48 秋 コスモス・ローズマリー 15
――エネルギーが消耗しているとき、というふうに考えてはどうですか?
と男性。
――なるほどね。では、ローザがエネルギーを使いすぎて倒れそうなときや、悪天候で充分にエネルギーが生み出せないときは避けますわ。
「あとは、眠くてぐずってるときもやめた方がいいような」
――ええ……。でもそうなると、話せるときがだいぶ限られてきますわ。大丈夫かしら。
「大丈夫ですよ! がんばってください!」
茜は片手を拓の背に当てたまま、もう一方の手を握りしめてエールを送った。
ちょっと無責任じゃないのか?
拓は少し離れた所で首をひねった。けれどもエスペランサの顔から不安げな翳りが減るのを見て、無責任な励ましも言われる者の力になることがあるのだな、と思った。
「じゃ、ほんとに俺たちは行くぞ」
――人間でも、たまにはわたくしたちの役に立つことを言えるのですね。あなたがたの意見をよりよい形にして、ローザとの会話に活かしますわ。
まだ自分で立ち上がることはできないようだ。が、上半身をすっと伸ばし、エスペランサは腕組みをして顎を反らした。
――これこれ、エスペランサ、ちゃんと彼らにお礼を言わないといけませんよ。
――はぁ? わたくしがなぜ、人間に礼など言わねばならないのです?
――よいことをたくさん教えてもらったではありませんか。
男性は淡々と、けれども目に静かで厳しい光を湛えてエスペランサの肩に自分の手を置いた。
――じ、時間をかければこのくらい一人で考え出せましたわ。
――とてもそうは思えませんよ。
男はそのまま顔を傾け、ジト目でエスペランサの目を覗き込んだ。
――礼など……わたくしが人間に礼など……。
組んでいた腕をほどき、エスペランサは横を向いてきつく眉根に皺を寄せた。
「いいっていいって。礼を言われるようなことはしてねーし、無理強いして礼を言ってもらったって、誰にとってもいいことはない。それに、そいつにとって人間に礼を言うっていうのは、なんだか知らねーけどすっげー屈辱なんだろ?」
拓はレジャーシートについた砂を払い、くしゃくしゃと畳んだ。
あんたは隠れサドで、そういうのをエスペランサに無理強いするのがめちゃめちゃ楽しいかもしれないけどさ! ……とは言わなかった。
「まだ体調よくないみたいだし、ほんと、無理はしないでローザさんとの会話に備えてくださいね」
茜も、生成りのバッグを広げて拓からレジャーシートを受け取ると屈託なく笑った。
そして、拓たちはエスペランサたちと別れた。
――いい人たちじゃないですか。消える前に彼らと知り合いになることができてよかったですね、エスペランサ。
男性が微笑んだあと、エスペランサが拓たちの背中を見送りながら次のように言ったことなど、知りもせずに。
――……善人であるがゆえに、いっそう腹立たしいこともあるのです。
――彼らと自分とを比べるからではありませんか?
男性はエスペランサの両肩に手を置いた。
――だったらなんだというのです!? いけませんか?
エスペランサの目には、再び涙が溜まっていた。
――いけなくはありませんが、彼らは彼ら、あなたはあなたです。彼らにできてあなたにできないこともあれば、あなたにできて彼らにできないこともある。自分に欠けているところばかり比べて負の感情に流されても、いいことはありませんよ。
――あなたの言葉も的外れですね。負の感情に流されてなどいませんわ。それに、彼らが、 自分たちがいいと思うことはほかの者にとってもいいことだと信じきっていること自体、いらいらしますの。
エスペランサは鼻から短く息を吐き出すと、肩に置かれた男性の手を、自分の手で剥がした。
――あなたと自分とを比べなくても、わたくしは、説教する男は嫌いですわ。
それから視線を右上、左上、と動かし、男性を見上げて少しだけ笑った。
いらしてくださり、ありがとうございます。




