表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/81

30 夏  ヒマワリ 12

緑のカーテンを台風から守る作業を終えた拓と茜に、銀次はカップラーメンをふるまう。

「こんなもんで美味い美味い言われんのもなあ」

 銀次はあぐらをかいたまま二人を見、のんびりと楊枝ようじで歯をせせった。そして言った。


「ゴーヤーの実がなったら、なんか作ってやる。最近はあまり作らねえけどさ、ヒロシが生きてた頃はよ、ゴーヤーチャンプルーはもちろん、カレーだの豚肉の生姜焼しょうがやきだの、よく作ってやったもんさ。必ず、食いに来いよ」


「ありがとうございます」

「楽しみにしてます」

 拓と茜は顔を見合わせて笑った。

「お、さっきより顔色よくなったな、二人とも」



 ――ちぇ、自分ばっかり食ってていいなあ。じいさんに作ってもらってるし。

 銀次に体をくっつけ、ちゃぶ台に顔をくっつけてへばっていたヒワコが、恨めしげに拓を見上げた。



 ――んじゃちょっと食えよ。ラーメンの「本質」なら食えるんだろ?



 拓は割り箸ごとカップラーメンをちゃぶ台に置いた。


 ――え、何それ。

 ――ウリヤが言ってたぞ。お供え物のおはぎの本質だけ食べるようなことはできるって。


 ――そうなのか!? 全然知らなかった!


 ヒワコは、まだ玄関でゴーヤーの本体の世話をしているウリヤの方を見やった。それから箸を持ち、ラーメンをつまんだ。そして、おそるおそる口に運び、目を輝かせた。


 ――美味うまっ!!

 ――好きなだけ食っていいぞ。お前もだいぶ弱ってるみたいだしな。

 

 ――あ、ありがとう。

 

 ヒワコはカップラーメンから顔も上げずに答えた。餌をはぐはぐ無心に食べる猫のようにラーメンを食べ続け、やがてはっとしたように箸を置いた。そして玄関の方に歩いていった。

 ヒワコに腕を引っ掴まれて、ウリヤがちゃぶ台まで連れてこられた。

 

 ――わたしはいいわよ。ヒワコさんこそ、いっぱい食べて栄養つけてよ。


 

 ――いいから食え! はらわたが煮えくり返るぞ!


 

 ウリヤの目が点になった。


 ――なんか怒ってる?

 ――うんにゃ?

 きょとんとしたヒワコに、ウリヤはそっと耳打ちした。


 ――食べてあったまるっていう意味なら、「五臓六腑ごぞうろっぷにしみわたる」とかだと思うんだけど。「はらわたが煮えくり返る」っていうと、腹が立ってしょうがないってことになっちゃうわよ。


 ――なん、……だと……?


 ヒワコはぐっと顎を引いた。そして、おごそかに言った。


 ――スープとともに水に流せ。


 ウリヤは、あ、そぉお、じゃそうするわね、ととぼけたような顔でラーメンを食べ始めた。


 ――ああ、あったまるぅ。沖縄のソーキそばがなつかしいわあ。あっちのはスープは塩味で、ソーキっていう豚肉、ええとスペアリブが入ってるんだけど、こういうのもまたおいしいわねえ。はい、ごちそうさま。


 ――もういいのかよ。

 ――ええ。あとは、ヒワコさん食べて。


 拓には、二人の関係がよくわからなくなった。ヒワコはウリヤを気に食わないから追い出したと言っていた。けれども二人は特に仲が悪そうというわけでもなかった。むしろいいくらいだったのだ。

 でも、来たときよりももっと苦労して台風の中を帰ったせいか、家に着いたときには、拓はすっかりそのことを忘れてしまっていた。



 翌日、拓と茜は再び銀次の元を訪れ、ネットやプランターを元通りに設置した。残念ながら風雨にさらされて枯れてしまった葉も少しあり、拓はそれらを取るとき、一枚一枚に向かって小さな声で謝った。

「ごめんな」


 とはいえ、それを除けばゴーヤーはおおむね元気だった。

 ヒマワリは幸い、一本も茎が折れることなく持ちこたえていた。



 次に銀次から連絡があったのは、さらにひと月ほど経った、夏休みも終わりに近い頃だった。

「ゴーヤーの実がなった。約束どおり、あした俺の手料理を食べに来いよ」

 心なしか弾んでいる銀次の声に、「わかりました。楽しみにしてます」と拓もふだんより多少、明るめな声で答えた。


「同じ所に四回も行くのは初めてね」

 スパンコールやラメがついた白いTシャツに水色のジーンズを合わせた茜も、なんだか嬉しそうで、鼻歌など歌っている。


「向こうから連絡があったからだからな。例外中の例外だ」

 茜をいさめるように、拓はわざとぶっきらぼうな声を出した。

「いいじゃない。こういうの嫌いじゃないな」


 ところが。

 ノックしたドアを開けて出てきた銀次は、不思議そうな顔で拓を頭から足の先まで見つめた。

「あんた……誰だい?」

「なに言ってるんですか岩尾さん。俺たちにゴーヤー料理をご馳走ちそうしてくれるって、昨日、電話くれたじゃないっすか」

 拓は吹き出した。銀次が自分たちをからかっているのだと思った。

 

 けれども、銀次の表情は変わらない。


「いや、知らねえなあ」

 すぐにドアを閉めようとする。案外、強い力だ。拓はドアノブをぐっと掴んだ。

「いやいやいや。あの、ベランダの外に、ゴーヤーの緑のカーテンあるでしょ? あれ誰が作っ たか覚えてないんですか? 俺たちがやったんですよ」

 拓は茜と自分を指差し、大きな声を出した。

「あ!!」

 銀次ももっと大きな声を出して拓を指差した。


「やっと思い出してくれましたか。緑高校園芸部の、水原と土屋ですよ」

 その言葉が終わらぬ内に、銀次の言葉がかぶさった。



「お前、ヒロシか! ヒロシなんだろ!? いやあ、でかくなったからわかんなかったけど、よく見りゃ顔なんかそのまんまじゃねえか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ