頼してきた。
その後、なんどか錦城吹子とメールのやり取りをし、実際に彼女の家に行く日がやってきた。
改修工事が行われてホームが天井の高いモダンな流線形になったり、木の柱が金属の柱に変わったりする駅が多い中で、草笛町駅のホームは昔のままだった。
低い屋根が長く伸び、その梁を、方杖という斜材が上の方についた木の柱が支えている。柱は白いペンキがところどころ剥げている。
駅前にはチェーン店の薬屋、惣菜屋、牛丼屋などがひしめいていた。まっすぐに伸びた道沿いに店が並んでいる。けれども、どうも休みの店が多い。八百屋、魚屋、電器屋。皆、シャッターが閉まっている。
「店の看板はきれいだし、潰れたってわけじゃなさそうだな」
園芸道具が入った大きな生成りのバッグを肩にかけ直し、拓は首をひねった。
「商店街の定休日なんじゃない? うちの近くのアーケードも火曜日はこんな感じよ?」
横を歩く茜は、なんでそんな不思議そうな顔をするのかわからないという顔をした。そして自分も、生成りのバッグのベルトをくいっと押し上げた。
「そうだっけか」
拓はまったく思い出せなかった。
学校を出るときには晴れていたのに、空はいつの間にか鉛色になっていた。灰色の雲にところどころ、藍色がかった凹凸がある。
近くの電柱から、カラスが乾いた羽音を立てて下りてきた。羽を広げ、しゃがれた声で鳴きながら、拓たちの前方を滑るように飛んでいく。
「やだ、何あれ。不気味」
「餌とまちがえられたんじゃね? 近づいてみたらあれ……意外と大きかったっつうことかも」
「し、失礼ね! 子育て中のカラスは気が立ってて人間を攻撃してくるっていうじゃない。きっと近くに巣があって雛を育ててるのよ」
茜は頬を膨らませて反論した。
「美味そうっていうのは、別に怒るようなことじゃねえだろ」
「厭よ! 餌だと思われるなんて」
茜はまだぷりぷりしていた。
冬とはいえ日没までにはまだだいぶあるはずだ。けれども空はどんどん暗くなっていく。
最初は道の両側にびっしりとあった店も、次第に間隔が空くようになり、じきにまばらになった。その頃には、道に高低差も出てきていた。
民家やマンションが続いた所にぽっと、薬局が現れた。
建物の前面に、洋風建築風、つまり擬洋風の板状あるいはそれに近い壁がついている、いわゆる看板建築だ。横から見ると、表側とはまったく違う飾り気のない建物が後ろにくっついているのがわかる。
前面は緑青のため白っぽい青緑色になった銅板葺きで、拓は、この建物だけ時が止まっているような気がした。
一番上に二重の水平ライン模様があるところからすると、大正か昭和の初めくらいに建てられたのかもしれない。
水平ラインの下にはデンティルという歯状装飾が見える。そこから二階の窓まで、竹で編まれた弁当箱みたいに左右から斜めに入り込む平行四辺形が連続する、網代模様が施されている。
二階の窓の両側にある戸袋は、魚の鱗みたいな扇形が続く、青海波という和風模様で覆われている。
その下には、金属でできた金色の立派な文字が横に並んでいる。右から「錦城薬局」 と読めた。
一階は、風で震えそうな薄いガラス戸の奥に、カーテンのような、日に焼けた白い布が引かれていた。ドアホンやブザーはどこにもついていない。
「やっぱり休みか」
「ま、そうじゃなきゃわたしたちとゆっくり話せないじゃない」
茜の言うことももっともだ。拓はガラス戸を叩いた。軽くノックしただけで、バリバリと割れそうな音がした。
「すみません、緑高校園芸部の者ですが」
返事はなかった。辺りはしんと静まり返っている。家は並んでいるのに人通りもない。もう一度ノックする。
「開いていますよ。どうぞお入りください」
か細い声がした。
拓はガラス戸を引いて開け、白い布をくぐった。
「おわっ!」
思わず手足が動いた。
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