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41 秋  コスモス・ローズマリー 8 

 にしても彼女の名前、「エスペランサ」の意味が「希望」だなんて。「悪夢」や「絶望」なら納得がいくけれど、よりによって「希望」とは! 


 拓は吹き出した。それから、「エスペランサ」とは何語かと考えた。


 あれ、メキシコで話されてる言葉って何語だ? 英語……? いや違うな。スペイン語か? スペインに征服されたとか言ってたし。


 ――甘い! 甘すぎですわ! それにわたしのことを「悪夢」だなんて! ひどい!!


 ――あなたの方が、陰謀史観いんぼうしかんだし、いつもいろいろ決めつけてばかりでひどいですよ! ぼくがあなた以外の女性を好きに決まっているとか、コスモスの花の精同士の集会でほかの女性をずっと見ていたとか、庭にいるほかの花の精と話しているときデレデレしていたとか、優し さが足りないのは愛情が不足しているからだとか、自分を愛しているならもっとプレゼントをくれるはずだとか。


 ……エスペランサがこの調子なのは、今日だけってわけではないらしい。

 聞いていて、拓は男性がかわいそうになってきた。そんな思いをしてまで、なぜエスペランサと一緒にいたいのだろうか? 恐怖で逃げ出せないのだろうか? 女にれるということはかくも恐ろしいことなのか?



 考えてもよくわからなかったけれど、彼らが今こういう話をすべきかというと違う気がした。

 あのぅ、と拓は二人の会話に入った。

 ――別に俺は、コスモスやローズマリーをどうこうしようなんて思ってない。それよかあんたたち、ローザが寝てる間になんか大事な話をしなきゃいけないんじゃねーのか?


 二人は、はっとしたように互いの顔を見合わせた。


 ――あ、あなたには関係のないことですわ!

 エスペランサは顔を赤くしてまたそっぽを向いた。

 ――おお、まさにそのとおりです。ありがとう。少し話題が逸れてしまっていたようでした。

 男性の方は片手を胸に当てて、ゆっくりとお辞儀した。そして姿勢を元に戻すと、拓の目を見ながら溜息をついた。


 ――実はぼくたちは結婚する予定なのですが、さっきご覧になったように、ローズマリーの精のローザがそれに強く反対していて。二人で話をしようと思っても、全然できないのです。おかげで結婚式の準備も、ちっとも進んでいなくて。


 ――ちょっと、こんな下僕に相談するなんて、頭がどうかしてしまったのですか!?

 エスペランサが慌てて男性の腕を取り、揺さぶった。


 ――いいえ、ちゃんと頭は働いていますよ。

 男性はものすごく低い声を出して、彼女の手にまた自分の手を重ねた。

 そして話を続けた。声は元の高さに戻った。



 ――二人で考えていたって、いつまで経ってもらちがあきません。ならばほかの方に相談するのは自然な流れです。あなたは、人間界でいうところの母親に頭が上がらないマザコンつまみたいに、ローザの顔色ばかりうかがい、彼女の言うなりなのですからね。



 穏やかな声ではあるが、毅然きぜんとしていて、おいそれと反対できない重々しさがあった。目の中にも、静かな火が燃えている。


 ――言うなりだなんて……ただ、わたくしはローザに真実を話すタイミングを見計みはからっているだけですわ。ものにはタイミングというものがありますから、しかるべきときにしかるべき話をすべきだと……。

 エスペランサの声が震え、顔が青ざめた。



 ――わからなくはねーけど、彼氏さんも、いい加減もう待ちくたびれてんじゃないのか? 俺はあんたたちがどのくらい付き合ってるのかも全然知らない。けど、さっき聞こえた話では、 ローザと別れるときはいつだか決まってるんだろ? 期限が切られちまってるなら、そこに間に合うようにいろいろやっていかなきゃだめじゃねーか。



 拓がそう言うと、エスペランサと男性はまた顔を見合わせ、黙ってしまった。

 ――ローザと別れるって、具体的にはどういうことだ? そこから説明してもらわないと。

 拓が尋ねると、まだむくれているエスペランサをちらっと見やり、男性が話し始めた。


 ――ぼくたちコスモスが一年草なのに対して、ローズマリーが長く生きる常緑低木なのは知っていますよね?

 ――ああ。


 ――ですから、花が咲き、実を結んで種ができれば、エスペランサやぼくはローザの前から姿を消さなければならないんです。


 だな、と拓は相槌あいづちを打った。


 ――ですがローザは、そうだと知らないのですわ。一生、ずっとわたくしと一緒にいられると思っていますの。


 自分だけ黙っているのに耐えられないのか、張りのある声でエスペランサが話に入ってきた。

 けれども声のトーンは徐々に下がった。


 ――なるほど。それで、エスペランサに寄ってくる男は片っ端から悪い虫扱いされて追っ払われる、ってわけか。


 ――ちょっと! 気安く名前で呼ばないでください。名前が腐りますわ!

 エスペランサは腕組みをして頬をふくらませた。

 

 ――腐るかよ!! じゃ、なんて呼べばいいんだ!?

 ――女王様とか、閣下かっかとか姫様とか、あるでしょう? いろいろ。

 ――めんどくせえ。あんたに仕えてるわけじゃないし。


 ――実際、コガネムシなどの昆虫もいます。しつこく誘ってくる彼らを撃退してくれるのはぼくにとってもありがたいのですが、ぼくまで消え去れって責められるものですから、ねぇ……。

 ――まあ、黙っててもいいことはねーだろう。早く言っちまえば? 真実を。

 ――うるさいですわ! いくら心を鬼にしたって、言えないものは言えないんです! だいたいいつ言えばいいのかわかりませんし。



 そのとき、やや離れた所で恭平の声がした。


「剪定終わったぞー。ほかにやることなけりゃさぁ、お茶にしようぜー」

 茜からもらったとおぼしきコンビニのレジ袋に、切ったローズマリーの枝をたくさん入れていた。


今年は、あまりコスモスを見ないうちに冬になってしまいました。

皆さんはご覧になりましたか?


ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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