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28 夏  ヒマワリ 10

 拓が外に出ると、さっきよりさらに強くなった雨が、雨合羽越しに全身を叩きつけてきた。ひっきりなしに小石でも投げつけられているように痛い。雨は上からも斜めからも横からも降ってきて、フードをかぶっている顔もすぐにびしょびしょになった。


 ヒュォオオオ―――ッ! ピュルリブフォオオオ―――ッ!!


 風も、怒りに満ちたように高く低くうなり、雨合羽を拓からはぎ取り体ごと持っていこうとするみたいに吹きつける。

 足元の土はぬかるみ、少し踏ん張っただけでめりめりと靴底が沈み込んでいく。

 ベランダがいかに雨風を防いでいたか実感しながら、拓は腕を伸ばして物干し竿を茜から受け取り、草の上に置いた。それからプランターの一つを外してもう一つのそばまで持ってきた。


「わりいけど、ちょっと我慢してくれよ」


 ゴーヤーの葉は濡れてつやが出ているが、激しい風雨にさらされてぐったりしてもいる。葉やつるを切らないように注意しながら、拓はネットを手繰たぐり寄せた。



 拓はヒマワリを見やった。

 集まって咲いているヒマワリはややうなだれ、スウィングする人々のように花や茎を前後に大きく揺らしていた。ヒマワリの中ではそんなに大ぶりなものではないけれど、ほかの植物に比べればやはり背が高い。その分、バランスをとるのが難しそうでもある。


 ヒワコは一本一本のヒマワリに両手を当てて回っていた。時おり、そうかそうか、とか、すまねえな、とかヒマワリに向かって話している。

 それが終わると拓が手繰り寄せたネットのそばまでタッ、とひとっ飛びし、やはり両手でゴーヤーに触れながら言った。


 ――お前らも負けんなよ! あたしらヒマワリは歌を歌う。お前らにも歌があるならそれを 歌えばいいし。ほかになんかいい方法があるならそれをやってくれ。もちろん、あたしらと一緒に歌うのでもいいぜ!


 ゴーヤーの本体がどう答えているのかあるいはいないのか、拓にはわからなかった。

 ヒワコは全身マッサージでもするように、ゴーヤーに両手で触れる場所を動かしていった。


 その後ヒワコはまたヒマワリの所に戻り、指揮者しきしゃのようにヒマワリたちの前に出た。軽く曲げた左腕を体の横に広げ、右腕を伸ばして高く上げる。人差し指をピンと伸ばして振り回しながら彼女は叫んだ。


 ――いいかみんな! 負けんじゃねえぞ! こんなの、しばらくすりゃ行っちまうんだからな! つらいときは歌うんだ!!


 ヒワコはいきなり大声で歌い出した。と同時にまた一本一本のヒマワリをでたりさすったりし始めた。



   ♪ヒマワリだからってー

    太陽好きって決めんなよー

    過酷かこくな太陽と闘いー

    つちかってきた 秘伝ひでんーっ

    雨風嵐あめかぜあらしもどんと来い!

    それっ ヒーマワリー! ヒーマワリー!



 ……え。

 

 明るく楽しげで、かつ太陽をしたっている。そんなイメージをヒマワリに抱いていた拓にとって、それは違和感がありまくりの、骨太ほねぶとで体育会系の歌詞だった。

 曲も、勢いはあるが、短調のどちらかというと悲しささえびたメロディーだ。


 拓には聞こえないが、激しく揺れているヒマワリの花々も、きっとヒワコと一緒に歌っているのだろう。



 それが終わるとヒワコは再びゴーヤーの所に戻ってきた。息が荒く、肩が大きく上下している。彼女はまたゴーヤーに両手で触れ、撫でたりさすったりする場所をずらしていった。


 ――お前らの歌はリズミカルだなあ。レとラの音がねーし、聞いてて踊りたくなってくる。 いいぞいいぞ! もっと歌え!


 ヒワコは明るく言い、両腕を上に上げ、リズムをとりながら手首や指をしなやかに動かした。


 ――ヒワコ、お前もうだいぶ疲れてるだろ。今、茜が支柱を持ってくる。これが終わったらすぐそっちの補強をするからな。

 ――ま、まだ大丈夫だ。見損なってもらっちゃ困る!

 ヒワコは胸を張った。が、これまでよりも強い風が吹くと、うっ、と顔をしかめて胸を押さえた。


 ――やっぱり、ヒマワリ本体がダメージを受けるとお前もダメージを受けるんだな。



 そのとき、生成りのバッグと支柱が入った手提げ袋とを持って茜が走ってきた。


「お待たせ。どうすればいいの、これ」

「ヒマワリたちの周りに四本立てて、支柱同士を紐で結んでくれ。できれば上と下、あと真ん中、と三か所くらい。で、支柱とその近くにあるヒマワリとを、紐で何か所か結んでくれ」

 拓はてきぱきと茜に指示した。口を開いて喋ると、さっそく雨が口に飛び込んできた。


「オッケー。ボクシングのリングみたいな感じにすればいいのね」

「まあな」

 茜は支柱を伸ばし、前かがみになって風をよけながらヒマワリの所まで行った。

 それから支柱を一本ずつ、立てていった。

 ぬかるみに足を取られて転びそうになったり、ガサガサ揺れるヒマワリの葉が目に刺さりそうになったりしながらも、全身の体重をかけて支柱を土の中に埋め込んでいく。


 ――お前ら、風よけ作ってもらってるんだから、なるべく揺れるな! 踏ん張れ!


 ヒワコは胸を手で押さえながら、飛ぶのでなく歩いてヒマワリたちの所に行った。それから、一本一本を抱きしめながら花々の間を回った。


 その間に拓は、手繰り寄せたネットを物干し竿から外した。軽くたたみ、ゴーヤーのつるが折れないように気をつけながらプランターに載せる。そして、両手でそれらをかかえた。


「台風が去るまでの間、避難してもらう。急なことでごめんな」


 ――ったく、あたしに対してもそのくらい優しい声を出してみろっつーの。


 肩で息をしつつ、からかうようにヒワコは口を大きく動かした。そして付け加えた。


 ――歌ったから、こいつら丈夫じょうぶさが増してるはず。とはいえ気をつけて運べよな! 拓!

 

 ――言われなくても気をつける。

 

 拓は口の端を上げてヒワコを見た。


 ヒワコは、畳まれたネットをうゴーヤーにも話しかけた。

 ――そいつはあたしの言葉がわかるやつだ。わりいようにはしねーだろうから安心しな。

 


 そのとき、息を切らせながらウリヤが走ってきた。

 ――ごめんなさいっ。 ヒワコにも拓にも頭を下げる。


 そして拓に向かって言った。


 ――お手数をおかけして申し訳ないけど、この子たちのことよろしくお願いします。部屋までわたしも一緒に行くわね。

 ウリヤはゴーヤーの葉やつるを撫で、ふっくらした大きな手を載せた。まさに「手当て」だ。急に葉が生き生きしたように拓には思えた。ウリヤは下から反対の手も当てていて、そのせいかゴーヤー全体が軽くなった気がした。


 ――ヒワコさんも、ありがとね。歌わせてくれたおかげで、この子たち元気になってる。

 ゴーヤーに触れたまま拓と一緒に歩きながら、ウリヤはヒワコに声をかけた。


 ――いいんだよそんなの。……じゃねえや、なんで帰ってくるんだよ!


 ヒワコは途中で急に口調を変えた。突然、ものすごく怒り出したという感じだった。


 ――アキサミヨー!

 ウリヤはあきれたように叫んだ。


 ――台風は一人じゃ太刀打たちうちできないさー。太陽も、台風も、自然の脅威きょういはヒワコさんだってよく知ってるでしょうが。気持ちはわからなくないよ? ないけどこういうときまでぜぇーんぶ一人で抱えることないのよ?


 ――もういい! 黙れ黙れ黙れ!! 早く行け!


 ヒワコは頭を振りながら地団太を踏んだ。

ヒマワリの歌は、中島みゆき氏か能町みね子氏辺りに歌ってほしいです。

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