第六十三話 シエルの戦い
翌日になり、輪廻達は外にいた。訓練所のような場所で、英二達とシエルが相対している。
ギルドにある一部屋では、魔法を放つのに狭すぎて味方まで巻き込む可能性があるので、今回はもう一つ、生死の結界が設置してある訓練所でやることになった。
「さて、少年に指名されたので、負けるわけにはいかないよね」
「僕達だって、やれると言うのを見せるんだっ!」
英二、貴一、ゲイルが前に出て、絢と晴海は後衛で構えている。
シエルの方は、メルアがまだ開始合図を出していないからなのか、武器をまだ構えていなかった。
「……シエルはまだ武器を出してないが、まぁいいだろう。始めよ!!」
審判はメルアが受け持つが、どちらかが死ぬまで戦うから審判は必要ないかもしれないが…………
まず、動いたのはシエルだった。空間指輪から、二つの物体を取り出す。
「弦がない弓と、剣先が付いた大盾……?」
英二達は困惑した。弦がない弓でどうやって射るのか、遠距離武器の弓を使うのに、何故か大盾を持っているのだ。
「警戒しろ、何かが起こっても対応出来るように!!」
困惑する皆に、喝を入れるゲイル。この前の戦いでは、矢を撃っていたのだから、弦が無くても警戒すべきだ。
「先手を取るわ! ”炎狼”!」
武器を出したばかりのシエルに向けて、絢はいきなり”炎狼”を発動した。”炎狼”は絢の魔法で、一番威力があるのだ。
炎の狼が突っ込んでくるが、シエルは慌てることも無く、
「穿て」
バシュッと、雷の矢を発現し、一瞬で撃ったのだ。その雷の矢は炎狼に当たり、そのまま貫通して弾いた。
「そんな!?」
あっさりと、一発だけで破られるとは思わなかったのだ。中心を貫かれて、弾かれた炎の狼は形を保つことが出来ず、消えた。
「何故、一瞬で矢を撃てるんだ!?」
「しかも、片手だけで……?」
「いや、矢一本だけで、あの炎の狼がやられるとは。何をしたんだ?」
疑問が浮かんで、口に出てしまう。それに答えたのは意外だと思える人物だった。
「あれは魔弓だからな。それに、ああいう動物のような形をした魔法は、必ず核があるんだよ。それを壊されたら、形を保てなくて消えてしまうわけだ」
答えていたのは、輪廻だった。別に、教えても問題はないことだったからだ。星屑のことは詳しく教えずに、魔弓だけと教えた。ゲイル辺りがすぐに気付くと考えたからだ。
「魔弓……? 魔剣みたいなやつか!?」
「一応、言っておくが、ゲームとかに出る呪われた武器とかじゃないからな。魔法、魔力の武器と言う意味だ」
「あるんだ……」
英二達はこの世界に魔剣類があるのを知らないようだ。ゲイルは教えてないのか? と思い、見てみたら、
「魔剣や魔弓みたいな存在にはなかなか出会えないからな。そんなのに希望を抱くより、自分自身を鍛えた方がいいからだ」
「それは尤もだな。俺達は偶然で手に入れたから、自分から探そうと思っても、なかなか見付からないからな」
「ふっ、輪廻は運を持っているな」
ゲイルは笑みを浮かべ、やっぱり面白い少年だなと思い、見ていた。
「あの……、攻撃してもいいかな?」
「あ、すまない」
シエルは律儀にも、待っていたのだ。英二達の疑問に輪廻が答えていたからなのも、あるが…………
「年増エルフ! わざわざ御主人様が隙を作ってあげていたのに、攻撃をしないのは何事ですか!!」
「「「お前は鬼か!?」」」
英二達は怒鳴ってしまう。輪廻はどう見ても、純粋に答えてくれただけで、隙を作ってあげたように見えなかったのだ。
実際にも、そうだけど、テミアもそのことを知っていて、気が抜けていたシエルに喝を入れていただけなのだ。
「あ、そうだったの!? し、少年、ごめんなさい!!」
シエルだけは、そんなことに気付いてなくて、テミアの話通りに受け取っていた。
シエルは輪廻に謝った後、英二達に向き合い、
「さっさと死んで下さい!!」
シエルは突っ込んで行く。弓を持って、自分から突っ込むなんて、どういう戦い方をするのか、読めなかった。
「何だよ! 戦い方が読めねえ!」
「僕達で抑えるぞ!」
「ああ。向こうから突っ込んで来てくれているのだ。接近戦でやるぞ」
後衛は仲間を巻き込んでしまうため、魔法は放たずに後ろで待機する。絢は回復魔法をいつでも放てるようにしている。
「はぁぁぁっ!」
まず、英二が剣を振り降ろすが、大盾で弾かれ、反対に盾の先に付いている剣で迎撃する。
「させねぇ!」
横から貴一が剣を突き刺して来るが、シエルは貴一を見ずに、星屑を向けていた。
突き刺しに出ていた剣は、避けられて矢が発現している時に、
「早々と退場する気かっ!」
ゲイルが2人の後ろに現れて襟を引っ張って、二つの攻撃をギリギリで避けたのだった。
「危ねっ!?」
「あれは魔弓と言ったんだろ。一瞬で矢を発現出来るみたいだな」
「接近戦も出来るみたいですよ」
たった一手だけだが、シエルは接近戦も出来るのがわかった。盾で弾いてから迎撃をするなんて、素人には難しいのだ。
「あの突き刺しを回避するとはな……」
「次は同時に行くぞ!」
ゲイルが声を上げ、再度シエルに攻撃を仕掛ける。
「同時であろうが、無駄です」
シエルは下がらずに、弓と盾を構えるでもなく、ただ突っ込むだけ。
「正気か!?」
防御を捨てたような型、何をしてくるか予想出来なかった。
考える時間もなく、シエルはとっくに3人の攻撃範囲に入っていた。シエルは”瞬動”を使える程に敏捷は高くないが、英二達と比べたらずっと速い。
三人同時の攻撃がシエルに吸い込まれるが、
「見えますよ」
シエルは避ける。同時に攻撃されても、盾で受けずに脚のステップだけで避けたのだ。
「なっ、これを避けるのかよ!?」
まさか、一太刀も掠らないなんて思わなかった。シエルはそのまま、盾を英二にぶつけ、吹き飛ばす。それだけではなく、ゲイルに星屑を向けていた。
「ぐぬぅぅぅ!」
無理にバランスを崩してでも、下に下がって矢を避けるが、そのまま蹴りで英二の所まで吹き飛ばされてしまう。
「クソがっ!」
貴一は次の二撃目、下から上へ斜め切りを喰らわせようとするが、シエルはさっきのゲイルと同じように、下へ避けるが、バランスは崩していなかった。
そして、そのまま脚を振り回して、上段回し蹴りを貴一の顔にぶち込んだ。
「ぶげらっ!?」
半端な力ではなくて、下に避ける流れから、力を逃がさないで振り抜いたから凄まじい威力になっている。
貴一は顔を押さえて、まだ悶えていた。そんな隙だらけの貴一を見逃すわけでもなく、
「まず、1人」
星屑で二本の矢を撃ち出して、額と心臓を貫いた。そして、貴一は退場した。
「くぅ、なんであんな回避が出来るんだよ……」
英二の言う通りに、シエルの回避は凄まじかった。三人同時に攻撃しても、掠らないなんて普通ではないと思っていなかった。
そう、シエルはあるスキルを持っていて、輪廻達の中ではシエルが一番、回避力が高い。
あるスキルとは、”視領”と言う。そのスキルは、ある範囲だけ攻撃軌道が見えるようになる。
様々な攻撃でも、ある範囲に入ってくるなら、攻撃軌道が紅く見えるとシエルが言っている。だが、弓と魔法等の遠距離だと、こっちが気付いていない時に攻撃をされたら、範囲に入ってくるのを気付いても反応が遅れてしまう。
つまり、このスキルは接近戦にピッタリなのだ。大盾を持って、突っ込んだ方が攻撃を避けやすくて、周りに敵の仲間がいたら魔法や弓を撃つのは難しいと考えて、この戦い方が定着したのだ。
「二人共、下がって! ”氷雫”!」
接近戦で勝てないなら、魔法で攻撃して隙を見つけるしかないと、晴海は範囲が広い攻撃を仕掛ける。
「これなら、あの回避は無理よ!」
「まだ甘いですね」
「えっ?」
これだけの攻撃なら、シエルは避けきれないと思っていたが、シエルからにしたら、まだ甘い。
炎の矢を”氷雫”に向けて、連射で撃ち出す。
「連射も出来るの!?」
シエルに当たる範囲だけを狙ってマシンガンのように撃ち、”氷雫”を破ったのだった…………
「えっ!?」
「捕まえた!!」
次はシエルが驚くことになった。まさか、絢がシエルに近付いて絡み付くとは思わなかったからだ。
「貴女なら、”氷雫”を破ると思っていたわよ。晴海、やっちゃって!」
「よくやったわ! それに、ゴメン!! ”氷裂波”!!」
まさか、絢が弓を持っている手を掴んで、抱き着くように身体全体で絡み付いてシエルの動きを封じている時に、晴海の魔法が絢ごと攻撃するとは。
それを見ていた晴海と絢以外の全員は眼を見開いていた。
ドガァァァァァァアアアアアン!!
間違いなく、魔法は2人に当たった。さっきの魔法は晴海の魔力全てを使った最高威力だった。無装備で受けていれば…………
(はぁ、絢の奴、生死の結界が張られているといえ、無茶をするな……。まぁ、前から決めていたようなそぶりをしていたが、仲間ごと攻撃するなんて、並の精神じゃ出来ないぞ)
輪廻も予想外の展開だった。まさか、後衛で回復の要である絢がシエルの動きを止めるために、前へ出るとは思わなかったのだ。
シエルは普通ではないから、普通のやり方では勝てないと思い、このようなやり方に出たのか。
生死の結界限定だが、いい作戦だと、輪廻は心の中で褒めたのだった。
だが、
「まだシエルはこんなもんじゃないしね」
輪廻は砂煙が上がっている場所に眼を向ける。そこには、二つの影が…………
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「え、嘘……」
砂煙が晴れた頃、晴海が放った最大威力を持つ魔法でボロボロになった地面の上には、
「まさか、仲間ごとやるとは思わなかったなー」
「こ、これは魔法!?」
シエルと絢は無傷だった。前にある雷の盾によって、晴海の魔法を防いでいたのだ。
「考えは良かったけど、残念だったねっ」
「っ!」
絢は近距離から魔法を放とうとしたが、遅かった。腹に膝蹴りを喰らい、集中が切れて魔法を発動を出来なかった。
「2人目」
頭に矢を撃ち、絢は退場した。
「魔法まで使えるのか……」
「くっ、ま、まだだっ!」
「いえ、2人は終わりですよ?」
えっ? と言う前に、ゲイルと英二の左肩に矢が刺さった。肩を突き抜け、心臓まで届いている。
「い、いつの間に……」
「氷の雨が降っていた時にね」
シエルは炎の矢だけではなく、雷の矢も混ぜて、上に撃ち出していたのだ。2人が動いていなければ、当たるように正確な位置に矢を落としたのだ。
「あははっ、強すぎるでしょ……」
「うん、チェックメイトよ」
ゲイルと英二は退場しており、最後に残った晴海も頭を撃ち抜かれて消えていった。
結果は、シエルの圧勝だった…………




