閑話 メルアの思い その2
メルア達は外に出た。戦いは激しいことになりそうだから、ギルドの部屋ではなく、訓練所にある生死の結界を使うことに決めたのだ。
「本当に一対一でいいのか? 私は全員でかかっても文句は言わんぞ」
「御主人様が出なくても、私だけで充分です。任せて貰えませんか?」
「いや、強者は久しぶりだし、試したいこともあるから、自分でやる」
「そうでしたか。意図を読み取れず、申し訳ありません」
「構わない。下がって見ていな」
目の前にいるメイドからの意見があったが、結局は一対一でやることになるようだ。
「では、始めようか。覚悟はいいな?」
「覚悟なんていらないさ。俺は死なないから」
(こいつ! もう勝つ気でいやがるな?)
メルアは瞬殺で終わらせてやると、”瞬動”で先に動いた。自分の武器は、篭手についた鋭い爪。その爪でそのまま、輪廻の心臓を貫こうとしたが…………
(避けられた!?)
爪を刺した先には、誰もいなかった。つまり、避けられたということ。
「”飛燕”」
後ろに輪廻がいることに気付き、篭手で防ごうとするが、
(魔力の刃? 魔剣か!!)
魔剣は効果の内容を知らないなら、出来るだけ受けない方がいい。
防ぐのを止めて、下に逃げ込み避ける。
(届いていない? っ、いや! 二撃目か!!)
メルアは魔力の刃をではなく、輪廻の持つ紅姫の動きを見たからこそ、二撃目があることに気付いたのだ。
二撃目は”瞬動”で後ろに逃げることで、紅姫の攻撃範囲から出ることに成功していた。
「おや、”飛燕”を無傷で避けられるとは思わなかったな」
「”飛燕”と言うのか。二撃目が本命だったんだろ?」
”飛燕”の正体は、燕返しである。普通の燕返しと違って、紅姫は魔剣であることがキモになる。
まず、一撃目は普通の冒険者なら防げるほどのスピードで振る。だが、この一撃目は始めから当てるつもりはないのだ。
ギリギリ当たる所で、魔力の刃が消えるようにすることで、防いだと思ったら、何も衝撃も感触もないことから、すり抜けたと誤認させる。
完全に、振り抜く前に切り返して再度、魔力の刃を伸ばしてさっきより速いスピードで反対側から斬るのだ。
これが”飛燕”の正体だ。今回は、一撃目を防がずに避けたため、誤認する隙を作ることが出来ず、輪廻本人を見る余裕があったため、完全に”飛燕”を破った形になった。
「それに、お前も”瞬動”を使えるのかよ」
「まぁね。今度は”瞬動”で動きながら戦うか?」
「はっ! 私のスピードに着いて来れるか?」
同じ”瞬動”でも、使う本人の敏捷の高さで差が生まれる。
(私の敏捷は5500だが、あいつは……?)
シュッ、シュシュッと2人とも”瞬動”を連続で発動して動き回る。
(……ちっ! あいつの方が早い……っ!!)
結果は、輪廻の方が速くてメルアの攻撃は当たっていなかった。反対に、紅姫と”重脚”の攻撃は時々メルアに当たっていた。
だが、篭手で上手く防いでいたため、大きなダメージになっていなかった。
「蹴りが重いな……、そのナリで筋力も高いのか?」
「さぁな」
2人共、”瞬動”を使わないで、脚を止めている。これ以上の”瞬動”をやっても決定打を打てないのがわかったからだ。
「くくっ、かかか!! お前は強いな! まさか、私と互角に戦えるとはな」
「互角ねぇ、お前はまだ本気を見せていないだろ? 話に聞いた『竜爪の舞嬢』はこんなもんじゃねぇんだよな?」
「そこまで知っているのかよ?」
メルアが冒険者だった時の二つ名が、『竜爪の舞嬢』なのだ。輪廻は武器が竜の爪を表しているかと思ったが、まだ何か隠していると思っていた。
「本気を出せと言うのか?」
「ああ、こんなものじゃ、遊び足りないだろ?」
「くくっ、確かに私の力はまだ隠している。だが、発動したらすぐに戦いが終わっていたから使わないようにしていたんだ。お前はすぐに終わらねぇよな?」
「当たり前だ。それどころか、勝ってやるよ。だから、安心して本気を出して負ければいい」
結果はやる前から決まっていると、キッパリと言い放つ輪廻。
「くくくくくっ…………、く、くはははははっ!! 面白い奴だな!! 名前を聞いていいか?」
「輪廻だ」
「輪廻だな。よし、本気を見せてやろう」
ついに、メルアは本気でやることに決めた。
「私の特異魔法『地竜魔法』をな!!」
特異魔法、メルアも持っていたのだ。メルアは”地竜爪”を発動し、さらに”魔装竜”で竜の翼を魔力で作り出す。
身体が魔力に包まれて、その手には先程の武器よりも強く、堅そうな爪だった。
これが、メルアの本気で、『地竜魔法』の効果だ。
「こうなったら、手加減は出来ないぜっ!」
メルアは魔力を纏い、ステータスにも影響している。実際にも、
「む、切れないだと?」
魔力の刃が肌身まで届かず、魔力の鎧に止められていた。
メルアのステータスで耐性と魔耐が凄く上がっており、集中強化であのスキルを使えるようになっている。
「私の『地竜魔法』に、”硬質”を破って見せろ」
”魔装竜”によって、”硬質”が使えるようになっているので、魔力の刃を止めるほどに防御が格段にあがっている。
「”竜顎”」
土魔法に似ていて、地面から竜の顎、牙が輪廻に迫る。さらに、メルアも続けて突進する。
”竜顎”を避けても、続けてメルアが凄まじい防御力を持って、突進をする。
当たっただけで、鉄球が凄い勢いでぶつかった時の衝撃と同様に潰されてしまうだろう。
「俺も使わせてもらおう。特異魔法をな」
輪廻はそう言って、黒い球、”縮星”をいくつか発現する。まず、”竜顎”を横から引力で引き付けて、横へ逸らせる。
(何? 魔法が勝手に動くのはありえない! ……なら、あの黒い球が何かしたのか?)
得体がしれない黒い球を見て、突進を止めて下がっていた。
「おや、来ないのか?」
「はん、得体がしれない物に触りたくねぇな。特異魔法と言っていたが、闇魔法じゃないよな?」
「闇魔法じゃないとだけ、言っておこう」
メルアは闇魔法じゃないのは、わかっていた。前に闇魔法を使う魔人と戦ったことがあるからが、一応聞いて置きたかっただけなのだ。
(今まで見たことがない魔法、マジで特異魔法かよ……)
メルアは特異魔法を使う者に出会ったことがあるのは、人生の中では四回だけだ。そこに輪廻も含めると五回になる。
メルアは東の国以外は殆ど、見回って終わっており、出会ったのは輪廻も含めれば五回だけなのは物凄く少ないのはわかるだろう。
またメルアから動き、竜の爪で輪廻に正面から切り付ける。だが、”魔装竜”を使っても敏捷は変わってない。
攻撃を続けるが、当たらない。だが、輪廻も紅姫や”重脚”で攻撃してもダメージを与えられず、反対に脚が痺れてしまうのだ。
こちらからの攻撃が当たらないなら、カウンターを狙うしかない。メルアの”魔装竜”は輪廻の攻撃を生身まで通してないのはわかり、カウンターを狙うことに決めたのだった。
「硬いか。魔力で出来ているなら、あの剣がピッタリかな?」
輪廻は紅姫を空間指輪にしまい、代わりの武器を取り出していた。その武器はメルアから見ても奇妙な武器だった。
(なんだ……? 刀身がない?)
そう、刀身がなかったのだ。それで、どうやって戦うのか?
「お前が、武器にならん武器を出すとは思えん。なら……、魔剣か?」
「まぁ、見た目が奇妙だから、すぐにわかるよな」
やはり、魔剣だったようだ。だが、刀身がないんじゃ、それでどうやるのかは見当が付かない。
「簡単に言うなら、一つしか斬らない剣だな」
「は?」
「すぐにわかるさ」
輪廻が突っ込んでくるので、警戒度を高めてあの刀身がない魔剣に注意する。
お互いは”瞬動”を使わない。”瞬動”は動くだけでも、魔力を使うため、やすやすと使うべきではない。
「はぁぁぁ!!」
爪での連撃を繰り出すが、輪廻には見える攻撃のようで、一つも当たらない。
(やっぱり、当たらねぇか!)
次は魔力で出来た尻尾で地面に突き刺して、周りに土をばらまく。視界を塞いだメルアはすぐに上へジャンプして、翼で浮く。これで距離が出来たと思ったら…………
「残念だったな」
「なっ!?」
輪廻は”空歩”で空を駆けて、メルアの懐に入り、刀身がない魔剣を振るった。
「……何もない?」
斬られたことで、何らかの効果が出ると覚悟していたが、何も起こらなかったことに疑問が出ていた。
だが、輪廻は続けて剣を振っていた。
「何をしたかったのか、わからないが……、無駄だ!!」
「むぅ」
また尻尾を振ってきたので、輪廻は距離を取るのだった。輪廻は地面に降りて、上を見上げる。
「空を駆けるとは、どんな特異魔法だ?」
メルアは魔剣に対する警戒はなくなっていた。ダメージを受けていないのだから、紅姫と同様に効かないだろうと推測したのだ。
「ふっ、だったら教えてやろう。”虚手”」
輪廻の腕を上げると、透明に近い大きな腕が現れた。
「大きな手、それがお前の切り札か? なら、私の魔法を破れるか試してみやがれっ!!」
浮いていたメルアはそのまま急降下して、輪廻に向かっていた。自分の”魔装竜”に自信を持っているのか、正面から、挑んでいた。
あの手に込められている魔力、それぐらいなら突き破れると判断していた。
そして、お互いが衝突する。その結果は…………
「…………え?」
身体の節が痛む。周りは土煙ばかりで、何が起こったのかわかっていなかった。そうして、仰向けに倒れていたのは、
メルアの方だった。
(ま、まさか……、衝突して負けた? う、嘘だろ……)
まだ死んでいないから、戦いとしてはまだ負ていないが、あの衝突では勝つ自信があったのに、倒れているのは自分。信じられない思いだったのだ。
「まさか、これで死なないなんて、硬すぎだろ?」
「が、ごほっ、どうやった……?」
なんとか立ち上がるが、膝が笑っていた。脳を揺らされたのは間違いない。
普通に衝突していたなら、自分が勝っていたはず。なのに、負けたということは、”虚手”の他に何かがあるということ。
「普通なら教えないが、お前ならいいか。衝突をする前に、俺は何をしたか覚えているか?」
「……はぁ? そんなの、魔剣を……っ!!」
「ようやく気付いたか?」
衝突して、負け理由は、刀身がない魔剣に斬られたことに関係がある。
「俺の『幻夢』は、刀身に実体を持たない魔剣で、魔力だけを斬る(・・・・・・・)。お前は魔力を斬られて、”魔装竜”の力を削られていたんだよ」
「魔力を斬る剣……」
つまり、輪廻がしたことは、魔力を斬ることで”魔装竜”を弱体化させたのだ。言ったと思うが、”魔装竜”は魔力で出来ている。その魔力が削られたら魔力が減って、強化する質が減るのだ。
なら、何故メルアは衝突するまでに気付かなかったのか? それは簡単なことだ。
強化されたのが、防御の部分であり、攻撃されないと気付かないのだ。もし、敏捷が強化されていたなら、自分自信のスピードが落ちたと感じたら弱体化したのはわかっていたかもしれない。だが、今回は防御の面だったので、衝突してからようやく気付いたのだ。
「くぁ、まだ膝が笑っていやがる」
「といっても、動けなくても防御は出来る。なら、俺はその防御を真正面から破らないと駄目だな」
「はっ、魔剣の効果はわかった。動けない間だけは魔力を補充しつつ、防御をすればいいだけだ!」
まだ決着は付かない。想像以上に、メルアが硬かったのだ。
「……はぁ、仕方がない。ここで見せるつもりはなかったが、さっき堪えたご褒美に、見せてやる」
輪廻は決着を付けるべく、本来の切り札を切ることに決めたのだった。




