第八話 準備完了
『闇のオーブ』を見付けて、次の日の夜になった頃。
夜ご飯を食べ終わり、まだ皆は寝静まってないので、輪廻は部屋で静かにしていた。
輪廻は再度、あの本を読んでいた。そう、『闇のオーブ』が必要な道具で出てきた本だ。
(予想してない時に手に入るとは思わなかったな……)
右手には本、左手には『闇のオーブ』を持っていた。
オーブとは、精霊の核と言われている。オーブは魔杖を作るための材料に使われる道具であり、数は少ない。
様々なオーブがある中、『闇のオーブ』は他の精霊と比べて、闇精霊が少ないからなかなか取れなくて、とても高価な価値が付いている。
それをたまたま宝庫室の宝箱で、見付けたのだ。中身を別の物に変えたからしばらくはばれないだろう。
あの宝箱の上には埃が溜まっていたから、ずっと触っていないのもわかる。
「これで準備は終わったし……、成功したら出るのは明日の早朝だな」
鞄の中には旅に必要な物を詰め込んである。ここで必要な情報はすでに頭の中に入れ、お金もこの前の金貨4枚はある。
宿は大体銀貨2、3枚で泊まれるのも知っているし、ギルドがあるから冒険者として稼ぎながら旅に出ればいい。
あとは、秘密を共有出来る仲間が出来ればすぐに出発出来るのだ。
(交渉が成功するかわからんが、やれるだけやってみるか……)
今夜に召喚をすることに決め、皆が寝静まるまで待とうと思った時に…………
コンコン……
ノックが聞こえ、本とオーブは鞄の中に隠して…………
「はい、誰ですか?」
「俺だ」
「オレオレ詐欺ですか? 僕はお金を持ってないので、すぐさまに、ここからお立ち去りを」
「なんでだよ!?」
ガバッと開ける貴一の姿があった。後ろには、英二、絢、晴海の姿が見えた。
「やぁ、お兄ちゃんの手下である貴一さんではないですか。いつの間に、俺と言う名前に変わったのですか?」
「んなわけあるかっ!?」
「あははっ、輪廻君も冗談を言うんだねぇ」
「私はその輪廻君を初めて見たけど……」
「あれ、輪廻君ってそんなキャラだったっけ……?」
貴一、晴海、絢、英二と順に部屋に入ってくる。
「どうしましたか? 皆でこの部屋に集まって」
「そりゃ、暇だからな」
「まぁ、訓練以外に暇を潰せることがないからな」
男の方は暇だから遊びに来たという感じだった。
「輪廻君の部屋に来ては駄目なの……?」
「私は輪廻君の話が聞きたいから来た。色々と経験していそうだからな」
絢は少し涙目になって問い掛けていた。晴海は昨日の話を聞いて、酷いと思ったが、話は面白いとも感じたからもっと聞きたいと思って来たのだ。ついでに、絢の手助けもするつもりだ。
「絢さん、駄目と言ってないですから。ただ皆で来たから驚いただけですよ」
「そ、そう……良かったぁ……」
最後の言葉だけは声が小さくて、輪廻は聞こえていなかった。
絢だけは毎日来ていたから、迷惑だと思われてないか心配だったのだ。
(まさか、ここにいるのは最後の日になるかもしれない所に、知り合いの全員が来るとは思わなかったな……)
何かの力が働いているのか? と思ったが、最後になるかもしれないのだから、今は子供らしく遊んだり話したりしようと思った輪廻だった。
皆で、貴一が作ったトランプで遊んだり、夜行との訓練を話してあげたり、また絢に抱き着かれ、息が出来なかったり、皆が眠くなるまで遊んだのだった…………
おそらくだが、日付が変わった時間に輪廻が動き始める。
皆は既に、自分の部屋に戻って寝ている。
(よし、やるか)
輪廻がいる場所は輪廻達を召喚した部屋だ。
何故、この部屋にいるのかは、ここで召喚しても誰にも察知されないからだ。
この部屋に秘密があって、魔力を隠す力があるのだ。もし、召喚したら魔力が必ず出てしまい、誰かに察知される可能性が高いのだ。
輪廻は魔族を召喚しようとしており、誰かに見られたら自分の人生は終わってしまう。だから、誰にも見られないで完遂させる必要があるのだ。
(……よし、これで完成だっ!)
輪廻は本に書いてある通りに魔法陣を白チョークのような物で書いていた。白チョークは学問で使う黒板の側にあったから貰っておいた。
(ここに俺の魔力を込めた『闇のオーブ』を置く……)
オーブは魔力を吸い取る性質があり、念じるだけで魔力を吸い取って、満タンではないが輪廻が出せるだけの魔力を込めた。
これで準備が整って、あとは『闇のオーブ』が魔界にいる魔族を引っ張りあげるだけだ。
どんな魔族がいいのかはこっちは決められない。ただ、『闇のオーブ』に溜められた魔力が餌になり、それに手繰り寄せられて地上に出てくるのだ。
(……これは釣りに似ているな。って、この世界には魔界があるのか……)
そう思った輪廻は、餌がかかるまで、魔界のことを考えてみた。
本で読んだ知識でしかないが、魔界とは人間が住みにくい環境で、いくつかの断層があり、深いほどに強い魔族が生きているというらしい。
魔界に行く方法はなく、魔界から『ゼアス』に行く方法があり、今、やろうとしているのもその一つだ。今の魔王も魔界から来た魔族であり、ここの世界を侵略しようとしているのだ。
そこまで考えれば、魔族達は、元からこの世界にはいなかったのでは? と一つの疑問が浮かんだ。
ならば、ここに魔族がいるのは昔の誰かが呼び出し、それに侵略されようとしているとなると、自業自得じゃねぇかとも思ったのだ。
(でも、それらは推測でしかないからな……)
そうと断言出来る証拠もなく、推測でしかないから昔の人間達を責めても仕方がないと思う。
そこまで考えたら…………
また『邪神の加護』が発動した。
(……っ!? 来たか!?)
陣の上が歪んでいた。つまり、餌に導かれて魔界との扉が開かれようとしているのだ。
中から出てくるのは、紫色の靄のようなものだけだった。
(……? 紫色の靄だけで他に何も出て来ない?)
輪廻はおかしいと気付いた。魔界の扉は開いたままだが、靄以外に何かが出てくる様子はない。
『……坊やが呼んだの?』
「何ぃ? 頭の中に声が流れて来る?」
『念話を使っているわ。で、呼んだのは坊や?』
「念話……、ああ、そうだ。俺が呼んだが、何処から念話が?」
『目の前にいるでしょ?』
そう言われても、あるのは紫色の靄だけ…………と、輪廻は本に出ていた情報を思い出した。身体を持たない魔族もいることに…………
「まさか、その靄が?」
『そうよ、ようやく気付いてくれたわね。これは靄じゃなくて、瘴気と言うの……』
女性のような声で教えてくれる。
「……確か、瘴気は魔界特有の毒だったな? なら、お前の正体は……」
『種族は、病魔になるわよ』
病魔は、魔人と魔物のどちらかは判断出来ない魔族なのだ。何故、判断出来ないのは、病魔には様々な強さと使える能力が違っていて、言葉を話せる病魔と話せない病魔もいる。
この世界では、言葉を話せるなら魔人で、話せないなら魔物と決められている。
目の前の病魔は、念話といえ、流通に言葉を操っていることから、魔人だとわかる。
「魔人を呼び出したみたいだな……で、喋り方からにして、お前は女性なのか? というか、病魔にも男性や女性とかもあるのか?」
『ええ、私は女性よ。生まれた時からね』
病魔にも男性や女性もあるんだ、と珍しいものを見るような目をする輪廻だった。
『坊や、どうして呼び出したのか聞いていいかしら? この陣は交渉しか出来ないみたいしね』
「ほぅ、もし戦闘が出来る状態だったら襲ってきたわけか?」
『当たり前よ。面白そうな場所に呼ばれたし、身体を奪っていたかもね』
「奪う? もしかして人間に取り付くみたいな感じか?」
『うーん、少し違うわね。奪った身体の持ち主は死んでしまうわね。瘴気で身体を動かして人間として生活が出来るようになるわ』
輪廻はいいことを聞いたと思っていた。もし、この病魔と一緒に旅をするとしても、身体がなくてすぐに魔族だとばれるのでは駄目なのだ。
今の話なら、人間の姿で一緒に旅が出来ると言うことだ。
「……よし、こっちは身体を準備してやる。女性の身体でいいよな?」
『……あら、死体じゃ駄目なのよ? 始めから生きている身体じゃないと腐ってしまうもの』
「問題はない。すぐに準備してやる。俺はこれから旅に出るが、旅の仲間が欲しいから召喚したが、いいか?」
『おー、まだ坊やなのに、狂っているわねぇ。いいわ、旅に出るなら面白そうだわ。私は貴方を御主人様としてついていくことに誓うわ』
輪廻は病魔を仲間にすることに成功したのだった…………
次は昼頃です。
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