第二十三話 地下10階の中ボス
自分に部屋に戻ろうとしたら、受付前でシエルに引き止められた。
「ねぇ、少年。大きな部屋に変えて一緒に寝ては駄目? あのベッドじゃ、小さいよね?」
「ん? ああ……、約束していたな」
信頼出来るようになったら、一緒の部屋で寝てもいいと言った。だから、ベッドが一つしかない部屋から3人でも泊まれる部屋にしていいかと聞いているのだ。
ただ…………
「ほぅ、私と御主人様の夜の営みを見たいと?」
「ぶぅっ、ふぇぇっ!?」
受付にいた犬耳の店員がまた吹き出していた。受付の近くで話しているから聞こえても仕方がないのだが…………
「あー、テミアは声を少し落とそうな? というか、そのことを忘れていたな。シエル、どうする?」
やっぱり、二つの部屋に分けた方がいいんじゃ? と思って聞いたが…………
「私は元より、決まっています。だけど、初めてなので優しくお願いします!!」
「ちょっ、シエルも声を落とせよ!?」
シエルの声が案外と大きくて、受付、食堂にも聞こえてしまっていた。
周りの男達は美人であるテミアとシエルを囲う輪廻に嫉妬の目を向けていた。羨まし過ぎて、11歳の少年だろうが、殺気に近い視線も含まれていた。
犬耳の店員はまた顔を赤くして、広くて防音の部屋の鍵を輪廻に渡して裏に逃げていた。
この様に、カオスな空間になっていたが、輪廻はすぐに2人を引っ張って新たな部屋に向かったのだった。
輪廻は殺気などの視線は気にしないが、このままでは2人がまた何か言いそうなので、さっさと部屋に行くことにしたのだ。
部屋の中に入った輪廻はふぅっ……と、溜息を吐いた。
「今度から人目を気にしてくれよ……」
「畏まりました」
「ごめん……」
2人もわかって貰えたところで、部屋の中を確認した。ここは昨日泊まった部屋の隣にあって、ベッドは二つのベッドを合わせたような大きさだった。部屋も少し広くて3人が泊まるのに問題はなかった。
「……さて、なんで俺と?」
「駄目なの……?」
「いや、駄目じゃないが、理由を聞きたいだけだ」
輪廻は別に一夫多妻に忌避はない。というか、忌避を持つ男は少ないと思う。
魔族であるテミアは強い雄が沢山の雌を囲うのは当たり前だと、昨日に聞いている。
シエルも私も抱いてほしいと言う辺りから、自分と同様に忌避はないだろう。だが、理由を聞いて好き以外の理由でやりたいと言われたら断るつもりだ。
「何というか……、初めに会った時は、興味が出たと言うのが強かったんだよね。少年をもっと知りたいと」
勘で着いて行けば面白いことになると感じて、輪廻達に近付いたのだ。興味が出たとも言えるし、どんな人なのか知りたくなったのだ。
「だけど、今の気持ちは変わっていっているの。全てを知ってから……」
出会ってからまだ二日だが、秘密まで知ることになり、輪廻の凄さ、優しさも知ることになって、興味から好感に感情が変わっていったのだ。
「この気持ち、今まで生きてきて、初めてなの……」
シエルは顔を赤くして”偽造”を解いてダークエルフの姿になる。
「私がダークエルフでも、少年の側にいてもいいですか? 愛をしているのです!!」
シエルの告白。確実にシエルは輪廻のことが好きだと表明してきた。
「……わかった。そこまで好かれて嬉しいと思うよ。これからの旅は厳しくなるのは知っているな?」
「はい」
もし、輪廻の称号とテミアのことがばれたら人間の敵になる可能性がある。シエルは”偽造”でエルフの姿になれるので、輪廻と一緒にいない方が安全に過ごせるのだ。
”偽造”は自分にしか作用出来ないから、輪廻達も偽造して生きていくのは無理だ。
「それをわかってついて来るのか?」
「今までの私は何も目的もなく生きてきました。もう、今までみたいに生きる目的さえもなく、一人で生きたいとは思わない。旅が危険だろうが、私は少年に着いていきたい」
「よし、もう言葉はいらないな」
輪廻はベッドまで行き…………
「わかっていると思うが、覚悟だけはしとけよ?」
輪廻はシエルも受け入れた。途中からテミアも混ざり、夜遅くなってもベッドの軋み音が止まなかった…………
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朝になり、3人は食堂に来ていた。輪廻とテミアはいつも通りだったが、シエルだけは脚をガクガクとしていた。
「うぅっ……、さ、さすが夜の王だわ……」
「はい、足腰が弱い歳になりつつであるオバサンエルフの言う通りですね。御主人様は2人掛かりでも余裕で……」
「オバサン……」
その言葉にショックを受け、食堂のテーブルにうなだれるシエル。
「大丈夫か?」
「うぅっ、確かに少年は凄いよぅ……、でも猛る少年もいい…………」
シエルは夜のことを思い出しており、顔を僅かに赤くしていた。
(そんなに凄いのか? まだ余裕があるけどこれは言わない方がいいのかな……)
とりあえず、考えるのを止めて、別の話をすることに。
「なぁ、シエルは『奈落の穴』で地下47階まで行ったよな? 地下10階のボスはどんな奴だった?」
「2人の相手にならないと思うよ? 醜い豚で『ジュネラルオーク』と言うわ。動きは凄い脂肪で遅いけど、力は高い魔物ね」
普通のオークより力が強く、大きさはニメートルはある。遠距離攻撃方法がないから、弓と魔法で攻めつづければ、簡単に倒せると言う。
「ふむ、ならレベル上げのために俺だけやろう」
「御主人様なら大丈夫と思いますが、ナイフが折れなければいいのですが……」
「あー、ナイフは何も強化されてないただのナイフだしな。シエル、俺のナイフで豚の脂肪が通ると思う?」
心配なのは、ナイフが折れるだけではなく、脂肪のせいで急所に届かないこともある。首を狙えばいいのだが、輪廻はオークを見たことがないからナイフで殺せるのか判断出来ない。
脂肪の厚さによって塞がれるのは避けたいし、ナイフが折れたら蹴り技と”重球”での攻撃しかないのだ。
(脂肪で衝撃を吸収すると聞いたことがあるし……)
蹴り技と”重球”は打撃になり、脂肪で衝撃を吸収するかもしれない相手にはあまりダメージがない可能性もある。
「うーん、だったら私の魔法付加でナイフを強化してあげようか? 切れ味を上げられて、痺れさせることが出来る雷で」
「それで、殺したら経験値はどうなる?」
「んー、半分になるんじゃないかな?」
他の人から強化された状態で敵を殺すと経験値が強化した者と強化された者に均等になるように分けられてしまうらしい。
この世界はどうなっているんだ? ゲームみたいじゃねぇか。と疑問が出た。だが、考えても答えが出るわけでもないから考えるのすぐに止めた。
「うーん、まず自分だけで、戦ってみてから援護が必要か判断すればいいか」
「そうですね。危なくなったらメイドと私も出ればいいし」
中ボスの情報も充分、聞いたので食事を終わらせてすぐに『奈落の穴』へ向かうことに。
今、中ボスの部屋にいる。シエルが言った通りの醜い豚がいた。
ステータスを確認したら、筋力、体力が300ぐらいで他は100に近い数値だった。ただの一般人では勝てない数値になっている。
ちなみに、戦闘経験がなく、レベルが5以下の一般人はステータスが100を下回っている。
「まぁ、やってみるか」
輪廻はナイフを取り出して、正面から突っ込む。ジュネラルオークは鉄の斧で迎撃するが、その動きはそれ程に早くはなかった。輪廻の敏捷は800を超えており、動体視力も前の世界にいた時より上がっている。
紙一重に避け、武器を持っている手を切り付ける。
「ブギギィ!?」
耐性が100ぐらいしかなかったから簡単に斬れた。
(簡単に斬れたか。首もそんなに太くはないから援護はいらないな)
ジュネラルオークの手は半分ほど、斬られて武器を落としていた。すぐに別の手で拾おうとするが、輪廻はそうさせない。
輪廻は別の手にナイフ突き立てて、武器を持たせない。
「ブギィブギィィィ!!」
「煩いな。もう終わらせるか」
”重脚”で膝を狙って、前に転倒するようにした。100キロの衝撃が膝の皿を割って、前に倒れて来る巨体。輪廻は倒れて来ているため、ジュネラルオークの首に届くようになっている。
「何も出来ないなんて、弱すぎないか?」
倒れてくる途中で、額と首にナイフを突き立てる。ジュネラルオークは前に倒れているから自分の体重も掛かっており、簡単に刺さった。ジュネラルオークが死んだのを確認してからナイフを抜いた。
「終わりっと。シエル、コイツは中ボスなのか? 途中で出会った魔物と変わらないように感じるけど……」
「まぁ、ここの『奈落の穴』は沢山の魔物が出てきやすいけど、中ボスは他のダンジョンと比べると少し弱いよねー」
ダンジョンによって、魔物の強さが違う。『奈落の穴』は魔物が沢山出るが、それぞれの実力は他のダンジョンにいる魔物より弱いのだ。
輪廻はレベルを上げたいのだから、沢山の魔物が出て来るこのダンジョンを選んだそうだ。他のダンジョンだと魔物より罠が多いのもあるし、なかなか魔物に出会えなくて、レベルが上がらない時もあるのだ。
「そうなのか。弱いのは仕方がないとして、沢山の魔物と戦えるならここで良いか」
「もし、魔物が多すぎても私が蹴散らしてやります。年増エルフに出番はあげないように頑張ります」
「ちょっ!? それは気遣いじゃなくて嫌がらせに近いよね!?」
初めての中ボスと戦った輪廻だったが、やはり物足りないと感じた。次は地下20階を目指して降りていくのだった…………