第二百三話 闇の世界にて
ベルゼミア本人と戦うことになった輪廻は全ての力を使い、悉くも破れてしまう。邪神の力を使ってもだ――――
「クッ、一体、何者なんだよ……」
「私のことは知っているでしょう? 魔界を支配する1人で、テミアの母親。ただ、それだけの人物よ?」
「そう思えないな。4人いる支配者で、一番強いだろ、お前は?」
「あら、そう思うのは貴方がまだまだだからなのでは? それよりも、いつまで倒れている?」
輪廻はベルゼミアに踏まれたまま、動けないでいた。先程、テミアを抑えたように、力だけで身体全体を動けなくしており、輪廻は抜け出したくても抜け出せないので、話をするしか出来なかった。
――――もちろん、このまま終わる輪廻ではないが。
「ふん、邪神の力を完璧に押さえ付けているじゃないか」
「それは、貴方が完璧に使い切れていないだけよ。私程度が、神の力を超えられる訳でもないわよ」
「そうか……」
自分は邪神の力を完璧に扱えているわけでもないのは、わかっていたことだ。不完全といえ、邪神の特性である『破壊』を完全に無効化されてしまうのは、初めてのことだった。青龍王のように、攻撃を二重にして、外側を『破壊』の特性を受けきって、内側の攻撃を相手に届かせるやり方をしているわけでもない。言葉通りに、真正面から無効化されているのだ。
さて、輪廻が大人しく会話をしている理由は、これからやることには時間が掛かるからだ。
その時間は無駄にならず、輪廻は動き始めた。
「あらあら、考えたわね」
「お前に効かなくても、周りは違う!!」
『破壊』の力は生き物にしか通じない訳でもない。押さえつけられて、動けないなら周りを破壊して、世界に歪みを生み出させる。この世界は、魔界にある世界ではなく、ベルゼミアの魔力によって生み出された、世界だったから通じた方法だ。
「よくこの世界にダメージを与えることが出来たわね?」
「ふん、これのお陰だ」
闇の世界が歪んだお陰で、ベルゼミアの力をずらすことに成功して脚から抜け出せた。輪廻の手には、前に何回か使った後に収納の指輪の隅に寄せてあった、刀身がない魔剣、『幻夢』があった。
「……成程、魔力だけを斬る魔剣ね」
「あぁ、それだけでこの世界を歪ませるには、力が足りなかったからな」
「『破壊』ね」
輪廻はベルゼミア程の力を持った相手に、幻夢だけでこの世界の魔力を乱すことは出来ないと、感覚で理解していた。だから、込められる分だけ、『破壊』の特性を夢幻に込めてから、地面に突き刺したのだ。幻夢が壊れないように、ぎりぎりまで込める繊細な作業をしていたので、時間が掛かってしまったのだ。
「でも、これぐらいなら、すぐ直せるから抜け出すしか役に立たないわね」
ベルゼミアが指を動かすだけで、歪んでいた闇の世界はあっと言う間に、修復されていた。それぐらいなら、予想は出来ていたので焦る事は無かった。
(ベルゼミアに勝つのが勝利の条件か? それか、こっちの力が格段に強くなるまで続けるのか?)
輪廻はどうすれば、ベルゼミアに強くなったことを証明できるのかまだわかっていなかった。魔界に来たのは、自分達が強くなるため。テミアが母親に会えば、強くしてくれると教えてくれたから、ここに来たのであって、決してベルゼミアを倒す為にではない。
(俺が強くなれる手札は、簡単に考えれば……)
「邪神の力を完全に扱えるようになるしかないと考えているかしら?」
「っ!? ……心を読めるのかよ?」
「ふふっ、わかりやすいだけよ。でも、今はその考えを捨てなさい」
「何だと?」
輪廻に伸び代があるといえば、レベルアップによるステータスの上昇と邪神の力を完全に扱えるようになることしかないと考えていた。ここでは、ベルゼミアしかいないからレベルアップによるステータスの上昇は見込めないから、残った邪神の力しかないと思っていたが……ベルゼミアはその考えを捨てろと言う。
「……それは、俺に見込みがないということか? 完全に扱うことが出来ないと?」
「少し違うわね。私には邪神の力と言う物には詳しくないわ。何せ、神の力よ? 神の加護を持っていない私が教えることは出来ないわ」
「……それでも、俺にはそれしかないだろ?」
「ふふっ、ここでは邪神の加護の繋がりは生きていないわよ。だから、ここで邪神の力を扱うには不向きになっているわ」
「繋がり?」
「わかっていなかったのね。貴方は、常に邪神の加護で『破壊』の特性を邪神本人から供給されていたわ」
邪神の加護には未だに、読めない部分があった。その部分は、邪神から力を供給されていることの記載があり、輪廻が人間のままで『破壊』の力を扱えたのは、邪神の加護による繋がりがあったからだ。だが、今はその繋がりが切れている状態なので、輪廻に溜め込まれている分しか『破壊』の特性を使えなくなっている。
「…………充分、俺より詳しいじゃないか」
「それぐらいの知識は長生きしていれば、知っていることよ」
「なら、今は邪神の力に頼ることもなく、お前を倒せる程の力を得ろってことか」
「そうよ。普通なら、無理だけど…………貴方にはあるじゃない。貴方だけの力が」
自分にしかない力? 邪神の加護を除けば、思いつくのは特異魔法、邪剣カオディスアぐらいだ。だが、特異魔法は重力魔法から大気魔法へ変化というより、進化をしているので、伸び代があるとは思えなかった。
「邪剣に私を倒す程の力があると思う?」
否だ。邪剣は輪廻の成長と同時に育つ剣なのだ。当の輪廻が強くなっていないのに、邪剣が強くなれるとは思えない。
「貴方は選択肢を切り捨てていない?」
「切り捨てて?」
「今までの冒険を見せてもらったけど、邪神のこと以外でおかしなことが起きたこともあったわね。思い出して見なさい。そこにヒントがあるわ」
「今までのことで……」
おかしなことと言われても、すぐ思いつくことではない。しかし、選択肢を切り捨てていない? と言われたら、自分が伸び代はないと判断した中にあると考えられる。まさか、魔法なのかとぼそっと口に出したら――――
「どうして、魔法だと?」
「……長生きしているテミアとルフェアが魔法の変化、進化は見たことも聞いた事もないと言われたのを思い出してな」
「そう、私も無いわね」
テミア、ルフェアよりも長生きしている、ベルゼミアさえも魔法が変化や進化することは今まで見た事も聞いた事もない。
「そもそも、特異魔法は本人の本質そのモノだから、変わることは絶対に有り得ないわ。変わったとしたら、それは別人と言ってもいいぐらいよ?」
「しかし、変わったのは間違いないぞ」
実際に、輪廻の特異魔法は重力魔法から大気魔法へ変わっているのだ。それが、有り得ないことだと言われてもピンとこない。前例がなかっただけで、輪廻が初めて起こしたことなのかもしれないのだ。
「変わったのは、それが本来の姿ではないからよ。重力魔法、大気魔法でしたね、それさえも、貴方が使う魔法の一部でしかなかったとしたら?」
「まさか……」
ベルゼミアの考えでは、重力魔法と大気魔法は輪廻が持つ、本質の一部でしかなく、本当の魔法ではなかったとしたら。そう考えれば、まだまだ伸び代があると言ってもいいだろう。
「お喋りはここまでね。貴方の本質を理解し、本当の魔法を見せなさい!!」
ベルゼミアからヒントはもう終わりだと言うように、様々な形をした扉を複数、顕現してきた。ベルゼミアの強さは邪神モードになった輪廻を遥かに超え、その輪廻を叩き潰した攻撃がまた始まろうとしていた――――




