第三十五話 待ち人
『幻惑の森』の奥にて…………
「上にもいるぞ、”縮星”!」
「了解です。また鉄蜘蛛ですか」
「また硬い蜘蛛!?」
今はまた魔水狼の群れに襲われ、木の上からは鉄蜘蛛と言う硬い蜘蛛が現れて、その強さはCランクになっている。”縮星”で数体かの魔水狼の動きを止める。
「鉄蜘蛛は1体だけだから、俺がやる。狼の群れは任せる!!」
「「はい!!」」
輪廻は紅姫を持ち、木の枝に乗っている鉄蜘蛛に向かって”空歩”で空中を上がっていく。
鉄蜘蛛は糸を吐き、こっちの動きを制限しようとするが、”重圧”で糸に重さを加える。蜘蛛の斜めに吐き出された糸は重さで軌道が変わって、輪廻の下を通り抜けた。
「”居絶”」
鉄のように硬い耐性を持つ蜘蛛だが、魔力の刃は高い魔耐がないと防げない。耐性が高くても魔耐が低い蜘蛛は簡単に真っ二つになった。
(よし、紅姫は耐性が高くても魔耐が低ければ、簡単に斬れるな。あの蜘蛛は”重脚”でやってもピンピンとしていたからな……)
少し前に、一度だけ鉄蜘蛛と戦っており、”重脚”で攻撃したことがあったが、反対にこっちの脚が痺れてしまったのだ。
(耐性は向こうの方がこっちの筋力より上だったから仕方がないが……次からは、考えて攻撃をしないとな)
続いて、魔水狼の頭に向けて、紅姫の突き刺しを喰らわせる。このように1体ずつ減らしていき…………
「終わったか」
「はい。ここに留まると、血肉の臭いでまた魔物が集まるので進みましょう」
周りは魔水狼の死体だらけだ。たまに鉄蜘蛛も混ざっているが、魔水狼の死体が圧倒的に多かった。
おそらく、魔水狼の縄張りに入ったから大量の魔水狼に襲われたのだろう。
「数は数えてなかったが、30〜40体はいそうだな。テミアの言う通りに、ここから離れた方がよさそうだな」
「そうした方がいいですね。向こうでまた魔物の縄張りに入らなければいいのですが……」
縄張りに入って、魔物に見付かってしまうと、仲間を呼ばれてしまうのだ。魔水狼の時もそうだった。
縄張りに気をつけるのは難しいが、立ち止まって魔物と連戦するよりは歩き回った方がマシだ。
シエルの案内によって、何回か魔物との戦闘が起こったが、A、Bランクの魔物には会わずに社の元に着くことが出来た。
「あ、ここが邪神を崇めていた社になります」
「ようやく着いたか」
ここまでいくつかの戦いがあり、輪廻のレベルが上がっている。輪廻のステータスはこうなっている。
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崇条輪廻 11歳 男
レベル:24
職業:暗殺者
筋力:980
体力:930
耐性:600
敏捷:1590
魔力:1510
魔耐:700
称号:邪神の加護・暗殺の極み・冷徹の者・魔族を虜にした者・無慈悲なる者・異世界者の覚醒
特異魔法:重力魔法(重壁・重圧・重球)
スキル:暗殺術・隠密・剣術・徒手空拳・身体強化・鑑定・隠蔽・魔力操作・言語理解
契約:テミア(魔族)
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テミアのように全てが四桁にはなっていないが、確実に強くなっているのが確認できる。相変わらず、耐性は伸びが悪いけど攻撃は当たらなければ問題はない。
「ここが邪神を崇めていた社ねぇ」
「ここもボロいですね」
「私が生まれる前からあるから、古いのは仕方がないと思うよ」
社はボロボロで、一部屋しかない家のように見える。ここが邪神を崇める社? と疑わしいが、シエルが言うんだから、そうだろうなと納得しておく。
本命は、この社ではなく、裏にある洞窟なんだから社の方はあまり気にしないでおく。
「裏に洞窟があるのはわかるが、社が邪魔じゃない?」
洞窟の入口が社より少し大きいから向こうに先があるのはわかるが、どうやって通るのか?
横を見ても狭くて人が通れるようには見えなかった。
「でしたら、社を壊せばいいのでは?」
「だ、駄目だよ!? 社の中にちゃんと入口があるんだからッ!!」
社の中を通って後ろに行けるみたいだ。普通は社の中に入っていいのは関係者だと聞いたことがあるのだが、こっちは違うのかな? と疑問が浮かんだが、どうでもいいことだったので気にしないことに。
「まぁ、入ってみるか?」
「はい。中は暗いので物に当たらないように気をつけて」
輪廻は闇に慣れているし、夜目も効くから足元に物が散らばっていても問題なく避けながら歩いていく。
社の奥に進むと、一つの扉が見えた。
「この先は通行禁止されていましたので、何があるかわかりません」
シエルもここからは、入ったことがないので警告してくる。
「私が開けましょう。瘴気で二十メートル以内には何もいないのはわかっていますが、念のためです」
三人の中で強いテミアが扉を開けることにした。そして、扉が開かれ…………
「何もないみたいだな?」
「はい、向こうは真っ暗ですが、先がありますね」
社は岩山を背にして建っていた。岩山は大きいので、先が長そうだなと思いながら先に進んでいく。
「一応、明かりを付けるね」
「ああ、あれだけの暗さじゃ、何か見逃したら困るしな。付けてくれ」
もしかしたら、壁に文字とか書いてあったら明かりがないと読めない。さらに見逃しては困るので、明かりを付けることにする。
「魔物の反応はありません」
10〜20メートルは進んだが、魔物の反応はない。もう少し進んで見ると、何かが見えた。
さらに近付いてみるとその正体がわかった。
「石像?」
見えたのは、人の形をしていて、口はくちばしで背中には翼があった。そのような形をした石の像が台に座って一つだけポツンと真ん中に置いてあった。
「ただの石像じゃないよな……?」
「当たりだ。小さきの選ばれし者よ」
「喋った!?」
「あ、もしかして、ガーゴイルなんですか?」
輪廻は石像が話したことに驚き、シエルは目の前の正体を知っていたようで、ガーゴイルと言っている。
(ガーゴイル? 確か、石像で監視の仕事をする奴だよな?)
前の世界の知識だが、姿は想像していたのと余り変わらなかった。だが、何故、ここに?
「ガーゴイル……、石像の魔人でしたね」
「む? 何故、病魔の魔人が人間と一緒にいるんだ? 人間、病魔、ダークエルフの組み合わせは初めて見たわい」
「なんで、テミアの正体を?」
「ワイは”真実の眼”を持っているから隠しても見えるわけさ」
”真実の眼”は”隠蔽”、”偽造”などの隠すスキルがあっても見通すことが出来る珍しいスキルなのだ。
「……で、なんでここに?」
「だから、待っていたんだよ。言ったんだろ? 『選ばれし者』と」
「まさか、邪神の関係者なのか!?」
ここは何か文字とかが残っている程度としか期待していなかったが、実際は邪神に関係する者がいたのだ。それに驚くのは仕方がないだろう。
「邪神の関係者といえば、そうだろうな。ワイは『邪神の加護』を持つ者を待っていたんだからな」
「何か情報を……?」
長年、社で邪神を崇めていたシエルが気になって質問をする。
「いや、情報じゃない。選ばれし者に試練を与え、生き残ったら力を授けるのがワイの仕事だ」
「試練だと?」
試練の言葉を聞き、なんでそんなことをする必要があるんだ? と思っていたら、ガーゴイルは指をチッチッと振っていた。
「安心しろ、これは強制じゃねぇよ。試練を受けるか受けないかは自由だ。ただ、受けるには覚悟が必要がな」
「……失敗したら、死も有り得るってことか」
ノーリスクで試練を受けられるわけでもない。リスクも無かったら、何回か受けて、一回だけ合格して力を得るなんてなことになる。これでは試練にならない。
(試練か……、リスクがあるといえ、この先のことを考えると、力はいくらでもあった方がいい)
情報は貰えないみたいだし、試練をクリアしたら、力を授けると言われてやるしかないと考える。
「……よし、受けよう」
「御主人様、私もお供します」
「あー、すまないが、試練は『邪神の加護』を持っている者だけだ」
「む……」
テミアはガーゴイルを睨むが、特別に…………と言うことにならなかった。
「テミアとシエルは待っていてくれ」
「……わかりました」
「はい……」
テミアは渋々と了承し、シエルはこっちを心配してくる。
「試練を受ける」
「よし、場所を変えるからついて来い」
ガーゴイルは台ごと動き、奥に進んでいく。輪廻達は先に進んでいくと、広い部屋に出た。
「ここでやるが、準備はいいな?」
輪廻は部屋の真ん中辺りに立ち止まり、オッケーを出す。
「いいぞ。で、何をすればいい?」
「今回は初めてになるから簡単なことだ」
「むっ、その言い方だと、他の試練があるように聞こえるが……?」
「今はいいだろ。試練を始めるぞ」
ガーゴイルが手を出すと、輪廻の近くに黒い物が現れ、形が人に近くなっていき…………
「お前のドッペルゲンガーと戦ってもらうぞ」
輪廻と同じ姿をした黒い影が現れたのだった…………




