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27 夏  ヒマワリ 9

台風の日の放課後、帰宅するようにとの校内放送を無視して、拓と茜は園芸部の部室に来ていた。

 と、部室の電話が鳴った。体を拭きながら拓が受話器を取った。

「あ……もしもし。岩尾だが、緑高校の園芸部か?」

 ざらっとした声は割れるように大きい。その背後に、風が高く低くうなる音が聞こえる。そうですが、と拓が答えると、

「こないだ来てくれた兄ちゃんか? 例の緑のカーテンなんだが、ちょっとまずい感じなんだよ。ただ、どうしたらいいか、俺はよくわかんねえんだ。わりいが、来てくんねえかな」

 と強い調子でまくし立てた。 

「わかりました。すぐ伺います」

 拓は電話を切ると、岩尾さんに行くぞ、と茜を促した。


「これ着ていきなよ」

「やだ。あちいから」

「だめ! 風邪ひいたら植物の世話ができないでしょ」

 さっきと同じような会話を繰り返し、けっきょく二人とも雨合羽を着て出かけることにした。

 着ている間にも、窓ガラスがガタガタ鳴り、時おり、ガラスが割れるんじゃないかという勢いで風がアタックしてくる。


 雨合羽を着たあと、拓は、ロッカーにストックしてある園芸用の支柱を何本か出した。ホームセンターの大きな手提てさげ袋に入れる。

「何に使うの?」

  茜は不思議そうな顔をした。


「ヒマワリの台風対策だ。茜は荷造り用の紐を持っていってくれ」


「わかった」


 蒸し暑いのに、激しい風や雨を真正面から受けると冷たかった。

 歩いているだけで、拓はゴムの中を進んでいるように抵抗を感じた。

 それでも拓はまだ大丈夫だったが、茜の方は傘を風に押され、がみぞおちに食い込みそうになったりしている。

 口に雨が入るので、おのずと二人とも無口になった。

 

 銀次の家の最寄駅で電車を降りた。

 商店街を歩いている者はほとんどおらず、吹き荒れる風や雨、揺れる木々を除けば辺りはひっそりと息をひそめているようだった。

 銀次の家に着いたときには、拓も茜もけっこう呼吸が浅くなっていた。


「おう、すまねえなあ。葉が茂ってきてるんでちったぁいいかと思ったんだけどよ、さっきベランダから見たら、かなり揺れてっからさ」

 前に来たときよりも親しげな言いぶりで、銀次は頭をいた。

 薄い水色のTシャツの胸の辺りに、醤油しょうゆか何かをこぼした跡があった。


「そうですか。じゃ、さっそく拝見します」


 ――おせーじゃねーか!

 

 銀次の後ろから顔を出したヒワコが、両手を腰に当て、拓に向かって怒鳴りつけた。


 ――俺たちは、客に必要とされたときにだけ活動するからな。


 ――そりゃふだんはそれでいいかもしれないけど、今は緊急事態だろうが!

 こぶしを固めた右手を振り上げかけてヒワコは、右手首を反対の手でぐっと押さえた。拳は細かく震えている。


 拓はひと呼吸おいてから、ヒワコを見据みすえた。靴を脱ぎながら心内語でおもむろに言った。



 ――緊急事態でも、客の家の植物は客のもんだ。



 ――けど、けどさ! 客がうまくできなかったら植物は枯れちまうじゃねーか! そういうときには、堅いこと言ってないで優柔不断ゆうじゅうふだんに行動しろよ!!



 ヒワコはなおも食い下がる。


 歩きながら拓は眉間にしわを寄せた。


 ――あのなあ……優柔不断ってのは、今になっても来ようかなぁ、どうしようかなぁ、って部室でうじうじぐずぐずしてるみたいなのを言うんだぜ? お前が言いたいのは、柔軟じゅうなんに、とか、フレキシブルに、とかだろ!


 ――こ、細けえこたぁ気にしなくていいんだよ! とにかくじいさんのこと、もっと気にしてやってくれ!! 頼む!!


 ヒワコは勢いよく頭を下げた。


 ――気持ちはわからなくもないが、俺たちの客は銀次さんだけじゃねえんだよ。つうか、お前、こんな所にいていいのか? 本体はどうした。

 ――そ、そうだな。い、いや、このくらいの台風ならあたしの本体は大丈夫だ。ふだんからきたえてるし。


 言いつくろっているのが丸見えな狼狽ろうばいぶりだった。


 ――銀次さんを大事にするのはいいことだ。けど、ちゃんと仕事しろよ。ったく。それに、ウリヤはなんでいねえんだ? 庭か?

 ――庭にもいない。たぶん。もっと台風がひどくなったら戻ってくるかもしんないけど。


 ヒワコは手を後ろに組んで歩きながら、そっぽを向いた。


 ――お前、なんかしたのか?


 

 ――うん。気に食わねーから、追い出した。



 けろっとした顔でヒワコは答えた。子どもの残酷さやふてぶてしさが、目や口の端に現れた。


 ――追い出したって……。そりゃ人間ど、いや、花の精同士いろいろあるかもしんねーけど、大人げないことするなよ。

 ――お前には関係ねーだろ。お前こそ、仕事だけしろ。

 

 ヒワコは、日焼けした顔を赤くし、ただでも子猫のように大きな目をさらに巨大な、濡れた黒い飴玉みたいにして怒鳴った。



 ベランダに出てみると、確かにゴーヤーはだいぶ育ってつるがさまざまな方向に伸び、緑の葉が茂りつつあった。そして、ネットは風が吹くたびに大きくたわみ、揺れていた。プランターがなんとか押さえになっているとはいえ、いつまで持つかわからない。


「物干し竿は幸いなんともないですが、プランターがひっくり返るとまずいですね。できれば ネットもプランターも、家の中に取り込みたいんですが」

「おう、いいよいいよ」

 銀次は気さくに返事をした。自分も手伝おうかとまで言う。拓がなんと答えようかと口ごもっていると、

「風邪をひかれるといけませんから、お気持ちだけありがたくいただきます」

 茜が笑顔で、銀次の目を見た。


 拓は、目配めくばせで茜に礼を言った。そして、茜と二人で物干し竿をまずは物干し金具から下ろし、ゴーヤーの葉やつるを傷めないようにそっとベランダの手摺てすりにネットをかけた。


「よし、じゃ、俺がプランターを外す。俺が庭に出たら、茜は物干し竿を庭に下ろしてくれ。それから、支柱を持ってきてほしい」


「オッケー」

 茜は明るい声を上げた。

 

 ずっとそこにいたヒワコは、銀次たちのやり取りが一段落したのを見届けると、タッとひとっ飛びでベランダの手摺に立った。それから片脚を曲げ、もう片方の脚を思い切り伸ばして飛び、ヒマワリのそばにり立ったのだった。

台風との闘いはこれからです。

そしてヒワコの仕事とは?

ゴーヤーの精、ウリヤはどこへ?


ここまでお読みくださり、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝申し上げます。

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