47 秋 コスモス・ローズマリー 14
茜はエスペランサに、事実と心情とを分けて話すようアドバイスした。エスペランサは戸惑う。
「いきなりぶっつけ本番よりは、ここで練習しておいた方がいいかも。まずは、話そうと思っていることをここで言ってみてください」
茜が優しく語りかけると、エスペランサは顔を上げた。
――では、話しますわ……。ローザ、わたくしはいつまでもここにいたいのですが、結婚をしてもうすぐここを去らねばならず、あなたと別れるのは本当につらく考えたくもないことなのですけれど地域のコスモス本体がこの先もずっと生き延びていくことを考えるとそうせざるを得ず……。
「あー、水を差すようで悪いが、事実と心情ごっちゃごちゃだし、何が言いたいのかさっぱりわかんねえぞ?」
たまらず拓は口を挟んだ。
エスペランサがキッ、と拓を見上げると、男性も大きく何度も頷いた。
――そうですよ。それに、今の言い方だと、厭々(いやいや)ぼくと結婚するみたいに聞こえます。
――えっ!? そんな、まさか!
エスペランサは、赤くなりながら男性の腕を掴んだ。それから、助けを求めるような目で茜と、ちょっと間を置いてから拓とを見た。
――あなたがたにも、そう聞こえたのですか?
「まあ……ちょっと……」
微笑みながら言葉を濁した茜に対して、拓は単刀直入に言った。
「結婚したくねー以外の何ものにも聞こえない」
――け、けけけ決してあなたと結婚したくないわけではありませんのよ! ふだんの言動からすると信じてもらえないかもしれませんが……どうぞ信じてください!
むきになるエスペランサの頭を、男性はぽすぽすと軽く叩いた。温かい目で彼女を見守っている。
「ま、さっきのお前らの会話からすると、お前は好きな男に対して、好きだとは素直に言えねーようだからな。厭だったら、そもそも結婚しないだろ?」
拓はからかうようにエスペランサの顔を覗き込んだ。
エスペランサは下唇で上唇を押し上げ、黙って首を縦に振った。
「とにかく、あまり誤解を与えない方がいい。ローザはただでも、複雑な話は理解できそうにないんだろ?」
「そうそう。だから事実の部分と気持ちの部分を分けて、順番に話しましょう」
――まったく、人のことを子ども扱いしないでください。い、言われなくたってやりますわ。
エスペランサは上目遣いで三人を見渡すとぷいっと横を向いた。が、すぐに咳払いして姿勢を戻した。
――じゃ、もう一度話しますわ。まずは事実から。ローザ、わたくしはもうすぐ、結婚して、 ここを去らねばなりません。好きな……愛する人ができましたし、この地域のコスモス全体が生き延びていくために、必要なことです。そして……常緑低木であるローズマリーと違い、コ スモスは一年草。ずっと一緒にいることは、どうやっても、かなわぬのです。別れるのは本当につらいこと、本当は、ずっと……ずっとあなたと一緒にいたいですわ。
エスペランサは男性、拓、茜の誰とも目を合わさず、三人の向こうに視線をやっていた。
彼女の震える睫毛の下に、涙が盛り上がっていく。
「さっきよりぐっとわかりやすいです! どう受け止められるかはともかく、エスペランサさんの言いたいことはさっきよりずいぶん伝わりやすくなってると思います」
茜が両手を合わせて身を乗り出すと、拓も親指を立て口角を上げた。
「これなら、何が言いたいかわかる」
――ローザさんのこととなると、あっという間に進歩するのですね、あなたは。ほかのことでもぜひ、このようであってほしいものです。
あきれたような、愛しいような笑みを男性も浮かべた。
――このくらい、たやすいことですわ。
エスペランサは、目の縁を指でこすりながら胸を張った。
「さて、じゃ、俺たちはそろそろ」
拓と茜が立ち上がると、エスペランサが
――ま、待つのですわ!
と手を伸ばした。
「ん? ちゃんと話せるようになったじゃないか。まだ何かあるのか?」
――今みたいな話を、いったい、いつ、どういうタイミングで切り出したらいいのか……。
うつむいたままエスペランサは、両手の人差し指の先をつんつん合わせた。
「別にいつだっていいだろ。とにかく早くだ」
拓が投げ出すように言うと茜が、彼の背に右手を当てたまま左手で彼の腕を引っぱった。
「んもう! それぐらいエスペランサさんだってわかってるわよ」
それから茜は、エスペランサの方を見つめながら手のひらを顎に当てた。
「うーん、人間だと、お腹がすいているときには大事な話はするなって言いますけど、花の精の方々も、お腹すいたりするのかしら?」
――ん……わたくしたちは光合成でエネルギーを生み出していますので、お腹がすくというのはよくわからないですわ。
エスペランサは首を捻った。
光合成できたら食費が浮くだろうなー。
しみじみ思うこのごろです。
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