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45 秋  コスモス・ローズマリー 12

 ――おお、そうですね。

 男性は、腕の中のエスペランサをそっと揺さぶり、名前を呼んだ。

 全然、起きない。


 少し揺さぶり方が強くなった。

 やはりエスペランサは起きない。胸が上下していなければ、生きているか死んでいるかもわからないくらいだ。

 揺さぶり方は徐々に激しさを増し、据え付けの悪い洗濯機が規定容量きていようりょうより多い洗濯物を詰め込まれてガタガタ揺れているみたいになった。

 声も一緒に大きくなっている。


 ――エスペランサ!! エ・ス・ぺッ・ラッ・ンッ・サァァアアア―――!!!


「いや、あの、彼女、体力を消耗してるんじゃ……」

 ――このくらいは大丈夫です。


 男性は元の声に戻り、白い歯を見せてにっこりと笑った。

 どことなく、ふだん溜め込んでいるストレスを発散しているように見えなくもないが、拓は黙っていた。


 ――ん……なんですの? 騒がしい……。

 エスペランサはようやく薄目を開け、手の甲で目をこすった。そして、男性に抱きかかえられていることに気づくと、弱々しい声を出した。


 ――あの者のために、こんなことになってしまいました。……ぜひ、代わりに彼にお仕置きをしてください。


「違うだろ!」

 ――やなこった。


 拓が叫んだのと同時に、男性も冷静な声を出していた。

 あ、口調変わっちまったよ。こいつにも、我慢の限界があるんだな。

 胸のうちで拓はひとり言をつぶやいた。


 ――!!


 エスペランサが目を見開くと、男性は彼女の目の奥を透視でもするように見据えながらその頭を撫でた。


 ――誰が悪いのですか?


 う、とエスペランサが視線を逸らす。


 ――髪の毛で彼の首を絞めたりせずとも、要件を済ませることはできたのではありませんか? こんなに消耗して、ぼくが来られなかったら行き倒れてここで野垂のたにですよ。それも考えずに激昂げっこうしたのであれば、あなたの理性はなんのためにあるのです?


 知的に教え諭す口調だが、どことなく責める喜びの光が男性の目の中に宿っているようだ。

 こいつ……実はサド? 拓はちょっとだけ、そんなことを思った。


 ――来ないような殿方とのがたなら、結婚しませんもの。

 声はまだ力ない感じだが、エスペランサは、だいぶ元の調子を取り戻してきた。

 ところが敵もさる者。


 

 ――話をすり替えないでください。



 眉ひとつ動かさず、男性はエスペランサの目を見つめ続けた。


 ――あなた一人の安全の問題だけではありません。もし彼が死にでもしてごらんなさい。あなたはここを離れ、さばきと重い罰を受けなければならなかったでしょう。賢明なやり方でなかったことは認めるべきです。


 ――ふん、死なない程度に力は加減していましたわ。あなたの大好きな、「理性」で抑えていたのです。もし彼が死ぬのであれば、わたしにはまったく予見よけんできない、何か特殊な事情によるものでしょう。

  

「嘘つけ! 必死の形相だったじゃねーか! 絶対、全力で絞めてたろ!!」

 拓は首の痛むところをエスペランサに向けた。


 エスペランサは、それをなんの感慨かんがいもなさげに一瞥いちべつすると、男性に視線を戻した。



 ――だいたいあなた、わたくしを起こすとき、意識を失っていると思ってここぞとばかりにひどく揺さぶったでしょう……。日頃は黙っていて、あんなところで意趣返いしゅがえしするなんて陰険いんけんですわ。言いたいことがあるなら、我慢せずにふだんから言えばよいではありませんか!



 おお! せずして、俺とエスペランサの意見が一致している!

 軽く曲げた肘の先で拓は拳を握りしめた。


 ――別に意趣返しなどしていません。それに、相手が聞く耳を持っていないときは、何か言っても意味がありません。言葉を発すれば、かえって不必要なうらみを買い、とばっちりを受け、精神的・肉体的ダメージを受けることもある。黙ってやり過ごすのが賢明です。


 ――なんですのそれ! けっきょく、「めんどくさいからかかわらない」と言っているのではありませんか!?

 ―― 違います。かかわりたくないのであれば、とっくに去っていますよ。長く一緒にいたいからこそ、目をつぶるところは目をつぶっているのです。


 本心からかどうか今一つよくわからないが、真面目に言っているようには、見えた。


 ――し、し、仕方ありませんわね。そんなに一緒にいたいのであれば、いてやっても、かまいませんわ。

 エスペランサは急に顔を赤らめ、そっぽを向いた。


 拓が話に耳を傾けていると、茜がそっと背中に手を当ててきた。

「ん? どうした?」

 前触れなくさわれられると、それなりにドキッとする。


「だって全然、状況がわからないんだもん! ほら、パンジー・ビオラの精のスミレさんのときも、拓の体にさわったら、彼女の声が聞こえたじゃない。だから今もこうすればいいかな、って。これまでのところを簡単に教えてくれる?」


 単にエスペランサたちの声を聞くために、拓を媒介にしているだけのようだ。

 ドキッとした瞬間を返してほしかった。


「なんつーか痴話喧嘩ちわげんかしてて、ローザへの告白をどうするか的な意味ではちっとも、なんにも進んでねえよ」


 ――痴話喧嘩ではありませんわ!

 ――そうです。建設的な話をしています。

 エスペランサと男性は、そろって怖い顔で拓をにらんだ。

 ……そういうところは、意見一緒なのな……。お似合いだよお前ら。

 拓は、溜息をついた。

破鍋われなべ綴蓋とじぶた


ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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