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55 秋  コスモス・ローズマリー 22

いらしてくださり、ありがとうございます。

 そのとき強い風が吹いた。ローズマリーの葉や茎はさほど動かなかった。けれども、コスモスは線香花火の火花みたいな細い葉や背の高い茎をゆらゆらと大きくしならせた。

 エスペランサとその夫となる男性の体が、ふわっと宙に浮かび上がった。彼女たちはしっかりと手をつないでいた。


 ――それではごきげんよう。……ローザ、また来年、別の仲間が来ます。彼女たちを困らせないよう、泣き虫は直してね。どこにいても、ずっとあなたのことを見守っていますわよ!!


 エスペランサは途中から泣いていた。声は少しふるえていたけれど、遠くまでよくとおっていた。共に浮かび上がった男性が、どこからかハンカチを出し、彼女の涙をぬぐってやっている。

 

 泣き笑いしながらエスペランサは彼に礼を言い、拓にも軽く黙礼もくれいした。それからローザと互いに目を合わせたまま高く高く昇っていき、ある所で、すうっと消えた。


 ――大丈夫か?

 ――うん。わたしのことはもう、いいよ。友達の所に帰って。

 まぶたが少し腫れ、白目も充血しているとはいえ、きれいな海のように澄んだ青い目で、ローザは微笑んだ。そしてくるっと背を向け、しっかりした足取りで拓から離れていった。

 

 途中、思い出したように振り向いて手を振った彼女は、再び拓に背を向けて門の外へと歩いていったのだった。

 また、見事にレディになってる……。

 拓は突っ立ったまま、その姿を見送った。



「ああもう、お兄さぁん、そこでおしっこしちゃいけませんよー」


「な……ば、馬鹿! おしっこなんてしてねーよ!」

 拓が叫ぶと、恭平が両手をヤッホーとでもいうように口の横に当てて玄関先に立っていた。

 隣りに茜もいる。二人は並んで近づいてきた。


「なっげぇトイレ!! 倒れてんじゃないかと思って心配してやったんだよ。お前がいねーからさぁ、茜ちゃんに親身に相談に乗ってもらっちまったよ―――だ!」


 恭平はジーンズのポケットに手を突っ込み、照れ隠しのようにおどけた。

 茜マジックのせいなのかどうか、すこぶる機嫌がよくなっている。拓がトイレに立つ前の険悪な空気が嘘のようだ。


「風邪も完全には治りきってないみたいだし、具合悪くなってるんじゃないかってやきもきしたわよ。生のローズマリーの香りをいだら、少しは落ち着いた?」

 茜は、拓の風邪をでっち上げてまで状況を改善してくれたらしい。


「ありがとう」

 拓は彼女に向かって低い声を出し、小声で付け加えた。

「スペイン語では、『グラシアス』って言うらしいぞ。『グラシアス』の意味はありがとうだって、必ずお前にも伝えろって」

 その言葉で、彼女はすべてを察したらしかった。

「そうなんだ」

 彼女は眉を持ち上げ、ローズマリーとコスモスを見やった。そして唇を内側にまくり込んで頷いた。


 恭平と茜の話によると、恭平は、親友の彼女のことについては、時間をかけて考えることにしたらしい。

 また何かあれば相談に乗ることにして、拓たちは彼と別れた。



 その帰り道。

 恭平が着ていたのと同じような学生服姿で、ニキビ面の太った男と、セーラー服に身を包んだ女とが、並んで向こうから歩いてきた。


「キョーヘーにパシリさせりゃいいじゃん。あいつ、お前の言うことならなんでも聞くだろ?」


「そうすっかなー。キョーヘー、マジあたしにベタれだもんね。あたしたちにばれてないとでも思ってんのかな?」


 男は、ただでもしゃくれている顎を突き上げるようにして喋っていた。

 女は、茶色っぽいくりんくりんした髪をき上げた。

 優しくて笑顔がかわいいどころか、口が裂けた悪魔にしか見えない目つきと唇だ。

 少しくらい形はととのっていても、すきあらば人をおとしいれてやろうという禍々(まがまが)しさに満ちている。


「思ってるだろう。あいつナルシストなところあるから、悩める自分に酔ってんじゃね?」


「親友の彼女を好きになっちまったぁ、なんて家でもんもんと悩んでそう」


 二人は、道行く人たちが振り返るくらい大声を上げ、腹に手を当てて笑った。


「そのうちお前に告白してくるんじゃねー?」

「えぇ―――!? やだぁ。気持ちわるぅい」

 二人はまた、ギャハハハ、と耳が痛くなるような声で笑った。


 右手のこぶしを固めた拓の腕を、茜がそっと押さえた。

「長庭君の親友とその彼女って、決まったわけじゃないよ」

「でも、キョーヘーって言ってたし、ドクロの小物をかばんにも携帯端末にもつけてたぞ」

「キョーヘーって名前の人なんて、たくさんいるわよ。漢字だっていっぱい種類あるし。ドクロの小物だって、流行はやってるからうちのクラスの子も何人も持ってる。それに」


 茜は拓の正面に回って彼の顔を見上げた。


「もし今の人たちが長庭君の親友とその彼女だとしても、決めるのは長庭君だよ。彼だって馬鹿じゃないんだし、二人がどういう人たちか、そのうち気づくと思う」


 拓はすぐには答えられなかった。早く教えてやれるものなら教えてやった方がいいんじゃないのか? 恭平はノリがいいしすぐ熱くなるから、言われるままに犯罪に手を染めることもあるかもしれない。


 けどまあ、人に言われて気づくよりは、自分で気づいた方が、記憶には残りそうだ。自分で決めれば、あのときほかの道を選んでいれば、という後悔も少ないかもしれない……。


「俺たちが何かするとすれば、そのときか」

 という言葉が口をついて出て、拓は自分でも驚いたのだった。

短篇「秋  コスモス・ローズマリー」はこれで終わりです。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました。


短篇連作自体はまだ続きますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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