42 秋 コスモス・ローズマリー 9
隣にいる当の茜は事情を察しているみたいで、眉根を少しひそめて、心配そうに拓を見つめている。
――悪い、続きはあとで。俺は、ローザが起きたらもう、すぐにほんとのことを言っていいと思うよ。
拓はエスペランサと男性に言い、恭平たちのそばまで小走りで行った。
「ごめん、俺、ちょっと熱が出てきたみたいだ。せっかくの申し出なのに悪いが、ほかに特にやることがなければ、失礼する。あっ、でも茜は、残りたきゃ残っていいぞ」
拓は恭平に向かって、拝むように両手を合わせた。
「えぇぇえ―――。そうなのぉ? でも、具合わりぃんじゃしょうがねーなぁ」
ローズマリーの枝が入った袋をガサガサいわせながら、恭平は口を尖らせた。
「茜ちゃんだけでもお茶していかない?」
首を伸ばして彼は茜を誘った。
けれども、彼女はすまなそうに首をすくめた。
「ごめんなさい。わたしも帰ります」
「ちぇっ、つまんねーのぉ。あ、でもさぁ、日を改めて礼をさせてくれよ」
「いいよ。大したことしてねえし」
「いやいやいや、大したことなんだよ、俺にとっては」
恭平は指を広げて手を大きく横に振ると、真剣なまなざしで首を縦に振った。自分自身でその重みを確かめるかのように。
「それに、お前らに聞いてもらいたいこともあるしさぁ」
「言ったろ? 俺たちは、人生相談には乗らないって」
「わかってる、わぁーかってるって! でも、植物が関係してりゃ相談していいんだろ?」
ちょっと抜け目なさそうな光が恭平の目に宿る。
「まあ……な。でも関係ったって……」
「それは実際に長庭君の話を聞いてみないとわからないことでしょ? 今ここで決めることじゃないわ」
二人でローズマリーの剪定をしている間に少しなかよくなったのか、茜が恭平の肩をもった。
「さっすがぁ茜ちゃん。よくわかってんじゃん! 見習えよ、水原」
茜に対して揉み手をしたあと、恭平は腰に手を当て背を反らして拓を見た。なんだかいきなり偉そうになっている。
しかしここであまり時間を食ってもいられないのだった。
拓が黙っていると恭平は手を下ろし、拓の周りをうろうろ回り始めた。
「だいじょぶかぁ? 顔色はそんなに悪くないけど、なんかぼーっとしてるっつうか目つきが悪くて超うつろ? 仕事させといてあれだけどさぁ、帰ったらあったかくして休めよ?」
「サンキュー、そうするわ。あと目つきは生まれつきだ」
拓たちは道具類を片づけた。恭平も手伝った。
火がついたような泣き声が聞こえてきた。
――うわぁぁぁああん! エスペランサがいないぃぃぃ!! エスペランサぁ! どこ行っちゃったのぉ? なんでいないのよう! エスペランサの嘘つきぃ!
ローズマリーの茂みの中で、ローザが棒立ちになって泣いていた。
真っ赤な顔を顰め、口を大きく開けている。涙が頬をあとからあとから伝う。
そのうち、疲れたのか彼女は茂みの中にへたり込んで足を投げ出した。
最初あ段だった泣き声に、やがてうぉぉん、というお段の声や咳、しゃくり上げが混じるようになった。
彼女がこんなに泣いていても戻ってこないということは、エスペランサは男性とともに出かけたのかもしれない。
――おい、そんなに泣くな。すぐにかどうかはわからないが、エスペランサは戻ってくる。
たまりかねて拓が話しかけると、ローザはびっくりしたように拓を見た。何が起こったのかすぐにはわからないという感じできょとんとし、求めているエスペランサでないということもあるのか、またすぐに顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった。
あのなあ、エスペランサはもうじきいなくなっちまうんだぞ? わんわん泣きわめいて彼女を困らせてないで、ちっとは彼女が幸せになれるよう祈ったり協力したりしたらどうなんだ!
よっぽどそう言いたいのを拓はぐっとこらえた。
やはり、まずはエスペランサが、いやエスペランサたちが自ら何かアクションを起こすべきだ。
「日にち決めとこうぜ」
恭平の提案で、数日後にまた来ることを約束し、拓たちは長庭家をあとにした。
「相当まずいみたいね」
門を出て間もなく、茜が話しかけてきた。
「わかるのか」
「当たり前じゃない。何年見てると思ってるのよ! かっとなったりむっとしたり唖然としたり、短い時間にずいぶん表情が変わってたわ」
あれ? 全部、読まれてる?
エスペランサたちとのやり取りの際、感情を顔に出さなかったつもりでいた拓は、まじまじと茜を見た。
「どうせ、ローズマリーの精もコスモスの精もいるんでしょ?」
「ああ」
「なあに? 二人で拓の取り合いとか?」
横目で探りを入れてくる茜にそんなんじゃない、と言うと、自然に溜息が出た。
思い出しても腹が立つことも多かったが、拓はおよその事情を彼女に話した。
「泣く子と地頭には勝てぬ」って言葉、今でも学校で習うんですかね。




