25 夏 ヒマワリ 7
緑のカーテンづくりの作業後、部屋に戻った拓と茜は、銀次から、亡くなった息子の話を聞く。
「あいつも、生きてりゃ、結婚して今頃は俺の孫もいたかもしんねえなぁ。……おっと、いけねえいけねえ。湿っぽくなってごめんよ」
銀次はおどけた表情で笑みを浮かべた。マグカップを握りしめていない方の手は、テーブルの上で固く握られていた。皺と乾いた光沢がある大きな手に、青緑の血管が暗く浮かび上がり、蛇行している。
ヒワコは別の方向を見ていた。どことなく輪郭が薄くなっている。
拓は彼女の目を覗き込んだ。けれども、子猫みたいだった黒目は今や骸骨の眼窩みたいにただ闇になっていて、心情を読み取ることができなかった。
いえ、と言ったあと拓が次の言葉を探していると、銀次が先に口を開いた。
「そういやあいつは、子どもの頃からゴーヤーが好きだったんだよなぁ。だから俺もときどき、 ゴーヤーチャンプルーなんか作ってやったんだ。女房はあんまり好きじゃなくって、苦い苦いって渋い顔してやがった」
銀次は急に目を輝かせて身を乗り出した。それから、胸の前に両腕を突き出し、両の手のひらの間を自分の体くらいの幅に広げた。
「こぉんな大きい皿いっぱいに作っても、あいつ、子どものくせにあっという間に平らげちまうんだよ。まあ、だから育ちざかりっていうのかもしんねえけどさ。作りがいがあったな」
目に宿る厳しさが消え、うんと人懐っこい顔になっている。
拓には銀次が、今日知り合ったばかりの人物ではなく、昔から近所に住んでいて自分をかわいがってくれている老人のように思えてきた。
「すっかり忘れてたなあ。緑のカーテンのことがなけりゃ思い出さなかったかもしれねえ。どうして忘れちまってたんだろうな?」
銀次は、腕組みをして首をひねった。それから、
「うん、ゴーヤーはいい植物だ。ゴーヤーでほんとによかったよ。ほかの植物じゃだめだな」
と一人でしきりに頷いた。仏壇に向かって、銀次は穏やかに言った。
「お前もあんなに好きだったんだし、実がなったら好きに獲って食えよ、ヒロシ」
ヒワコは、早く授業が終わらないかと思っている女子高生みたいに、頬杖をつきぼんやりと窓の外を眺めていた。頬に当てられた指が、迷うように微かに曲がったり伸びたりした。時おり睫毛が伏せられると、暗い影が頬の辺りに落ちた。
ヒワコは銀次のことを強く思っているのに、銀次は庭にヒマワリがあることに気づいてすらいないようだ。それに対して、ゴーヤーは、ウリヤが銀次をどう思っているかに関係なくこんなに銀次に愛されている。
皮肉なものだな。
拓は胸のうちで溜息をついた。
「ところで、俺はこのあと、どうやってゴーヤーの世話をすりゃいいんだ?」
「苗が小さいうちは一日に一回、朝か夕方に水をやってください。育ってきたら、水やりを一日に二回にしてください。朝と夕方です」
「最初は一回、育ってきたら二回だな。昼にやっちゃいけねえのかい」
「昼だと、暑いからすぐ水が蒸発して、なかなか土の中に行かないんですよ」
「ふうん、そうかい」
「あと、花が咲いて実がつき始めたら、追肥、ええと、追加の肥料をやってください」
ちょうどそのとき、ウリヤがちゃぶ台のそばに現れた。
――お前、何してたんだよ!
あぐらをかいたままヒワコがウリヤを指差し、反対の手で内腿を何度も叩いた。
――近くの市民農園の方にもゴーヤーが植えられてるんで、そっちを見に行ってたの。
――い、いねーとどこ行ったかと思うだろーが! 突っ立ってないで座れよ!
最後の方はウリヤにくるっと背を向け、しっしっと彼女を手で追い払うようにしていた。
――あっらー、心配してくれたの? ごめんねぇ。どうもありがとう。では。
ウリヤは顔をほころばせ、拓と茜にも会釈して、ヒワコの横に正座した。
――心配なんかしてねーっ! 先輩に挨拶もなく消えるなんざ、太え野郎だと思っただけだ。
ヒワコは頬杖をついてそっぽを向いた。
――お前は先住猫か!
我慢しきれず拓は突っ込みを入れた。実はウリヤを心配していたみたいだということを除けば、ヒワコの様子は、自分のテリトリーにあとから来た猫を威嚇する猫そのものだ。
「そういえば、庭にヒマワリが咲いてますよね?」
茜が、穏やかな声で銀次に話しかけた。
ヒワコが急に背筋を伸ばす。
「あん? そうだっけか」
――やっぱりな。
ヒワコは溜息をつき、べちゃっと顔をちゃぶ台に伏せた。
銀次―、後ろ後ろ!




