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43 秋  コスモス・ローズマリー 10

恭平宅での第一日目の仕事を終えた拓は、道すがら、エスペランサやローザたちのことを茜に話している。

 茜は、そっかあ、とまぶしそうに空を見た。といっても空はむしろ日が弱まり、灰色っぽい不定形な雲が、来たときよりも増えている。それらは少しずつかたちを変えていった。

 それから彼女は、生成りのバッグのベルトをかけ直した。



「まったく、女王気取りで高飛車たかびしゃで俺のことは下僕扱い、婚約者にもときどき噛みついてるのに、なんでエスペランサはローザ……あ、ローズマリーの精な……には強く出られねーのかな」


「ローザって子がほんとにかわいくて大好きだからでしょ?」


 茜は、小さい子をあやすようなまなざしを拓に向けた。



「誰にだって、好きなゆえに弱いもの――それが現れたら、大事すぎて、言いたいことも言えなくなっちゃうようなもの――ってあるんじゃないかしら」



「そうか? 俺にはないぞ」

「拓の場合は、植物じゃないの?」

 拓はうっ、となった。


「人についてかと思ってたよ」

「誰もそんな縛り、かけてない」

 茜はふふっと笑った。


「そういう茜はどうなんだよ。お前は何に弱いんだ?」


「わたし? わたしはひ・み・つ」

 目にいたずらっぽい光を湛えて、茜はもう一度バッグのベルトをかけ直した。




 恭平の家からだいぶ離れた公園の脇を拓たちが通りかかったとき、背後から居丈高いたけだかな声が降ってきた。


 ――そこのげ……ん下僕じゃないらしいけれどわたくしはまだそうは認めていないところの人間、止まりなさい。


 いきなり拓がびくっと立ち止まったので、どうしたの!? と茜が尋ねた。


「エスペランサが……コスモスの精がすぐ後ろに」

「そうなんだ。ここまで来るなんてよほどのことじゃない? なんかいい知恵出してあげなよね」


 おそるおそる振り向くと、獲物に恵まれず絶食し続けて空腹といらだちがマックスになった狼にも似た形相ぎょうそうのエスペランサが立っていた。

 目には怒りと絶望の炎が燃え、人類を殲滅せんめつさせるビームでも出そう。

 片耳の上で結んだ濃いピンクの長い髪は、蛇のように鎌首かまくびをもたげ、うねっている。二つの拳も、震える体の脇でぎゅっと固められている。


 聞かなくても、だいたいどんな状況だったかわかった。


 ――言えなかったんだな。


 ――わ、わかっているならさっさと策を考えなさい!

 

 エスペランサがつかつかと拓に近づいたかと思うと、彼女の髪が拓の首に巻きついた。

 ぎゅぅぅううう―――――。いきなり容赦ようしゃなく締め上げてくる。


「こんな状態で考えられるわけないだろ! ……くっ、……人に、ものを頼む態度かよ!」

 道には茜しかおらず公園にもこちらに背を向けている親子連れしかいないので、拓は声に出して言った。


 エスペランサはますます目の光を強くし眉根まゆねしわをきつく寄せて、拓を公園へと引きずっていった。


「エスペランサさんやめてください! 拓が死んじゃいます!」

 首に指を当て苦しそうにもがいている拓の肩を支えながら、茜もおろおろと言った。


 ――彼女も、わたくしが見えるようになったのですか!?

 

 エスペランサがひるんだ瞬間、拓は巻きついた髪と首の隙間に指を入れ、もう一方の手も使って髪を引きがした。その髪を強くつかみ、思いきり引っぱる。


 ――いたたたた! やめなさい!

 

 抵抗するエスペランサがずるずるとこちらに来たところで、拓はぱっと手を離した。

 バランスを崩したエスペランサは尻餅をつき、顔を歪めた。



 ――よくもこんなことを! 許せませんわ。

 口調は元気だけれど、拓に対して「物理的影響力」を行使してしまったせいか、エスペランサは立ち上がるのも容易ではなさそうだった。そのままの姿勢で、肩で息をしている。


 パンジー・ビオラの精スミレと同じであれば、エスペランサも自分の「本体」であるコスモス以外のものを物理的に動かすと、かなり消耗しょうもうするはずだ。

 拓は拓で、首が自由になると咳がたくさん出た。


 ――今、彼女にわたくしが見えるのかどうか答えなさい!

 エスペランサはなおも叫んだが、拓は言葉を発しなかった。


 ――ふ、ふん! 見えようが見えまいがどうでもいいことです。しょせん、あなたと同じ人間、どうせ下僕のようにいやしい者に違いありませんわ。


 拓はなおも咳き込みながら、ゆらゆらとエスペランサの前に進み出た。



「あのなぁ! 俺のことはどう言ってもいい。けど、茜の……そこの彼女のことを悪く言うなよ! お前がどんな態度でどんなもの言いをしたか俺が話しても、茜は、お前がローザがほんとにかわいくて大好きだから、言いたいことも言えねーんだ、っつって、いい知恵出してやれって俺に言ったんだぞ!!」



 言っているうちにみぞおちや腹が熱くなり、最初は抑えめだった声が、大きくなっていった。


 ――な、なんですって!

 エスペランサは、茜を見た。


今、「インゲンだもの」って言葉が思い浮かんだのですが、これを作品に使える日は来るのでしょうか。


本編と関係なくてすみません。

決して、照れ隠しでもありません。言えば言うほどよくないなあ。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

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