第百九十一話 雑談
テミアの母親と対面の場面だったのだが、輪廻に目を付けたことに気付いたテミアが突然に王座前へ移動して、右ジャブを放っていた。
「お母様、私の御主人様に色目を付けないで下さい。歳を考えてくださいよ」
「あら、我が娘にして、言うようになったじゃない。歳のことを言うなんて、自分にもブーメランが返っていることに気付いてないのかしら?」
ベルゼミアはにこやかの笑みを浮かべ、拳を受け止めていた。
「あ、私は20歳ですよ? 新しい身体を得たので。残念でした――! ぷぷっ!!」
「見ない内に、気品を何処かに捨てたみたいですね。安心しなさい、残念な頭でも私の娘であることは許します。だって、馬鹿は可愛がるのが一番だと聞いていますので……」
久しぶりに会った母と娘。だが、話の内容がおかしい。更に、突然に物理のシャブを放ったテミアに対して、母親のベルゼミアも娘の拳を軽く受け止めて、朗らかに笑いながら言葉の応酬を交わしていた。
そして、そこでようやく驚愕していた警備員のリーダーが気付いて、テミアを止めに入ろうとしていたが……
「大丈夫ですよ。こんな馬鹿頭で気品欠片もない女性であっても、間違いなく、私の娘なので」
「む、娘ですか……、えっと……」
ベルゼミアに止められて、脚を止めたリーダー。そして、どうしてこの場に来たか、どうやって説明しようかと迷っていた。我が娘と呼んでいるあの女性が、災害とも言える事を起こしてしまいました、と言うべきかと……。しかし、ベルゼミアはわかっているように、頷いてから、座ったまま脚払いをし、自分の膝へ頭を押し付けていた。
「くっ! 相変わらずの馬鹿力!」
「貴方もでしょう? この力、筋力は10万も超えているじゃないの。誰に似たのやら……」
輪廻達は驚いていた。あのテミアを一本の手だけで押さえ込み、それを苦だと思わずに微笑みを浮かべているのだ。
「この件は私が預かります。なので、貴方達は警備に戻りなさい」
「ははっ!!」
この場に輪廻達がいても、ベルゼミアの命令ならすぐ聞かなければならない。その言葉を聞いた警備員はリーダーを含めた数人はすぐ王の座から退出した。この場に残ったのは、王のベルゼミア、輪廻達だけになる。
「馬鹿娘の主人になる人間、輪廻君ですね?」
「あ、ああ。そうだが……」
「何故、知っているのか疑問ですね? そして、目的も。それらは、ずっ――――と、見ていたから知っているだけですよ」
「ず、ずっと見ていた?」
魔界に来ていたのを見ていただけでは、輪廻がテミアの主であることや、目的も知ることは無理の筈だ。つまり、ベルゼミアがずっと見ていたと言う事は……
「相変わらず…、お母様は覗き魔ですね……」
「覗きではないわよ。ただの観察よ」
「同じでしょう!! っ!?」
テミアの頭からギリギリと音が強まり、テミアは黙ってしまう。押さえ付ける力が強まり、窒息しそうな体勢になっていた。
「の、覗き?」
「違います。観察と言ってください。私の魔法はゼアスの世界を見ることが出来るので、貴方達の動向を知り、その目的も聞いています」
「魔法だと? あと、テミアを放してくれないか?」
「あら、もう少し、お仕置きを続けたかったけど、娘の御主人様が言うなら仕方が無いわね」
そう言い、ようやく手を放してくれたテミアはすぐ輪廻の隣へ跳躍していた。
「……すいません。お母様のエロイ目にイラッとしていまい、つい殴ってしまいました」
「やっぱり、もう少しお仕置きした方が良かったかしら?」
「待ってくれ、話が進まない。テミアも少しは黙りなさい」
「はい……」
この母娘のやり取りは特殊すぎて、輪廻は着いていけなかった。そして、輪廻は気になった。魔界にいて、ゼアスの世界を見ることが出来る魔法とは?
「ゼアスの世界を見ることが出来るとか、どんな魔法か聞かせても?」
「構いませんわ。私の特異魔法、『門界魔法』でゼアス、魔界の世界へ繋がることが出来るのですよ。その魔法でちょくちょくと観察をさせて頂きましたわ。あ、もちろん、夜の営みは見ないでおきましたので安心して下さいね――――」
「覗き魔なのは間違っていないじゃない!?」
「一番声が大きかった黒エロフは黙ってください」
「なっ……」
一番声が大きかった黒エロフと言われ、口がパクパクと声が出なくなってしまうシエル。シエルは夜の営みのことを言われていると思っているようだ。
「まさか、娘の営みも見ているのかのぅ?」
「ふふっ、まさか、見る訳ないでしょう? それに、私は一度も嘘を言ってはいないわよ?」
「え、でも! 一番声が大きかったとか! 黒エロフとかは!?」
「貴方が一番大きいのは確かでしょう? 戦いでも大きな声で叫び、娘に苛められた時も、良く大きな声で泣いているでしょ? それに、黒エロフなのは間違っているのかしら?」
「ぐぅっ!! 声が大きいのは…ま、間違ってはいないけど!! って、黒エロフはメイドが言っていた悪口であって、私はそんなにエロくないからね!?」
「おいおい、話が逸れているぞ。ベルゼミアさんもシエルを苛めないで下さいよ?」
「うふふっ、我が娘が良く苛めるのだから、苛めたら楽しいのかなと思って。結構ストレス解消になるわね」
「娘がやったからと、母親もやらないで下さいよ!?」
「うふふっ、ごめんなさいね。『門界魔法』のことでしたね、この魔法は二つの世界を繋ぐ力を持っていて、こっちにいてもゼアスの様子を見ることが出来るわよ。そして、魔界にいる人をゼアスへ送る事も可能よ」
つまり、テミアが言っていた事は本当のことだったようで、ベルゼミアはゼアスと魔界の世界を繋げることが出来、ゼアスへ戻るのは簡単のようだ。しかし、その力がゼアスと魔界だけの世界に限定されていることに気になった。世界は二つだけではないのを輪廻は知っている。輪廻がいた地球もあるのだから、そっちに道を繋げることは出来ないのかと聞いてみたら――――
「ごめんね。その地球? という世界へは繋げることが出来ないわ。この力はゼアスと魔界だけの魔法であり、私が知らない世界や地球と言う魔法がない世界へ繋げるのは不可能なの」
「ゼアスと魔界だけの魔法? なぁ、ベルゼミアさんは魔界生まれ、ゼアスがあるのを知ったから、繋げる事が出来たと言う事? それか、最初からゼアスと魔界、二つの世界を繋げるだけの魔法なのか?」
「その質問は、後者が正解ね。私は魔界で生まれ、最初から魔界とゼアスのことを認識していたわ。どうやってかは詳細にわかっていないけど、『門界魔法』があったから、赤ん坊であった時もゼアスがあることも知っていたわ」
どういう原理かわからないが、ベルゼミアは生まれた時からゼアスと魔界と言う二つの世界があることを認識出来たと言う。つまり、『門界魔法』は二つだけの世界を繋げる魔法でしかなく、地球のことを詳細に知る機会があっても、決して繋げることは不可能と言う事。
もし、地球へ繋げることが出来たなら、啓二達に教えてやろうと思っていたが、そう簡単に事が運ぶことはなかったようだ。
「そうか。詳細に聞いて悪かったな」
「構いませんよ。この力の詳細を教えても、戦闘面では不利になりませんし、貴方は娘の主人であり、馬鹿で気品がない娘であっても、大切にして頂いているので、そのお礼だと思ってください」
「馬鹿とか気品がないのは余計ですよ」
テミアは頬を膨らませているが、さっきみたいに殴りこみに行かない。娘を大切にしている母親の気持ちを知ったからなのか、よく見ると頬を少しだけ赤くしているのが良くわかった。
「では、本題に入ろうかしら?」
ここまでは雑談だったが、これからは輪廻の目的に関わる事を放す事になるだろうと考えていた輪廻だったが――――
「今回の森を破壊してしまったことなんだけど……」
本題とは、そっちの事だった。雑談で半ば忘れていたことだったので、あっと声を漏らしてしまう輪廻達――――




