14 春 パンジー・ビオラ 13
――何があったか教えてくれ。いや……教えてください。
スミレは少し目を伏せたあと、拓をまっすぐ見つめて微笑んだ。
――植物本体を動かすと、どうも体力を消耗してしまうようで……。ものに実際にさわって動かせるって素晴らしいことですけど、ほんとにエネルギーが要るんですね。
――そんな、他人事みたいに……どんだけ消耗するか知らなかったんですか?
拓は、薫たちに気づかれぬよう、表情を変えないように努めながら胸のうちで尋ねた。
――えー、だって今日が初めてでしたから。かなり消耗するし、人間の方々にも騒がれるから禁じ手、みたいには言われてましたけど。根や茎が伸びたり、葉や茎が風に揺れたりすることはあっても、本体が歩いたりはしないですもんね、わたしたちって。実際に、縦横無尽にものを動かすのは、やっぱり無理があるのね。
スミレは肩で息をしながら頭に力なく手をやり、てへ、と笑った。顔色が悪い分だけ、よけいに「無理してる感」が漂っている。
――どうやったら具合よくなるんです? 薬はないんですか。
――薬はないです。治るかどうかは、自分ではわかりません。……でも、わたしが予定より 早く死んでしまっても、すぐに次の花の精が来ますから、花壇は大丈夫ですよ。
――なんでそんな無茶したんだ! 死ぬかもしれないってわかってたんじゃないんですか?
拓は奥歯を噛みしめた。拳を握りしめると薫や茜にばれそうだったので、それは避けた。
スミレは、不思議そうに拓を見上げた。
――だって、薫ちゃんがわたしに頼みごとをしてくれてるんですよ? 話せただけでも奇跡なのに……。自分がどうなったって、やるに決まってるじゃないですか!
スミレは目を閉じて両の頬を自分の手のひらで包み込むと、満足げに微笑んだ。内側から発光しているような微笑みだった。
拓はしばらく何も言えなかった。
肩を持ち上げかけて、いやいや、これをがくっと落としちゃいけねえ、溜息もだめだ、と自制した。
――……で、書こうとしたの、ほんっとに「アリは働き者」なんですか?
――あー、ばれちゃいましたか。いや、あまりにもベタすぎて恥ずかしくなってしまいまして。
スミレは目を開けると頭に手をやり、小さく舌を出した。
――体力を考えたら、素直に言っちゃった方がよかったかもしれませんね。でも、これで薫ちゃんがアリにも興味を持ってくれたら、それはそれでいいかな、って。「アリ、母、タラ、着物」で、わたしにはよくわからないですけど、タラというもののことを考えてくれるのでも、面白いです。
――タラは魚です。木の芽が食べられる植物のタラもあるけど、あいつらが話してるのは海を泳いでるやつです。俺も切り身しか見たことありません。卵巣はタラコです。
もっと気の利いたこと言えねーのかよ! 胸のうちで拓は自分で自分に突っ込みを入れた。けれども、薫たちについた嘘のようにすらすらと言葉が出てくることは、なかった。
――お魚なんだー! ありがとうございます。
スミレはまたにっこりした。
顔色が悪いとはいえ、死ぬかもしれないほど消耗している切迫感が、彼女の言葉にはない。
花畑でピクニックとか、縁側でお茶、とかいう楽しげでふんわりした雰囲気がずっと続いている。
――じゃ、俺が伝えましょうか。言いたかったこと。
――それはだめ。
即答だった。
――だって、そんなことしてもらったら、薫ちゃんが、何かあったんじゃないか、って思うかもしれないでしょう? ……今は、楽しい思い出だけつくってほしいんです。
「母とタラ」、「タラと着物」の関係について茜と話している薫を温かいまなざしで見つめるスミレは、元気よく笑った。
動き、喋り、笑う薫の姿を、すべて瞳の奥に焼きつけておこうとでもしているように、その視線は薫から離れなかった。
――あ、思ったより早くお別れしなくてはいけないみたいです。……拓さん、本当にありがとうございました。こういう状況じゃなくて、体力が残ってれば、ぜひ握手したいんですけど。
スミレは横座りのまま、お辞儀した。
―― えっ、いや、俺の方こそ。
拓は何も心の準備ができていなかった。




