57 冬 冬虫夏草 2
「うーん。普通に、えーとなんだっけあのおっきいサクラソウみたいな花が咲いて茎が短い、地べたにペタッ! みたいなやつ」
「プリムラ・ジュリアンか? 茎が少し長いプリムラ・ポリアンサや、もっと茎が長いプリムラ・オブコニカやプリムラ・シネンシスやプリムラ・マラコイデスじゃないんだろ? ま、どれもプリムラで、品種改良が進んで区別がつきにくくて、サクラソウ科だけど」
「あんまり、日本のサクラソウって感じじゃなかったよ」
「じゃ、やっぱりプリムラ・ジュリアン辺りだろ。プリムラはどれも花がいくつかかたまって咲いてて、かわいいよなあ」
「普通に、そのプリムラ・ジュリアンとかパンジー、シクラメン、ハボタンなんかかもしれないし、もしかしたら漢方薬の原料になる植物かも」
孫を愛でる祖父のような目でにまにましている拓には直接的に答えず、茜は窓際のヒーター近くに座ったまま首をひねった。
「漢方薬の原料? 俺もそこまでは知らん。どんなのがあるんだ」
拓も頭をわしわしと掻いた。
「ちょっと待って。たぶんここにもあるわよ」
茜は備えつけてあるロッカーを開け、薬箱を出してきた。そして漢方薬の成分が入った胃腸薬の箱を出すと、裏側の文字を読み始めた。
「オウバク末、ケイヒ末……、この『末』は粉末の末か何かだから以下略。ええともう一度、オウバク、ケイヒ、チョウジ、ショウキョウ、ウイキョウ、カンゾウ。この薬だけでも、植物っぽいもの、これだけ入ってるわ。まったくわからないけどね。わかるのある?」
「ケイヒはシナモンだ」
「おぉお。アップルパイやカプチーノに入ってるやつね。シナモンがないときは、じゃ、この胃腸薬を入れればいいのかな」
茜はものすごい発見をしたみたいな顔をした。それから、箱を開けて胃腸薬を一包、取り出した。
「やめておけ」
拓は冷静に答えた。そして続けた。
「チョウジはクローブ。これもスパイスだ」
「うちにあるかも。ローズマリーと一緒に棚に並んでて、お母さん、肉料理に入れてた気がするわ。それから?」
胃腸薬の箱と拓の顔を交互に見る茜の目が、いっそう輝いてきた。
「ショウキョウは生のショウガ。ウイキョウはフェンネル。ウィキョウはセリ科で、小さくて黄色い花がたくさん咲く。葉は魚料理の匂い消しなどに使われるし、植物学上は果実ってことになってる種は、フェンネルシードっつって甘い香りがして、これも魚料理やカレー、リキュールなんかに使われる。カレー屋で、口直しにどうぞ、ってレジ前に置いてある店もあるぞ」
「ほうほう。あ、もしかしてフェンネルシードってイネの種籾みたいなやつ?」
「だな」
「食べたことあるわ、カレー屋で。カレー食べ終わったあと、レジの所にあるのを、小さいスプーンで手のひらに載せてから口に入れて噛んだの思い出した。ちょっと苦いけど口の中がすっきりしたな。へえ、名前が東洋っぽいし全然知らないのばっかりだと思ってたけど、意外と身近なのが多いのね!」
茜は、最初よりもずいぶんうやうやしく胃腸薬の箱を持ち、眺めた。
「で、カンゾウは? あっ、わたしこれ知ってる。ユリの花が、花びらの数が増えて、あと、ちょっとくしゃくしゃってなったようなオレンジ色の花が咲くやつでしょ? おばあちゃんちの近くのあぜ道に咲いてた」
「いや、違う。茜が言ってるのは、たぶんユリ科のヤブカンゾウ、別名ワスレグサっつうやつだろう。けど、漢方薬にするのはマメ科のカンゾウ、まったくの別物だ。例えば葉も、ヤブカンゾウのようなシュッシュッと細長い単子葉植物じゃなくて、楕円形っぽいのが茎の左右についてる双子葉植物で、全然違う。俺も写真でしか見たことねーが」
「へぇー。じゃ、今度おばあちゃんに言おう」
茜は目をぱちぱちさせながら、胃腸薬を薬箱にしまった。
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