53 秋 コスモス・ローズマリー 20
ローザは、ずっと一緒にはいられないのだということを、理由と共にエスペランサに告げられていた。
舌足らずでたどたどしくはあったけれど、エスペランサの説明を、ローザはちゃんと理解しているようだった。
――エスペランサがここにいられないんなら、わたしがついていくって言ったの。でもだめだって……なんで? 邪魔だから?
――違う違う! お前に元気でいてほしいからだよ! お前がいなくなったら、ここのローズマリー、枯れちまうだろうが! そしたらお前だってどうなるか……。
拓は鼻の頭を指で掻きながら、地を這いうねるローズマリーの「本体」を眺めた。
――エスペランサがいなくなったら、コスモスは枯れちゃうの?
――枯れる。なんてったって一年草だしな。
――だったらローズマリーも枯れていいよ。わたし、エスペランサと一緒に行く!
ローザのふっくらした白い頬が、みるみる薔薇色に染まった。少女といえども、毅然とした態度はりっぱなレディの風格だ。
えぇ―――?
戦闘モードですぐにでも風と共に去りそうなこの少女を、いったいどうやって説得したらいいのか。
拓はリアルに頭を抱えた。
――いや、待て待て待て。えーと、仕組みはよくわからないがローザ、お前、仕事でここに来てるんだろ? エスペランサは仕事の任期が一年だけど、お前の任期は数十年なんだよたぶん。仕事をきっちり終えて去っていくエスペランサと、まだまだ仕事がたくさん残ってるお前とを一緒にしちゃいけないんだ、たぶん。
――ニンキって、何?
ローザはきょとんとして、人差し指を頬に当て首を傾げている。
……そこからですかい、お嬢さん!
そう言いたいのを我慢して、拓は言葉の説明をした。かなり丁寧にやったつもりだった。
ローザはおとなしく聞いていた。褒めてやろうと拓が頭を撫でると……彼女は立って目を開けたまま寝ていた。よく見ると口の端によだれが垂れかけていた。
挫けてはいけない挫けては。レディの風格があってもやはり子どもは子どもなのだ。わかりやすい説明をしないと……。
拓は自分に言い聞かせ、ローザを起こした。そして再び説明を試みた。
それから、付け加えた。
――お前も、エスペランサのことが好きなんだろう?
――うん。だぁ―――い好き!!
ローザは両手を大きく広げ、無邪気に笑った。その青い目を見つめていると、彼女の背後に、ローズマリーの原産地である地中海沿岸の風景、紺碧の海や白い石造りの建物などが幻のように浮かんだ。
――だったら、自分はつらくとも、好きなやつが……エスペランサが幸せになることを一番に考えてやれ。
拓はローザの両肩に手を置いた。そして、自分の目でローザを吸い込むような力を込めて、彼女の澄んだ目を見据えた。
――エスペランサの、幸せ……? どうやったらエスペランサは、幸せなの?
驚きと不安が入り混じったような表情で、ローザは目を見開いた。
――そうだな。エスペランサを困らせない……あいつが苦しむようなことはしないことだ。
「絶対、苦しめたくねーんだよ!!」
拓の頭に、恭平の言葉が甦った。
ローザは胸の前で両手の指を組み、拓の言葉にじっと耳を傾けている。
――でもって、あいつの好きなようにさせてやれ。あいつだって、お前のことも含めていろいろよく考えて、決めたことなんだ。
目を細めたり大きくしたりしながら聞いていたローザは、うつむいて何回か瞬きした。何か考え込んでいるようだった。そして再び、すっと顔を上げた。
――そうすれば、エスペランサは幸せになれるのね?
自分の意志で確かめている、という力強さが、ささやかな声に秘められていた。
――うん。
きっぱりと答えたあと、拓はつい先ほどのできごとを……「任期」の意味から説明し直さねばならなかったことを、思い出した。
――あ、あのさローザ、「幸せ」って言葉の意味は知ってるか?
――知ってるよ。「ずっといつまでも続いてほしいって思える状態」のことでしょう? エスペランサが前に教えてくれた。わたしといると、幸せだ、って。
――そうか。
いろいろな意味でほっとし、拓も自然に頬が緩んだ。
――わたし、ここが痛い。
ローザは指をほどいて、胸の真ん中に左手を当て、そっと右手を重ねた。指と指との間があいているせいか、サギソウの花みたいに、鳥が羽を広げた形になっている。
――どうして、こんなに痛むの?
青く大きな目いっぱいに涙を浮かべて、彼女は拓に尋ねた。
――どうして、こんなに(胸が)痛むの?
――心筋梗塞だからさ!
とならなさそうなのが若さのいいところかも。
いらしてくださり、どうもありがとうございます。




