第六十九話 ルフェア・ソレイユ・メルダリオン
三つの月が、太陽の代わりに森の中を照らしている。先程までは昼頃だったのに、今は夜。
いや、今が夜なのは、偽物の世界だからだろう。
『白皇の森』で夢幻を振り回して、別の世界への扉とも言える箇所を見付けたのだ。切り傷から入っていき、周りを確認する。
「ふむ……、ここは別の世界と言うか、建物の中に入ったような気分だな?」
「はい、出て来た場所は見えない壁のように、向こうへ行けないようです」
「帰りは見えない壁に夢幻で斬れば、出られるだろう」
見えない壁に魔力は感じないが、夢幻で斬れたのだから、ここは魔力か魔法類で出来た結界のようなものだろうと考えている。
「ここを作ったのが、あの吸血鬼なら、厄介かもな。下手すれば、俺達よりも強い可能性がある」
これだけの結界を維持するなんて、どれだけの魔力が必要になるのか想像がつかない。
「えぇー!? もう帰ろうよ!?」
「御主人様は私が守りますので、安心して下さい。年増エルフは私の盾になりなさいな」
「酷い!?」
いつもの様なやり取り、ここはある意味、敵の本拠地なのだが、輪廻達はいつも通りだった。
「まぁ、簡単にやられるつもりはないし、それに吸血鬼を見たいじゃん?」
「もういいです……、覚悟を決めて吸血鬼に出会おうじゃないっ!」
シエルは逃げ道がなくなったのを感じ取って、ヤケになり始めている。これから屋敷に向かおうと動き始めたら、上から声が聞こえてきた。
「ククッ……。誰かと思えば、漫才をしているとは思わなかったな。ここが何処か忘れておるのか?」
「っ!?」
声が聞こえ、上を見ると1人の女性が浮いているのがわかった。
「お前も”魔力遮断”を持っているのかよ……。全く気付かなかったぞ」
「ん? 人間だけじゃなくて、魔人にダークエルフもいるじゃないか。今まで生きてきて、人間と魔人が組んだパーティなんて初めて見たぞ?」
「…………」
早速、目の前の女性……いや、ここでは少女と言った方がいいだろう。その少女にテミアとシエルの正体を見破られてしまった。
「ククッ……、面白そうな奴らだな!」
「……どうやって見破ったか気になるが、それは後にしよう。お前が吸血鬼か?」
まず、吸血鬼なのか、否か。答えを聞いてから、どうするか考えることにする。
「吸血鬼で間違いないな。ここの世界を作ったのも我だ」
少女はふわふわと空に浮いたまま、あっさりと答えてくれる。見たところ、翼を持っていなくて、輪廻のように宙に立てるのと違うようだ。
「ククッ、そこの魔人とダークエルフは警戒しなくても良い。せっかくの面白そうな客だ。少しは話に付き合ってもらうだけだ」
「……御主人様、どうします?」
「そうだな……、こっちも話をしたいことがあるからいいだろう」
「決定だな。すぐに屋敷へ来い。我は待っておるぞ」
そう残して、少女はフッと姿を消した。まさか、転移したのか? と考えたが、先に屋敷へ向かうことに。
「向かう前に、注意を言っておくが……」
テミアとシエルはわかっていると言うように、手を出していた。
「戦うなでしょう?」
「私もアレと戦うのはお断りしたいかなー……」
輪廻だけではなく、2人もよくわかっているようだ。
「安心しろ。俺もだ。アレに挑んでも、必ず負けるから戦わないことだ」
そう、実力が違い過ぎた。魔力を隠していたが、姿を見ただけで本能が理解した、してしまったのだ。
勝てない……と。
元より、話を聞くのが目的で戦うことではなかったから、戦わなくてもいいが、向こうから挑まれたら逃げることに主体を置くことに決めている。
「おそらく、逃げようと思っても、あの転移があるんじゃ、逃げられないかもな……」
輪廻は逃げても無駄ではないのでは? と思うが、とりあえず話をしてからだ。
しばらく歩くと、この世界には、一匹も生き物がいないことに気付いた。屋敷からも魔力を感じないが、さっきの吸血鬼のように魔力を隠している者が他にいるかもしれない。
警戒しつつ、屋敷の中に入っていくが、出迎えはなし。だが、足元には血で描かれたような矢印があったから、吸血鬼が待つ部屋まで迷わずに行けた。その部屋には、吸血鬼の少女がいたが…………
「お、ようやく来たか。好きな場所に座っとけ」
その吸血鬼の少女は、だらしなくソファーに寝転がって、輪廻達を待っていたのだった。輪廻達は唖然としつつも、座れる場所に座った。いつもなら、テミアとシエルは立つのだが、今回は戦う意思はないという意味もあり、護衛は必要はないことで座っている。
「よっと、自己紹介がまだだったな? 我はルフェア・ソレイユ・メルダリオンと言う。呼ぶ時はルフェアでいい」
輪廻達が向かい側のソファーに座ったのを確認してから、ルフェアはソファーから起き上がって自己紹介をする。
目の前の吸血鬼の少女はルフェア・ソレイユ・メルダリオンと名を乗った。銀色の長髪で、手入れをしているのか、とても綺麗だ。服は白く、簡易なワンピースだが、不思議とルフェアには似合っていた。
「ルフェアか。俺は崇条輪廻で、魔人のメイドがテミア、偽装をしているダークエルフはシエル。お前は1人だけなのか?」
「ああ、我は1人だけだ。たまに無礼な客が来るがな。おっと、お前達のことではないから気を悪くするな」
「俺達の他に来た者が?」
「うむ、魔王の配下への勧誘だ。お前達には興味がなさそうだから、話を変えるぞ」
ルフェアなら誘われるだろうなと納得していた。本当の実力はまだわからないが、貫禄があって、少女の姿でも強いと信じられる程にだ。
「お前から聞きたいことがあったんだろう? 先に話すがいい」
「では、遠慮なく。『邪神の加護』を知っているか?」
「『邪神の加護』……? いや、今まで300年ぐらい生きてきたが、その名前は聞いたことがないな」
「む、そうなのか。吸血鬼は長生きをしているから知っていると思ったんだが……」
「スマンな。本当に聞いたことがないんだ」
ルフェアはどうやら、本当に知らないようだ。これでは、また一から探し始めないと駄目のようだ。
「我は長生きをしているが、親も含めて人とは余り関わらなかったからな」
「ん? 親ぐらいはいたんだろ?」
「ああ、親はいたみたいだが、わからない」
「は? 記憶喪失……いや、それなら長生きしていたかわからないはずだ」
なら、なんでわからないんだ? と考えていたら、すぐに教えてくれた。
「我は産まれたではなく、造られた者だからな」
「……は? 造られた者とは?」
ルフェアは指を顎に付けて考えている。どう説明すれば、わかりやすいか。
「うーん、吸血鬼は不老だが、不死ではないのはわかるか?」
輪廻はそれぐらいなら、知っていると頷く。そして、ルフェアは話を続ける。
「我は造られた刻から、この身体だった。そして、周りには血まみれになった同族と壊れた円柱のガラスがあったのが、最初の記憶だ」
「ふむ……」
「我の手が血まみれだったから、意識がない時に、我が殺したのだろうな。何故、あの時は意識がなかったのかは今もわからぬ。その後、散らばった研究に対する資料を読んで、自分が造られた物だとわかったのだ」
ルフェアは自分にとっては酷い過去であるが、気にしてないように、自分の出生のことを話し続ける。
「資料によると、我は吸血鬼の始祖として造られる存在だったが、失敗したようなのだ。何故なら、不死ではないからだ」
始祖と呼ばれる吸血鬼は不死だと資料に記されていた。だが、今までの研究で不死に近い力を手に入れたが、完全なる不死にはならなかった。
「不死に近いが、不死ではない。それゆえに、我は失敗作だとわかった。あの時はまだ力の使い方がわからなかったから処分されぬために、ある場所から逃げ出したのだ」
「成る程。そして、300年は人や吸血鬼に余り関わらずに生きてきたわけか。で、何故、そのことを俺達に話してくれるんだ?」
そのことは、別に俺達に話さなくても良かったことだ。だが、ルフェアは何でもないように話していた。
「うむ、確かにそこまで話す必要はなかったな。まぁいい、珍しいお前と話をしたかったんだろうしな」
珍しいとは、人間が魔人と一緒にいることだろう。今までは、人間と魔人が出会えば、必ず殺し合ってきた。だが、テミアの様子を見るには、恋慕を抱く少女のようだった。
「よし。その後、急ぐ用事はないだろ? 一回戦って見ようじゃないか」
「……は? なんで、そんな話になるんだよ」
「面白そうだから、戦いたいだけだ。それ以外に理由が必要か?」
ルフェアの目は本気で言っているのだとわかった。だが、相手にならないのだし、まだ死にたくはないから断ろうとしたが、
「生死の結界を張れるぞ。死なないなら問題はないな?」
「おい……」
勝手に決められた。だが、生死の結界があるなら、死ぬ心配もないからマシだと割り切るしかなかった。
「……はぁ、わかったよ」
「よし、決まりだな。世界の環境を変えるから動くではないぞ」
ルフェアは輪廻達の返事を聞くこともなく、指をパチッと鳴らすと、一瞬で世界が変わった。
まるで、テレビのチャンネルを変えるような気安さでだ。
「ここなら広い場所だから、思う存分に戦おうぞ?」
周りは海のような場所で、一つの建造物があって神秘的な場所だった。
そして、輪廻達はルフェア・ソレイユ・メルダリオンの相手をすることになったのだった…………




