ゴーストさん
ある日、目覚めると幽霊がいた。
「やぁ、おはよう。今日もいい天気だね。」
寝ぼけ眼をこすりながら、「はぁ、どうも。」と欠伸混じりの返事をする。ここは私の部屋で、ベットの上で、目の前にはなんだか透けてる美男子がきらきらスマイルでこちらを見ている。眼福眼福とぼんやりした頭でイケメンをみる。ああ、まだ夢の中か。昨日よんだ漫画の影響かもしれない。人間の脳って便利だ。
油断すると閉じようと落ちてくる瞼に抗わずに大人しく従う。意識が夢と現実の境目にいる。このうとうととした微睡が良い。いつもは目覚ましに邪魔されるが、今日はまだ鳴らない。ああ、幸せだ。
「ああ、ちょっと寝ないで。起きて、僕の相手してよ。」
うるさいなと夢の中の住人に眉を顰める。目覚ましの前に睡眠先にうるさいのがいるなんて、まったくと悪態をつく。無視を決め込むも、声は続ける。
「僕ね、幽霊なんだ。ゴースト、ok?」
「はぁ・・・はぁ!?」
寝起きの耳に右から左へ変な文章が通過して一周して反芻した脳がやっと覚醒する。がばりと布団を蹴とばした。日ごろ鍛えもしない貧弱な筋肉が、お腹の力だけで起き上がることを良しとせず、うめき声を上げながら横向けばそのままベットから落ちた。
「ねぇ、なんかすごい音したけど大丈夫?」
受け身も取れずべちゃりと床に這った背中と頭が痛い。寝相が悪いのは今に始まったことではなく、ベットからの落下で目覚めることも珍しくはない。
「ゆ、ゆゆ・・・!」
「ゆー?」
恐らく年上であろう男の子のこてりと首を傾げる姿は破壊力がある。可愛いのにカッコイイって、ちょっとアレだ。これこそがギャップ萌えだ。いやいやそんなことを悠長に考えている場合ではない。
ふわふわと浮いてるんだか漂ってるんだか、頭の上から真横に移動したその存在はいただけない。
「幽霊!?」
「ああ、うんそうそう。僕、幽霊。よろしく。」
完全に起床したクリアな視界の先でにこりとそう笑ったのは、艶やかな黒髪の美男子だった。夢かと思ってスルーしたあの美男子だ。
「ど、どうも。小林と申します。」
シュールだ。床に正座した私と同じように対座する自称幽霊の彼の姿は透けている。身体の向こうにはハンガーにかけている制服が壁にぶら下がっている。
「あ、どうもねー。もう何度か言ったけど僕、幽霊ね。名前はまだないよ・・・なんちゃって。」
ああ、誰か、嘘だと言ってくれ。鼻を押さえて天井を見上げて、オーマイゴットと呟く。鼻血が吹き出そうだ。有名な作品を意識したのか頭の上で指先をそろえた掌を二つ掲げて、再び首を傾げておどけたこの幽霊は私をどうしたいのだろう。
アーモンドを横にしたような瞳、すっと通った鼻筋、ゆるく弧を描く大きめの口。すっきりした顎のラインの首筋。白い、どこか青さを含んだ肌色は健康的とは言えないがシミひとつなくきめ細かい。透けてさえいなければ、赤面ものだ。いや、透けていても鼻血が垂れそうだ。
「あー、もしもーし?お嬢さん大丈夫?」
ゆらりと天井に浮かぶ幽霊さんが不思議そうに顔を寄せてくる。
「だ、だいじょぶです。ご心配なく。」
慌てて顔の前で両手を振る。個人的な嗜好に耽るのは独りでひっそりとがお約束である。今、萌え萌えとは決して叫ぶまい。喉まで込み上げてくる感情をなんとか飲み込んで、改めて幽霊さんと対峙した。
「ええっと、それで・・・幽霊さんがどうして私の部屋に?」
至極真っ当な質問をしたつもりだった。それが地雷を踏んでしまったことに気付いたのは、絶えず笑みを浮かべていた綺麗な顔がふっと陰り泣きそうな笑みになったから。それは瞬きの間の、ほんの微かな時間だった。
「覚えてないんだよね、何も。気が付いたら、ここにいたんだ。」
「そ、れは・・・記憶喪失ってことですか?」
うんと答えた幽霊さんは、自分の透けた掌を目の先に翳して、へらりと笑う。
「幽霊って本当に透けてるんだねぇ、ほら見て見て。貫通!」
いや、あの哀しげな笑みは見間違いだったのかもしれない。
自身の頭を細い指先が突き刺す行為を2、3回繰り返す彼は楽しそうに幽霊体を満喫している。
「あの、私はどうしたらいいんでしょうか?」
暫く色んなものをすり抜ける、幽霊さん曰く貫通なる遊びを眺めていたが、壁や床・窓の次にこちらへ矛先を向けようとしたので慌てて本題に入る。
「うん、そうだね。とりあえず、君のそばにおいてくれないかな?他に行く宛もないし。」
ある日、目が覚めると幽霊がいた。
どうやら今日から居候するらしい。