38 秋 コスモス・ローズマリー 5
「ねえ、あんまり葉が茂りすぎるとよくないのよね?」
一触即発のところに、茜がのんびり話しかけてきた。
「まあな。葉がみっしりして通気性が悪くなると、蒸れて下葉が枯れたり、病気にかかりやすくなったりするし、剪定した方がいい」
「ね。やっぱり、問題が出てくるんですよ」
冷静に茜が言うと、恭平はがっかりした顔になった。
「そうかぁ。茂りまくってるのも、ワイルドっつーか、生命力旺盛って感じでよかったんだけどなー。ゾンビみたいで」
彼は、茜に向かって両腕を伸ばし、手首から先をだらんと下げて指を曲げた。
「いや、ゾンビは死んでるから」
茜が真面目に答えると、恭平はいっそうがっかり感あらわな表情になった。
けれどもすぐに立ち直った。
「で、どういうふうに切ってきゃいいんだよ」
「太い枝から分かれてる枝で、これはなくてもいいか、ってやつの根元からばっさり切って、すいてやりゃいいんです……いや、タメ口でないとイラッとするんだっけ? 根元からばっさり切って、すいてやりゃいい。風通しをよくしてやる感じでな」
拓が実際に分枝を指差しながら言うと、恭平は急に顔を曇らせた。
「分かれてる……なくてもいいか、ってやつ……根元からばっさり……」
心ここにあらず、という感じで口の中でぶつぶつ繰り返している。
「ん? どうかしたか?」
「い、いや、別に。あは、あはははは……。耳で聞いただけじゃよくわかんねーからさぁ、手本を見せてくれよ」
元の軽いノリの喋り方になっているとはいえ、明らかに挙動不審だった。
茜はおや、という顔で恭平を見つめた。けれども、拓は一ミクロンも気にせずに、いいよ、と鋏を手にした。
特に枝が密集している辺りから一本の枝をつまんで、恭平に見せる。その枝の下にはさらに数本の枝があり、濃い緑の葉が重なり合って茂っていた。
「この枝はすぐそばの太い枝から伸びてるけど、横に生育して下の葉にほとんど日が当たらなくなってるだろ?」
「ほんとだ」
「だからこいつを切る」
チョキン。乾いた金属音がした。
「うぅぅぅう―――!?」
恭平が絞り出すようにして高い声を出したので、拓は手を止め目を見開いた。
「……あのさ、なんでお前がそんな声出すわけ? いや、ローズマリーが好きなんだろうな、ってのはわかるけどさ、なんか俺、すごぉ――く悪いことしてるみたいじゃねーか」
ジト目で恭平を見つめる。
「確かに、わたしもちょっとびっくりしました」
茜も遠慮がちに口を挟む。
恭平は二人を見ながら、わっりぃーわりぃ、と眉を八の字にして頭を掻いた。それから左手で心臓の辺りを押さえた。
「『なくてもいいか、ってやつ』とか、『ばっさり』っつーのが、ちょっと他人事に思えなくってさぁ。ほんとにばっさりいっちゃうし」
恭平は、拓が手にしている切り落とされたローズマリーの枝を見つめたあと目を伏せ、ふっ、と小さく笑った。
その枝からも濃い緑の葉からも、少し尖った苦味のある、爽やかな香りが漂う。
「あっ、そ。じゃ、次の枝いくぞ」
「ちょっ! 人が真面目に告白してんのに完全にスルーかよ!」
顔を上げた恭平が前髪を払いのけながら言うと、拓は
「俺は人生相談に乗りに来てるんじゃなくて、植物の世話をしに来てるんだ」
と不機嫌そうな仏像に似た半裸眼で答えた。
「けっ! 糞真面目だなあ」
口を尖らせた恭平は、すぐに明るい顔に戻り、枝を拓の顔の前で揺らした。
「あ、そうだ。じゃ、終わったらさぁ、二人ともうちでハーブティでも飲んでいかね?」
「お前、話聞いてる?」
拓は恭平の頭から足の先までを眺めた。
「わたしはいいわよ。拓が大丈夫なら、だけど」
茜はさばさばと笑った。大きな目が、(なんか困ってるみたいだよこの人。話くらい聞いてあげてもいいんじゃない? 悪い人じゃなさそうだし)と訴えている。
「……わかった」
拓はしぶしぶ頷いた。それから、自分でも剪定をやってみたいと言う恭平に鋏を渡した。
「こいつを切ればいいかなぁ」
左手に鋏を、右手に枝を持って恭平は舌なめずりした。
「待て! その太いやつを切っちまうと、この辺のたくさんの分枝がみんなばっさりいくことになるぞ」
「え……? おー、ほんとだ! あっぶねえあぶねえ。ありがとな!」
恭平は太い枝を放し、興奮気味に、鋏を持った左手を肘の先からぐるぐる回した。
「鋏を振り回すな! そして刃を人に向けるな!」
腕を顔の前に掲げた拓に言われて初めて彼は、自分が鋏を拓に向けてしまっていたことに気づいたらしかった。はっとした顔ですぐに謝った。
「ご、ごめん」
二度目には、恭平は、下葉のことや全体の風通しもちゃんと考えて、切るべき枝を決めることができていた。




