第六十二話 拒否
温泉から出た後に、宿の一部屋に集まっていた。英二達から話があり、輪廻達は英二達が話したい話の内容を予測出来たので、話を聞くことにしたのだ。
ほぼ全員が、ベッドや椅子、ソファーに座っている。テミア、シエル、ゲイルだけ立っていた。もし、何かがあっても止められるように…………
「これから、輪廻達はどうするんだ?」
「言う理由がない」
「……は?」
まず、英二が聞いてきた。だが、断られて呆気に取られていた。
輪廻は、言う理由が見当たらないので、断ったのだ。
「確かに、私達に何処へ行くか伝える必要性はないが、何故、教えないか聞かせてもらえないか?」
呆気に取られている英二の代わりに、ゲイルが質問をしてくる。
「もし、教えたらお前達もついて来るだろ?」
「駄目なの……?」
絢は輪廻達についていくつもりだったが、それは断られたのと同義だった。
「ハッキリ言わないとわからないのか? なら、言ってやるよ。お前達は足手まといだからだ」
「輪廻君!!」
心を鬼にして、ハッキリと言ってやったら、英二が立ち上がって怒っていた。
テミアの目尻がピクッと動いたが、何もして来なかったから動かない。
「僕らは、輪廻君の心配をして、探しに来たんだ。なのに……」
「心配? 手紙で探さないで欲しいと書いたはずだ。それに、今の俺はお前達の実力を超えているから心配は必要ないと思うが?」
正論をつらつらと話す輪廻。今の輪廻は英二達に心配されるほどに弱くない。
「私と年増エルフがいますから、貴方達は尻尾を振って王城に帰りなさいな。旅の邪魔ですから」
「口が悪ぃな……」
あまりの口悪さに、貴一も立ち上がりかけたが、ゲイルに止められた。
「テミアまでも、王城から抜け出してどういうつもりだ?」
次はテミアに追求をするのだった。確かに、テミアは王城で働くメイドで、勝手に出ていくのは職務放棄に等しいのだ。
輪廻に戻らなければならない義務はないが、テミアは違う。まだ、テミアはまだ王城のメイドなのだから。
「私の御主人様は輪廻様だけです。なので、王城には仕えられません」
テミアはそう言って、戻るのを拒否したのだった。
「それでは……、お前の家門に傷が付くことになるぞ?」
「そんなものはどうでもいいと思っています。私、テミアが御主人様に一生着いていくことに決めておりますので。それでも、御主人様と一緒にいるのを邪魔するなら……」
さっきまで放っていた、遊びのような殺気とは違う。明確な敵に向ける殺気、そのテミアに手を出したら、死から免れることは出来ないだろう。
「私は家族でも、王だろうが、邪魔をするなら殺す。私は御主人様だけがいれば、充分なのだから」
テミアは強い意思を持って言う。さっきまで、ぶつけられた殺気とは違っていて、英二達は恐怖で身体を震わせていた。
「そこまで……、いや、お前はテミアか? 前のテミアと違いすぎるぞ……」
前に言ったが、ゲイルはテミアと話したことがある。少ししか話していないが、心優しい女性で、気が弱いイメージを持っていた。だが、今のテミアはそれが全くなかった。テミアが優しいのは御主人様である輪廻だけで、気が弱いどころか、輪廻と離されるなら国に喧嘩を売ると言っているのだ。
「テミア、落ち着け」
「はい」
テミアは輪廻に言われて、殺気を引っ込める。殺気が無くなって、英二達はホッと安堵する。
「あー、帰ったら王様にテミアは俺のメイドにするからクビにしてくれと言っといて。あと、テミアは間違いなく王城にいたテミアだからな」
テミアの身体は、王城にいたテミア本人なんだから、輪廻は嘘を言っていない。
「それは…………いや、言っても無駄だろうな……」
どっちの意味かわからないが、ゲイルは追求を諦めてくれたようだ。今の立場的には、輪廻達の方が上なのだ。
「すまないな、俺にはテミアが必要だからな」
「御主人様ぁ……」
テミアは笑顔に切り替わり、座っている輪廻に覆い被っていた。それを羨ましそうに見ていたシエルの姿に気付き、
「もちろん、シエルもだぞ?」
「少年!!」
「……チッ」
シエルも顔をパァッと明るくし、テミアは舌打ちをしていたが、まだ機嫌は良くて桃色の空気が出ていた。
そんな3人をよそに、絢の方では…………
「……羨ましい」
「ま、まだよ! まず、お姉さんという認識を取り払わないと駄目だから、焦らない!!」
声を小さく、ボソボソと話していた。
まだ絢は輪廻に告白していない。まだお姉さんと認識されているから、告白しても断られる可能性は高いと考えているからだ。
ちなみに、輪廻は絢がこっちに好意を持っていることを既に知っている。
(そりゃ、温泉の件、テミアを睨んだりするからわかりやすいんだよなぁ。でも……)
今、告白されても断るつもりだったのだ。理由は、受けたらついて来る可能性も高いし、恋人を安全地に待たせて、淋しい思いをさせるのは好きではない。
もし、強くなって輪廻についていけるぐらいの実力があれば、告白されたら受けるつもりだった。だが、変異魔物との戦いを見て、明らかに実力不足だと見取れた。それでは、輪廻達について来てもすぐに殺される可能性が高い。
それほどに、輪廻の旅はとても危険なのだ。
「とにかく、旅について来るな。お前達が弱いからだ」
最後に一言だけ言って、立ち上がろうとしたら…………
「……待ってくれ。一度だけ、俺達と戦ってくれないか?」
言い出したのは、貴一だった。弱いと言われても、怒りは沸いてなかった。メルアや輪廻達と比べたら、自分達はまだ弱いと、貴一は理解している。
だから、輪廻達と戦って力の差を見極めたいと思っていたのだ。
「戦いたいね……、メルアから聞いたが、お前達は”瞬動”についてこれなかったと。それでは、俺達と戦っても一瞬で終わるぞ?」
「ああ……、それはわかっている。出来れば、”瞬動”無しで戦うのは無理か?」
貴一は恥を捨ててでも、ハンデをくれと言っているのだ。英二達は貴一がそんなことを言うとは思わなかったのか、驚愕していた。
貴一は特訓の時、ダガン相手や強い相手にも、ハンデは無しで戦っていたのだ。力の差があろうとも、相手が手を抜かれるのを良しとしなかったのだ。
だが、今はまだ11歳の少年に恥を捨ててでも、頼み込んでいた。
輪廻の答えは…………
(ふーん、恥を捨ててでも、頼み込むとはな)
輪廻は”瞬動”無しなら、貴一達は戦えるか? と考えてみたが、それでも力の差がある。”瞬動”を使わなくても、ステータスと技術の差が大きいから輪廻達と戦うにはまだまだ力が足りなすぎた。だから…………
「そうだな……、俺とテミアだと”瞬動”がなくても、勝負にならないのは見えているから、シエルにやらせよう」
「ふぇ、私が?」
「え、戦えるだけでも、ありがたいが……、そのエルフの武器は弓だよな?」
ギルドにある生死の結界が張られている部屋はそれ程に広くはない。弓を引くには、時間が掛かって、次の矢を射る前に辿り着けるのだ。
狭い場所で、遠距離攻撃をするには、前衛が必要なのだ。だが、
「いい。シエルは元から”瞬動”は使えないし、得物が弓でも問題はないだろう」
「はい。大丈夫です」
「いいのか……?」
あっさりとシエルは大丈夫だと答え、貴一は気が抜ける思いだった。
「で、明日でいいか?」
「あ、ああ……」
「よし、俺達は戻るからな」
輪廻は手を挙げておやすみと言いつつ、部屋から出て行ったのだった。
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残った英二達は、それぞれの部屋にまだ戻らないで、話をしていた。内容はもちろん、輪廻のことだ。
「僕はまだ信じられない思いだが、あの輪廻君が王城にいたのと違っているなんて……」
「確かに、輪廻は猫を被っていたかもしれんが、テミアの方が変わりすぎだ。まさか、あの者が今までただのメイドをやっていたとは信じられん」
「そうだね、あの殺気はわりとヤバかったわよ?」
「……あのメイドはテミアと言っていたっけ。確実に輪廻のために何でもやるつもりだな。もし、俺達が輪廻の邪魔になると確信すれば、消しに来るだろうな」
「やりそうだね……。あと、なんで輪廻達と戦ってみたいと思ったの?」
気になったのは、貴一が自分達に相談もせずに戦いたいと言ったのか?
「ああ、輪廻の実力とどれくらいの差があるのか、知りたかったからだ。あの戦いでは、まだ余裕を持っているように見えたからな」
「確かに……、あの戦いでは”瞬動”で全くわからなかったよね。……あ、だから”瞬動”を使わないで欲しいと頼んだわけね」
「ああ、”瞬動”を使って来ないなら、なんとか実力はどれくらいあるかわかるだろ? ……まぁ、輪廻本人とは戦えないがな」
そう、戦うのは弓を使っていたエルフ、シエルだけだ。
あの輪廻は得物が弓でも、相手を頼んだことから、あのエルフも普通ではないと予測できる。
今のうちに、対策を立てたいにも、情報が少ないのだ。
「……とりあえず、あのエルフ、シエルな。勝てるかわからないが、勝って輪廻に、俺達の実力を認めさせてやろうぜ」
「……ああ。恥ずかしい所しか見せてないからな」
「輪廻君に認めさせる……」
「ゲイルさんを含めた5人であのエルフに勝っただけで、あの輪廻君が認めるのかなー?」
「少しは認めるだろうな。輪廻はシエルが勝つとわかっているから、1人でやらせるつもりだろうし……」
夜は更けていくが、まだ話し合いは終わることはなかった…………




