49 秋 コスモス・ローズマリー 16
拓と茜は、日を置いて再び恭平の家を訪れることに。
拓や茜が、日々の授業や園芸部の部活動に追われている間に、恭平と約束した日が来た。
「エスペランサさん、ちゃんとローザさんに告白できたかなあ」
よりいっそう濃く色づいた桜の葉の間を通りながら、茜は拓を見上げた。
「まあ、行ってみればわかるだろう。こないだも言ったけど、ほんとありがとな。茜がいてくれて、助かったわ」
拓の表情は、口の端が上がっていなければほとんど睨みつけているに等しいものだった。
けれども茜は「別に、大したことしてないよ」と顔を赤らめて口元を緩めた。
「おー! 二回も来てもらってわりぃなあ。さ、入った入った」
インターホンを押すと、前回と違ってすぐに恭平が飛び出してきた。
門扉の内側のローズマリーも、コスモスも元気そうだ。
そのそばで、ローズマリーの精、ローザが体育座りをし、抱えた膝の間に顔をうずめている。
拓が耳を澄ませると、すすり泣く声が微かに聞こえた。
エスペランサの姿はない。
……うまくいかなかったみたいだな。
気になったけれど、今、ローザと話をするわけにもいかなかった。
拓が顔を顰めると茜も少し状況が掴めたようで、指で小さく×印をつくって首を傾げた。
拓は小さく頷き、ローザの方を振り返りつつ、恭平の家に上がった。
廊下を抜けると、日当たりのよいダイニングキッチンに出た。そんなに新しくはない。けれども、シンクの上下に据え付けられた棚の木目調の色合い、取っ手の丸みなどに暖かみがある。
部屋の中央に置かれた四人掛けのテーブルも、木でできていた。小さな陶器の花瓶にコスモ スの花とローズマリーの枝が生けてあった。
「こないだはさぁ、ありがとな! 親は共働き、姉ちゃんも勤めてるからさぁ、夜まで誰も帰ってこねーよ。お前らさえよければゆっくりしてってくれ。あ、あっちのソファの好きなところに座って」
恭平はたいへん機嫌がよかった。鼻歌を歌いながらテーブルの向こうを指差し、キッチンに行った。
拓と茜は、促されるままに進んでいった。
「今紅茶入れるからさぁ、ちょぉっと待っててくれよな」
テーブルの向こう側に続くリビングには、大きな窓から日光がたくさん入ってきていて、これもまた明るかった。
壁や天井は白く、赤い布張りのL字型ソファと白いローテーブル、オリーブグリーンのふかふかしたラグマットが目についた。壁には、オレンジとロイヤルブルーが基調の抽象画が掛けられていた。
経済誌や女性向けのファッション誌、テレビの陶芸講座のテキストなどが木のマガジンラックにぎゅうぎゅう詰めになっている。
拓には、にぎやかな一家団欒が想像できた。
ソファに、茜と少し距離を置いて座った。
「前に来てもらったときに剪定したローズマリーの葉、枝ごと高校の同じクラスの女子にやったらさぁ、喜ばれたよ。『えぇー、うちでローズマリー育ててんだぁ。わたしもできるかなぁ』とかってさぁ。えへ、えへへへへ」
ティーポットを片手に、恭平は女子高生のものまねをしつつ体をくねらせた。
「そいつはよかったな」
拓は冷静に答えた。
「よかったですね。クラスに、ハーブに興味がある子がいるんですか」
茜は、もう少し気持ち的に恭平に寄り添うような声を出した。
「そうなんだよ。渋いだろ? それから茜ちゃん、同級生なんだしさぁ、そっちの愛想のないやつみたいにタメ口で喋ってくれよー」
「あ……う、うん」
茜の困惑は気にせず、恭平は手際よく缶から紅茶を出したりお湯をティーポットに注いだりしながら話し続けた。
「うちでもさぁ、お袋や姉ちゃんに訊きながら、鶏や魚の香草焼きに使ったり、豚肉とジャガイモを炒めるときに入れたり、使いまくったぜ。やっぱり生は違うな! 生は!」
妙に興奮した口調で恭平は続けたが、拓はスルーした。
「香りの話だよ、香り!」
誰も突っ込んでいないのに、恭平は弁解するように口を尖らせた。
「お待たせ。紅茶できたぁっと!」
野イチゴ柄のティーポットから、同じ柄のティーカップに、恭平は紅茶を注いだ。
「ここにも庭のローズマリーを入れてみました、と! さ、飲んで飲んで」
自分のカップにも紅茶を注ぐと、恭平はL字型ソファの、拓と茜の顔が見える位置に掛けた。
「ほんと、ローズマリーの爽やかな匂いがする」
茜はさっそくカップに顔を近づけ、深々と息を吸い込んだ。
拓もまねして、何度か深呼吸をした。尖っていて、奥行きや広がりもある清涼な香りを嗅いでいると、ローザを見かけてからの動揺が治まり、頭が冴えてくる気がした。
それでもやはり、ローザが気にはなった。
乾燥させたものと違って、ローズマリーの生の葉はちょっとむちむちしているように思います。
真面目に、生は違います!(香り的な意味で)
ご来訪に心から感謝申し上げます。




