52 秋 コスモス・ローズマリー 19
「くっそぉおおお―――――!! わかったようなふりしやがって!」
「誰にも相談せず自分一人が去る方法もあるのにやってないのが、なによりの証拠だ!」
「――っ!! 俺は、自分だけで考えててもよくねー考えがループするばっかりだからさぁ、人の意見を聞いてみたいと思ったんだよ! だいたい、お前のように女を好きになったこともねーようなやつに言われたくねえ!!」
「経験した人間だけしかものを言っちゃいけねーんなら、想像力なんていらねーんだよ!!!」
赤い炎と青白い炎は、狼や蛇に形を次々に変え、激しく噛み合い食いちぎり合ったり、相手を丸飲みにしようとしたりしていた。
茜は、今度は間に割って入らずに、じっと成り行きを見守っていた。
「なんとか三人で、Aと彼女と三人でさぁ、ずっと仲良くやっていきたいんだよ!」
「そう思って隠してたって、いつかはばれる。どっちにもいい顔しようなんて思うな! 一番ずるいやり方だ!! ……もっとも、Aと彼女がずっと三人でもいいと思ってる可能性もあるぞ。確率はわからないがな」
「くぅぅうううっ! 茜ちゃん、こいつ殴っていい?」
「だめ」
そこだけ、茜はきっぱりと答えた。
「Aと彼女だって結婚してるわけじゃないし、いつまでに答えを出さなきゃいけないって、期限切られてる話じゃないだろ? ゆっくり考えりゃいいじゃねーか!」
「んなこといったって、こんな気持ちのままじゃ俺、血ぃ吐いちまうよっ!!」
「血ぐらいなんだ! そういうやつのために、献血車が日頃から血を集めてるんだろう」
そのうち拓は睨み続けるのがつらくなってきた。目の周りと眉間の筋肉がぷるぷる震え、痛い。頭の血管も切れそうになってきた。
「悪い。ちょっとトイレを貸してほしい」
はっとしたように、恭平も全身の筋肉を緩めた。
「お、おう。廊下に出て右側の階段のふもとの扉」
トイレでひと息つきながら、ローザはどうしただろう、と拓は思った。
小窓を少し開けてみたけれど、見えなかった。
トイレから出た拓は、玄関に行き、靴を履いてそっと外に出た。
ローズマリーの精、ローザはまだ茂みの中に膝を抱えて座っていた。膝の間に顔をうずめてしゃくり上げている。水色のワンピースの裾が、濃い緑色をしたローズマリーの葉の上にふわっとかかっている。
――エスペランサは、もう行っちまったのか?
拓は、ふだんどおりの声で、静かに心内語で話しかけた。
ローザはびくっとして顔を上げた。ただ、前のようにわっと泣き出したりはせず、涙をぬぐい、深い海みたいな青い目でひたすら拓を見つめている。
怒り、寂しさ、抗議、戸惑い、葛藤。それらがすべて含まれた目だ。
吸い込まれそうだ、と思いながら、拓はそっとしゃがみ込んだ。
――まだいなくなってはいないが、お前に事実は話した……そんなところか? 俺は、水原拓っていうんだ。人間だけど、花の精が見える。この前、エスペランサから話を聞いたんだ。
最後のところで、ローザの目がはっとしたように光った。
――エスペランサ、なんて言ってた? わたしのこと、やっぱり嫌いになったのかな?
高くて、綿菓子のようにふわふわした、そしてすうっと溶けてなくなりそうな声だった。
――違う! 断じてそんなことはない。あのなあローザ、エスペランサは、お前のことが大好きなんだ。一緒にいると、大事にしてくれたろ?
――うん。とっても優しい。……優しかった。
ローザは少しだけ笑った。けれども、またすぐにピンクのぽってりした唇を閉じてしまった。
――けど、エスペランサは、あの言葉が丁寧で実はサド……あ、いや、佐渡島は新潟県の島だがその島の出身では別になさそうなあの眼鏡男のことも、大好きなんだ。……なんつうか、結婚する「好き」っていうのは、お前に対するのとはたぶんちょっと違う種類の「好き」なんだよ。
――エスペランサも、そう言ってた。でも、わたしにはわからないよ。
ローザの金色の髪が、水色のワンピースとともに風に揺れた。
――二人でいるのが無理なら、三人で……ほんとは二人の方がいいけど、三人で一緒にずーっとここにいればいいのに。
ローザは眉を逆八の字にして頬をふくらませた。そして立ち上がり、ワンピースの裾を手で払うと、両手を腰に当てた。
――それはできないんだよ。エスペランサ、言わなかったか?
あいつ、つらすぎてそこまで伝えられなかったんだろうか?
自分を見下ろすローザと目を合わせたまま、拓はそんなことを考えた。
――聞いたよぉ。わたしとエスペランサたちは植物の種類が違うから、ずっと一緒にはいられないんだ、って。……わたしは、何年もかけて大きくなるジョーリョクテーボクで、この先もしばらくここにいる。けど、エスペランサたちはイチネンソーだから、もうすぐ結婚して、消えちゃうって。
ジョーリョクテーボク=常緑低木、イチネンソー=一年草 です。
人生も植物もいろいろ。
ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。




