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01 プロローグ

これが初投稿です。現代ものファンタジーということでアウェー感いっぱいですが、どうぞよろしくお願いいたします。


【追記】2015年2月、オークラ出版NMG文庫様にて書籍化されました。皆様のお蔭です。本当にありがとうございます。

【プロローグ】


 ――おはよう。

 ――おっはよーっ! いい風だね。

 ――そうね。冷たくなくて、さわやかで。

 うららかな春の朝、夢うつつの少年の耳に、まだ幼さが残る少女たちの声が聞こえてきた。


 ――やっとあったかくなってきたからさ、話し相手ができてうれしいよ。

 ――ありがとう。きっとこれからどんどん増えると思うわ。

 ベッドのそばにある窓の外で話をしているらしい。一人はボーイッシュで元気そうな感じ、もう一人はほわんとしたお嬢様風だ。

 ――かと思えば、こんなにいい天気なのにまだ寝てるやつがいるよ。

 ――ほんとね。もったいないわね。今なら車も少なくて空気もきれいなのに。

 たくっていうんだよ、と一人が言うと、もう一人が知ってるわ、と答えた。

 少年が、かすかに顔をしかめた。

 

 ――おっはよーっ! 起きなよ拓。いい朝だよ。

 いきなりボーイッシュな少女の声が大きく響いた。

 ――お、おはようございます、拓さん。春らしい、素敵な朝ですよ。起きてください。

 お嬢様風の方も、遠慮がちに、けれどもしっかり彼を起こしにかかっている。

 拓と呼ばれた少年は薄目を開けた。

 窓ガラスの外側、カーテンが閉まりきっていない所に、短く赤い髪を持つ少女と長いピンクの髪の少女の顔が縦に並んでいる。


 ――俺はまだ寝るんだ。頼むから静かにしてくれ。

 少年は、カーテンの向こうに目をり、口は閉じたまま頭の中で言葉を発した。

 ――もったいない! もったいない!

 ――もったいないです……。もったいないです!

 少女たちは、近くでさえずっているスズメたちよりもにぎやかにはやし立てた。

「静かにしろ! 俺は寝る! 寝ると言ったら寝るんだ!」

 少年は、無声音ながら実際に声を出して語気を強め、布団をかぶってしまった。

 ――ちぇっ。拓の怠け者。せっかく起こしてやったのに、遅刻しても知らないからな!

 短く赤い髪の少女は、窓ガラスに向かってべぇーっと舌を出した。

 それから、長いピンクの髪の少女と手をつないで去っていった。


 柴犬を連れた老人が彼女たちとすれ違った。

 柴犬は、ん? といった様子で顔を上げたけれど、老人は彼女たちにまったく気づいていないようだった。


 それからまた少し時間が過ぎた。

たく! いつまで寝てんの。朝だよ!」

 高校の制服に身を包んだ土屋茜つちやあかねは、いつものように水原拓の布団を豪快ごうかいに引きがした。白いふち取りつきのこんブレザーに包まれた大きな胸とポニーテールが、ブンッと揺れる。

 続いて茜は、慣れた手つきで部屋の窓のカーテンを開けた。太陽のまぶしい光が、広くはない部屋を一気に明るく照らす。

「ん……あと五分……」

 拓と呼ばれた少年は、目をつぶったまま布団を引き戻し、丸めて抱きしめた。これもいつものことだ。ついでにふぇくしょい! とくしゃみをした。四月になり少しずつあたたかくなってきたとはいえ、朝は掛け布団なしのパジャマオンリーではまだ肌寒い日が多い。

「だーめっ! 中学より遠いんだから。今起きないと遅刻するよ!」

 激しく揺さぶられ腕から布団を奪われて、ようやく拓は目を開けた。目つきが鋭いが、別に何かをにらみつけているわけではない。生まれつきだ。

 彼は顔をしかめたまま起き上がった。

 そうか、高校生になったんだった。ぼーっとした頭で考える。

 寝ぼけまなこで拓が着替え始めたので、茜はあわてて目をらし、部屋を出て階段を下りた。


「あら、おはよう茜ちゃん」

 茜が来たときには姿が見えなかった拓の母親が、ダイニングキッチンでオムレツを頬張ほおばりながら微笑ほほえみ、手を振った。黒いパンツスーツに白いシャツ姿だ。

「おはようございます」

 茜は鞄を持ったまま手を腹の前で重ね、頭を下げた。

「いつも悪いわねー。ごはん食べてく?」

「いえ。朝ごはん、今日はもう食べちゃったんで。お気持ちだけありがとうございます」

「ざぁーんねん。また今度一緒に食べようね」

 拓の母親は、心の底から残念そうな顔をした。

「あ、お母さんお元気?」

「はい、おかげさまで」

「よかった。お向かいなのに最近ゆっくり話もできてないからさ。あ、もうこんな時間。悪いけど先に出かけるんで、拓のことよろしくねー」

 拓の母親は慌しく立ち上がり、食器を洗いおけに入れるとものすごいスピードで歯を磨いた。

 そしてA4サイズの書類が入るバッグを肩にかけると、あっという間に家を出ていった。

 

 朝食を済ませ、家を出ても、まだ拓の頭はぼうっとしていた。彼らは大小さまざまな家やマンションが並ぶ住宅街を抜け、年期の入った商店街のアーケードに入っていった。アーチ形の高い天井の隙間から入ってきた太陽の光が、モザイク模様の石畳いしだたみに反射する。

 店が閉まっているアーケードは全体的にしんとしていて、勤め人や学生の靴音がかすかにひびいている。

「……でね、陸上部の人がどうしても入ってほしいっていうから何かと思ったら、前のマネージャーが体力がなくて辞めたとか言い出すわけ」

「うん」

「結局、体力が目当てなのよ。失礼しちゃうわ、まったく」

「いいんじゃねーの? 何にせよ、認めてもらえてることがあるなら」

「もう、他人事ひとごとだと思って!」

 しばらくして茜は立ち止まり、拓のシャツをぎゅっとつかんだ。

「何あれ? あの子、急にしゃがみこんじゃって。具合悪いのかな」

 茜の視線の先、シャッターが閉まった店先に、クリーム色のブレザーを着た少女がうずくまっていた。腹に手を当てている。拓たちとは別の学校の生徒だ。

「腹なんて、治るか死ぬかだろ」

 拓は、少女の方を見ようともしない。

「そんな言い方! ほんとに、痛そう」

 茜が足を速めて彼女に近づき始めたとき、別の少女が茜のそばを走り抜け、彼女の元に駆け寄った。背中に手を当てて何か言ううち、うずくまっていた少女も立ち上がった。 茜はふぅ、と息を吐き出した。


「あーっ!!」

 商店街を抜けた所で、拓が血相けっそうを変えて走り出した。

 周りの人々が一斉に彼を見た。

「ちょっと拓、どしたの! 待ってよ」

 拓は少し離れた歩道の、石畳のぎ目に走っていくと、しゃがみ込んだ。

「うぅ……か、かわいそうに! 今、助けてやるからな」

 拓は黒光りする学生鞄を開けると、生成きなりのバッグを引っ張り出した。広げるとかなりの大きさだ。

 中からハンドスコップとゴム手袋、ポリ袋を取り出し、ゴム手袋をはめ土を掘り返し始める。

 そこには、踏みつぶされた小さな紫の花があった。潰されていない花やつぼみもついていて、葉はスペード型だ。

「何? この花。かわいいね」

「スミレだ」

 答えながら拓の頬は自然にゆるんだ。

「初めて見た。名前は聞いたことあるけど」

「目に入ってねえだけだよ。けっこうこの辺にも咲いてるぞ」

 話しながらも拓は手を休めない。花や葉を傷つけないように、根を切らないようにそっとスミレを掘り出し、土とともにポリ袋に入れた。それから、石畳の継ぎ目の土を元のようにならした。

 次に拓は辺りを見回し、すぐそばに生えている街路樹がいろじゅの脇の土を掘ると、根の周りの土をこぼさないようにしながら素早くスミレを移植した。既に汗だくだが、まったく気にならない。土をかぶせ、生成りのバッグから小さなプラスチックボトルを取り出し、中の水を注いだ。

「ここなら、人や自転車に踏まれねえだろ」

 拓は小さい子に話しかけるように言うと、満足げに立ち上がった。

「まったくもう、植物には優しいんだから! 人間にもそのくらい優しくしてほしいわよね」

 あきれたような茜の口の端も上がっていた。

 拓は道具をすべてバッグにしまい、鞄に入れた。鞄のがねを閉じ、茜とともにまた歩き出した。駅はもうすぐそこだ。

「道具が入ってるバッグ、高校生になってからもいつも持ち歩いてるの?」

 ああ、と拓が頷くと、茜は茶色い大きな瞳を輝かせて、何が入っているのかと尋ねた。

「ハンドスコップだろ、あと、はさみ、ハンドフォーク、ミニのこぎり、ポリ袋、水、栄養剤、ウェットティッシュ、ミニほうきとミニちりとり」

「七つ道具だね」

「そんな大層なもんじゃねえよ」

 口調はぶっきらぼうながら、拓の顔が、少しだけ赤くなった。

「でも、教科書やノート以外にそれだけのものを持ち歩くの、重くない?」

 茜が自分の薄い鞄と見比べながら眉をひそめると、拓はました顔で答えた。

「全然。植物に何かあったときに何もできない方が、問題だ」



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