30 夏 ヒマワリ 12
緑のカーテンを台風から守る作業を終えた拓と茜に、銀次はカップラーメンをふるまう。
「こんなもんで美味い美味い言われんのもなあ」
銀次はあぐらをかいたまま二人を見、のんびりと楊枝で歯をせせった。そして言った。
「ゴーヤーの実がなったら、なんか作ってやる。最近はあまり作らねえけどさ、ヒロシが生きてた頃はよ、ゴーヤーチャンプルーはもちろん、カレーだの豚肉の生姜焼きだの、よく作ってやったもんさ。必ず、食いに来いよ」
「ありがとうございます」
「楽しみにしてます」
拓と茜は顔を見合わせて笑った。
「お、さっきより顔色よくなったな、二人とも」
――ちぇ、自分ばっかり食ってていいなあ。じいさんに作ってもらってるし。
銀次に体をくっつけ、ちゃぶ台に顔をくっつけてへばっていたヒワコが、恨めしげに拓を見上げた。
――んじゃちょっと食えよ。ラーメンの「本質」なら食えるんだろ?
拓は割り箸ごとカップラーメンをちゃぶ台に置いた。
――え、何それ。
――ウリヤが言ってたぞ。お供え物のおはぎの本質だけ食べるようなことはできるって。
――そうなのか!? 全然知らなかった!
ヒワコは、まだ玄関でゴーヤーの本体の世話をしているウリヤの方を見やった。それから箸を持ち、ラーメンをつまんだ。そして、おそるおそる口に運び、目を輝かせた。
――美味っ!!
――好きなだけ食っていいぞ。お前もだいぶ弱ってるみたいだしな。
――あ、ありがとう。
ヒワコはカップラーメンから顔も上げずに答えた。餌をはぐはぐ無心に食べる猫のようにラーメンを食べ続け、やがてはっとしたように箸を置いた。そして玄関の方に歩いていった。
ヒワコに腕を引っ掴まれて、ウリヤがちゃぶ台まで連れてこられた。
――わたしはいいわよ。ヒワコさんこそ、いっぱい食べて栄養つけてよ。
――いいから食え! はらわたが煮えくり返るぞ!
ウリヤの目が点になった。
――なんか怒ってる?
――うんにゃ?
きょとんとしたヒワコに、ウリヤはそっと耳打ちした。
――食べてあったまるっていう意味なら、「五臓六腑にしみわたる」とかだと思うんだけど。「はらわたが煮えくり返る」っていうと、腹が立ってしょうがないってことになっちゃうわよ。
――なん、……だと……?
ヒワコはぐっと顎を引いた。そして、厳かに言った。
――スープとともに水に流せ。
ウリヤは、あ、そぉお、じゃそうするわね、ととぼけたような顔でラーメンを食べ始めた。
――ああ、あったまるぅ。沖縄のソーキそばが懐かしいわあ。あっちのはスープは塩味で、ソーキっていう豚肉、ええとスペアリブが入ってるんだけど、こういうのもまたおいしいわねえ。はい、ごちそうさま。
――もういいのかよ。
――ええ。あとは、ヒワコさん食べて。
拓には、二人の関係がよくわからなくなった。ヒワコはウリヤを気に食わないから追い出したと言っていた。けれども二人は特に仲が悪そうというわけでもなかった。むしろいいくらいだったのだ。
でも、来たときよりももっと苦労して台風の中を帰ったせいか、家に着いたときには、拓はすっかりそのことを忘れてしまっていた。
翌日、拓と茜は再び銀次の元を訪れ、ネットやプランターを元通りに設置した。残念ながら風雨に晒されて枯れてしまった葉も少しあり、拓はそれらを取るとき、一枚一枚に向かって小さな声で謝った。
「ごめんな」
とはいえ、それを除けばゴーヤーはおおむね元気だった。
ヒマワリは幸い、一本も茎が折れることなく持ちこたえていた。
次に銀次から連絡があったのは、さらにひと月ほど経った、夏休みも終わりに近い頃だった。
「ゴーヤーの実がなった。約束どおり、あした俺の手料理を食べに来いよ」
心なしか弾んでいる銀次の声に、「わかりました。楽しみにしてます」と拓もふだんより多少、明るめな声で答えた。
「同じ所に四回も行くのは初めてね」
スパンコールやラメがついた白いTシャツに水色のジーンズを合わせた茜も、なんだか嬉しそうで、鼻歌など歌っている。
「向こうから連絡があったからだからな。例外中の例外だ」
茜を諌めるように、拓はわざとぶっきらぼうな声を出した。
「いいじゃない。こういうの嫌いじゃないな」
ところが。
ノックしたドアを開けて出てきた銀次は、不思議そうな顔で拓を頭から足の先まで見つめた。
「あんた……誰だい?」
「なに言ってるんですか岩尾さん。俺たちにゴーヤー料理をご馳走してくれるって、昨日、電話くれたじゃないっすか」
拓は吹き出した。銀次が自分たちをからかっているのだと思った。
けれども、銀次の表情は変わらない。
「いや、知らねえなあ」
すぐにドアを閉めようとする。案外、強い力だ。拓はドアノブをぐっと掴んだ。
「いやいやいや。あの、ベランダの外に、ゴーヤーの緑のカーテンあるでしょ? あれ誰が作っ たか覚えてないんですか? 俺たちがやったんですよ」
拓は茜と自分を指差し、大きな声を出した。
「あ!!」
銀次ももっと大きな声を出して拓を指差した。
「やっと思い出してくれましたか。緑高校園芸部の、水原と土屋ですよ」
その言葉が終わらぬ内に、銀次の言葉がかぶさった。
「お前、ヒロシか! ヒロシなんだろ!? いやあ、でかくなったからわかんなかったけど、よく見りゃ顔なんかそのまんまじゃねえか」




