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44 秋  コスモス・ローズマリー 11 

茜が自分を思いやるようなことを言っていた、と拓から聞いたコスモスの精エスペランサは、驚いたように茜を見た。

 茜は、唇を真一文字に結び、拓が倒れたらいつでも支えられる姿勢――片手を軽く前に出し、全体的に前かがみの状態――で拓の少し後ろから歩を進めていた。

 それから、エスペランサがいる所とは少しずれた所をじっと見やった。


 ――そんなの、そちらの事情でしょう! わたくしの知ったことではありませんわ。

 

 強気な口調で言い放ったもののエスペランサも動揺したようだった。

 地面に座ったまま尻をさすり、何度もまばたきしながら拓と茜を交互に見た。そして、きつく眉をしかめて二人から顔をらすと、ぐったりと目を閉じた。



 ――おお、エスペランサ。こんな所にいたのですか。

 

 髪が緑色の男性が、恭平の家の方からゆったりと歩いてきた。

 だがすぐにエスペランサの異変に気づいた。


 ――……何をやっているのです!

 男性が片膝をついてエスペランサを抱きかかえると、彼女はけだるそうに目を開けた。口元もゆるめたが言葉は出ず、また目を閉じてしまった。


 ――エスペランサ! エスペランサ! しっかりしてください。

 激しく彼女を揺さぶる男性を拓は冷めた視線で見下ろした。


「かなり消耗してるぞ。髪の毛を蛇みたいにして、俺の首を絞めたからな」

 茜にも聞かせるべく、引き続き声に出して話をする。


 ――なんということでしょう! ほんとに、申し訳ありません。

 男性はエスペランサを抱きかかえたまま、深々と頭を下げた。


「いや、別にあんたが謝ることじゃないよ。あくまでもエスペランサの責任だ。けど、これまでもこういうの、けっこうあるのか?」



 男性はエスペランサのほつれた髪をそっと撫でた。それから、眉を八の字にし拓を見上げた。

 ――恥ずかしながら。


「だったら、なんでめないんだよ」


 拓はしゃがみ込み、まだじんじん痛む首を男性に見せた。

「俺は殺されそうになって苦しかったし、人にものを頼む態度じゃねーぜ、あれは。あんなんじゃ、しまいにゃ誰もいなくなるぞ周りに」


 ――本当に、おっしゃるとおりです。ですがエスペランサは暴れ出すと手がつけられません。暴力をふるって言うことを聞かせるのは好きではありませんし、仮に力でねじ伏せたとしても、 彼女が自分で気づかなければ意味がないことです。


 心からすまなそうに、けれども、かたくなな光を目にたたえて、男性は拓と対峙した。


「だからって、ほっとくのか!?」


 ――はい、まあ。ぼくにとばっちりがきても困りますし。

 男性は目を伏せて、小さく笑った。

 拓はひりつく首をさすった。なぜか、首よりもみぞおちの辺りの方がひりついた。



「あんたずっと彼女と一緒に……いや、消えたあとはどうなるのか知らないけど、とにかく、結婚して一緒になるつもりなんだろ? そんな、家庭で横暴になった奥さんやぐれたガキを、『さわらぬ神にたたりなし』っつって見て見ぬふりする旦那だんなみたいなことでいいのか!? 殺人とか、花の精を殺すのだと殺精さっせい? とか、なんかあってから後悔したって遅いんだぞ?」



 ありったけの力を目に込めて、拓は男性の目を見つめた。


 ――殺人などが起こったりしないようにはするつもりです。いざとなったら、ぼくがセーフティネットになります。そこまでの範囲では、ぼくはエスペランサに、彼女のやりたいようにやってほしいんです。

 

 彼なりの覚悟はあるらしい。

 

 でもそれって、ほんとに覚悟なのか? ちょっとずるい立ち回りではないのか?


 拓にはわからなくなってしまった。


「いや、でも俺もう怪我してるんだけど……首絞められたところまだ痛むし」

 

 ――おお、そのくらいでも怪我に含まれてしまうのですね! 薬草ならお教えできますが、薬局で薬を買った方がたぶん治りは早いですね。


 本気で驚いている表情からすると、男性は別に嫌味いやみで言っているわけでもなさそうだった。鍛え上げた強靭きょうじんな肉体からすれば、このくらいエノコログサでくすぐられたのと同じ程度なのかもしれない。

 拓は急に、自分の体が貧弱に思えてきた。


 ――薬の名前を教えていただければ、薬局で探してここまで持ってきます。代金はレジに置けばかまわないでしょう?

「いやいやいや、それ物理的影響力の行使だからあんたも体力消耗するだろ? あんたまでへたばったら誰がエスペランサをめたり介抱かいほうしたりするんだよ!」



「ねえ拓、エスペランサさん、どうなったの? 彼氏さんが来たみたいだけど、ローザちゃんにどういうふうに打ち明けるか、話は進んだ?」

 心配そうな顔で茜が尋ねてきたので、拓ははっとした。


「エスペランサは、髪の毛を蛇みたいにして俺の首を絞めたせいで、半分気を失ったみたいになってる。彼氏が来たけど、エスペランサのやりたいようにやってほしいんだとさ」

「で、ローザちゃんにどう話すかは」

「まだそこまでいってない」

 うーん、と茜は首を傾げた。


「エスペランサさんと彼氏さんの間のことは、ほかの人間からはうかがい知れないこともあるんじゃないかしら。先に、ローザちゃんの件を話し合った方がいいんでは」


 確かにそれは一理あった。


 ――よい友人をお持ちですね。いや、恋人かもしれませんが。よい友人や恋人は、生きている時間を豊かにしてくれるものです。

 男性は、茜を見つめたあと拓に視線を戻し、まったりと目を細めた。



「……いや、感心してないでエスペランサを起こせよ」


アサダヨー(ミクダヨーの脳内画像で)。


いらしてくださり、ありがとうございます。


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