第六十六話 試練の山
北の地に渡るためには、ある山を通らなければならない。ある山とは、Aランクの魔物がウヨウヨしていて、生半可な実力では通り抜けることは叶わないだろう。
『試練の山』と呼ばれていて、北の地へ渡る資格があるのか、試される山だと冒険者達にはそう伝えられている。『試練の山』は最低でもBランクの実力が無ければ、生きて進められる可能性は低い。
その『試練の山』には、輪廻達の姿があった。
「見たことがない植物ばかりだな? しかも、色が殆ど白いな」
山を登っていく中、今まで見たことがない珍しい植物を見て、感想を漏らしていた。
葉が白くなる病気なら、前の世界でも見掛けたことがあるが、白が正常な葉なんて、初めてだ。どうすれば、白くなるのか見当がつかない。
「う〜ん、ここの成分が他のと違うからかな?」
「ん、もしかして、白い葉があるのはここだけなのか?」
「他では見たことがないですねぇ」
異世界でも、白い葉になるのは珍しいようだ。魔力や魔法がある世界で、何もあっても驚かないと決めていても、珍しいものは珍しいのだ。
単なる環境の違いなのか、わからないがシエルも今まで見たことがないと言う。
「そうか。危険じゃないなら、その中を通っても大丈夫だろう」
「今まで、冒険者が通ってきた道ですからね」
北の地に行くには、西の地からでは『試練の山』、南の地は幻獣が縄張りにする湖があるため、ほぼ不可能で、東の地からは…………よくわかっていない。
東の地から北の地に行く者は魔王側の勢力しかいない。
「あら、いきなりですか」
「む……、あれはAランクの二頭大蛇じゃない!?」
「さすが、だてに『試練の山』と呼ばれていないな」
まだ『試練の山』に入ったばかりなのに、いきなりAランクの魔物が現れたのだ。普通の冒険者だったら慌てて普段通りに戦えるか怪しいものだ。
だが、出会ったのは輪廻達である。
「テミア、やっちゃって」
「畏まりました」
ここはテミアに任せる。1人だけで10メートルもある大蛇と戦うのは自殺行為だと思われるだろう。
テミアは地喰を取り出して、足元の土を喰わせる。
「この程度で、私達の脚を止めようとするなんて、笑止ですよ?」
テミアは、こっちを警戒している大蛇が動く間もなく、”瞬動”で大蛇の横まで近付く。
「ギシャァァァァァァァ!?」
既に、地喰は振り下ろされており、ペシャンッと身体の一部が潰された。二頭の一つが悲鳴を上げて、倒れた。
「ギィシャ!?」
残った一つの頭がテミアに向けて毒液を吐き出す。だが、”瞬動”を使えるテミアにそんな攻撃が当たるわけでもなく、簡単に避けていた。
「もう少しだけ、いたぶりたかったのですが、旅の途中なのですぐに終わらせます」
そう言って、纏っていた魔力を解除しながら地喰を振り回していた。
魔力を解除すると、地喰に付いていた土は全て、ただの土に戻る。その土がテミアの振り回しによって大蛇に向けられ、凄まじいスピードで大量の土が大蛇を押し潰そうとなだれ込んでいた。
「キシャァッ!!!」
ただの土に押し潰されただけなら、Aランクの魔物は簡単に死なないのだが…………
当たった瞬間に、大蛇の身体が雪崩に巻き込まれたように、土の放流に溺れていた。テミアが振り回した威力も加わったため、ただの土でも大蛇を殺すだけの威力があった。
「終わりました」
「お疲れ。やっぱり、Aランクの魔人を1人だけで倒したんだから手応えはなかったかな?」
「そうですね。魔人と比べてしまうと、物足りないですね」
「貴方達はね……、Aランクの魔物は同じAランクの冒険者でも、苦戦するのよ? それが、物足りないって……」
「シエルなら、敵が触れることもなく、撃ち殺せるだろ?」
「まぁ……、星屑があれば、すぐに終わるけど、なんか違うんだよね……」
長い間、冒険者をしてきたシエルからにしたら、輪廻達と一緒だと冒険者としての常識をぶっ壊されているようにしか思えない。
「違う? そんなの当たり前じゃないか。お前もわかっているんだろ?」
「そういえば、ソウデシタネ……」
輪廻は特別な称号持ちに、異世界人で、テミアは魔人なのだ。普通の冒険者とは違うのは当たり前だろう。
それを忘れていたシエルは最後には棒読みになっていたのだった。
「まぁ、次の敵はまだ出ないみたいだし、進むか」
「はい」
「もぅ、わかったよぅ〜」
シエルは色々と諦めたのだった。潰れている大蛇を無視して、先に進んで行く輪廻達。
『試練の山』は一つだけの山ではなく、次の森に出るまではずっと山登りを続けることになるのだ。普通なら、『試練の山』を抜けるには、一週間ぐらいは掛かるのだが、それは戦闘などの時間も含めてだ。輪廻達なら三、四日で抜けられるだろう…………
−−−−−−−−−−−−−−−
別の場所では、2人の男女がいた。立派な部屋だが、明かりが点いていなくて、顔が見えないぐらいに暗い。だが、2人の男女は暗くても、お互いの顔が見えているように、話を続ける。
「魔王様の幹部、一つの席を用意しておりますので、どうか魔王様の配下に入って頂けませんか?」
女性は立派な椅子に座っていて、男性は膝に地を付けて、頭を下げていた。礼儀正しく頭を下げて、魔王の配下への勧誘をしていた。
頭を下げている男性は並ではない程の魔力を持っている。幹部ではないが、実力は魔王の配下では結構強い方であるのだろう。
だが、それ程の人物が、頭を下げて勧誘をしている。ということは、もう一人の女性は、目の前の男性よりは強いだろう。そして、その答えとは…………
「嫌だね」
きっぱりと断っていた。魔王の幹部である席、その地位は魔族の中では欲しがらない者はいないと言う程に魅力的なことなのだ。
だが、その女性は断った。
「何回も来ても、答えは変わらない。理解は出来ないのかね?」
「い、いえ……」
「我は、幹部の席なんぞ、興味はない。勧誘するなら、雑魚ではなくて魔王本人か、幹部が直に来るべきだろう? それでも、断るがな」
魔族なら、魔王の恐ろしさを良く知っているはずだが、その女性は、魔王を恐れずに話す。
「私はこれでも、ある幹部の1人に、第一部下の地位を貰っています。この私が頭を下げているのですが、駄目なんですかっ!?」
「…………ふふっ、我も舐められたモノだな。貴様は頭を下げてはないだろう?」
「え、何を……?」
さっき頭を下げていたのに、下げていない? と思うだろうが、女性が答えた。
「まさか、我にニセモノ(・・・・)を遣わすとは、見破れぬと思ったのかっ!!」
男性がいた場所に、一つの氷柱が一瞬で地中から現れて、ニセモノを氷の中に閉じ込めた。
「片腹痛いわっ! 消えよ!!」
指を鳴らすと、氷柱がニセモノごと砕け散った。確かに、頭を下げていたのはニセモノであって、本物の男性は頭を一つも下げてはいなかった。
「地位なぞ、貰っても面白くはない。……はぁ、つまらん……」
女性はポンと、椅子の背に寄り掛かって溜息を吐く。外はもう夜になっており、雲に隠れていた月の姿が現れて、女性の姿が、わかるようになる。
「だが、もうすぐで何かが来そうだな……。我の勘がそう言っておるわ……、クククッ……」
小さな人形の様な姿、髪は銀色で月の光に反射していてキラキラと輝いていた。だが、獲物を逃がさないと言える紅く紅く、鋭い力を持っていそうな眼をしていた。
ここは一つの屋敷、1人だけで笑い続ける声が屋敷全体に響くのだった…………




