唯、変わる世界の代わらない色。
ここでの初投稿になります。良く分からない感じになってしまいましたが、宜しくお願いします。
雪は止まない。
曇天から舞い落ちてくる。
見上げれば、額、頬、鼻、唇、顔全てに、白い結晶が触れては色を失い、泪に成る。
時たま気紛れに扇ぐ風は、白粉を流し、又は肌の表面を逆撫でる様に小さな山を作って行くのだ。
寒さが身体を包む、囲んでいく。
エネルギー変換によって生み出された熱を上部から吸い取っていく。
「寒い」
たった一言でその感覚は言い表す事が出来た。
下には厚いブーツ、長いズボン、暖かいコート、二重の手袋、首にマフラー、頭部に被せられた毛糸の帽子を身に付けても尚、凍えるような寒さは防げない。在りとあらゆる隙間から縦横無尽に吹く風は入り込んでいく。体温を吸い取っていく。
「だからと言って、流石に其れは着すぎだと思うのだけど?」
幾ら温かい格好をしても寒いと言う人物に向けて、緑色の髪の青女は呆れたように口を出した。
非難する口振りだが、そう言う彼女も大概と思われる厚着、重ね着をしている。
「説得力がない」
不満と言うより、ぼやく様に人一倍厚着をした人間が言うと、青女が心外だと反論。
「一般的世論では間違ってはいないと思うわよ?」
「此の御時世に良くもまぁ言える発言だな、緑」
厚着二人の会話に軽口を叩きながら一人の青年が入って、緑と呼んだ青女が巻く、色褪せたマフラーを軽く引く。
形状的に首をしめられた形に為った青女・緑は、やって来た青年を眼鏡のレンズ越しに嫌がる目を向けた。
「あぁら、黄琉。あんたも見に出てきたの」
「何故か殆どの奴に出会い頭で嫌な顔されるのってアレか、一種の習慣ってやつ? 其れとも、青辺りが噂らしく広めたとか?」
「喜ばしい事に両方とも不正解♪」
「うん、オレ的には全然喜ばしく無いなぁ♪」
愉しげな笑顔で、端から見ても険悪なやり取りを繰り広げる二人。 口調ばかりが盛り上るだけで、周囲の体感温度は徐々に下降していく。
年上の言葉の投げ合いを横から眺める羽目になった厚着少年・青は、唯、眺めるだけ…否、眺めることにも興味が無いように、視線を投げているだけ。
しかし、其の状態は長く続かなかった。
「あっおーーーーーー!!!」
ぴくりっ 揺れたように少年にしては華奢な肩が上下した。そして、僅か一秒程で素早く黄琉の後ろに身を引き、
「何故に其を謂れな……………ッんが?!」
事前に察して身をかわしていた緑を通り越して、赤い一線が黄琉の腹部に飛び込んだ。正確にはめり込んだ。
「ふおぐ!!」
飛び込まれた勢いとめり込まれた衝撃で、合間無くの二撃を浴びせられた青年は、奇叫を短く漏らし、何かを誤魔化すように引きつった笑みを浮かべ、突撃をした赤い何かを引き剥がす。
「ちょぉー……‥と、何をしてんだい、紅さんよ」
「何って……‥…青宛のスキンシップ?」
剥がれた赤い…少女は、当然の事だと疑いもしないで何で? と言わんばかりに可愛げな動作で小首を傾げた。
此の少女に何を言っても無駄だと解っている黄琉は、それ以上の少女に対しての追及・質問を諦め、対象を青に移す。
「あ~お~? わざとオレの後ろに隠れただろ」
「別に」
「なら何でオレの後ろにいるんだよ?」
「回避すれば、何ら問題無い」
「回避出来てないから現状が成り立ってるんだけど」
避けられなかった事に関していえば、自業自得なのだが。
黄琉は自分の事は棚にあげ、悪いのは青にあると言う。
「こう言うのを醜態を晒すと言うんだったかしら?」
見かねた、退屈してきた緑が、ようやく離してもらえたマフラーの先を摘まみながらに言い放った。暇潰しと言わんばかりに。
「高見の見物かい、ひまなんだな? 緑」
「私達が暇なのは良いことだと思うのだけど?」
黄琉の挑発的発言にも当然の事で返す緑。
矢張、犬猿の仲の如し。
「ねぇねぇ青。緑と黄琉って仲が良くない??」
会話が自身に向かなくなったと思った赤い髪の紅は、そそくさと黄琉から離れ、青の片腕へとへばりつく。
青は、別に振り払わず、淡々と言葉を掛け合っている二人を見る。
「……‥………………別に」
仲が言いようにはどう見ても見えないが、青に悪いと言い切れる程の確証は無い。
「ふーん……?」と、納得出来ない、けれど其処迄気にもならない、曖昧な生返事を紅が洩らす。
刹那。
…ォッ!!!!
低い唸り風と同時に、結晶達が舞い踊った。
「……‥ぅわうっ!」
四人の赤、青、緑、黄の髪が各々に揺れ、白色の世界を泳いだ。
下から上へと、上昇気流の様に風が扇ぎ上がる。十センチ程度に積もっていた雪の表面の部分は、強風によって再び天に昇った。風の気分で、不安定に揺れながら、文字通り、舞い昇る。
長く続くと思われた其れは、数十秒もすれば、牙を抜かれたように大人しくなった。
「ヒュー すっご」
鉛色の重い空を見上、黄琉が口を鳴らした。
雪が、降らない。
「否、巻き上げられたせいで、上空高く迄雪が上がった為に一時的に止んだだけね」
緑は論理的に何故を考え、答えを出した。
対して、黄琉はにやけた笑みを浮かべ、
「そう言う事を考えずに、もう一度雪が降る瞬間を見れるとか考えられたら良いのにな、お前って」
「合理・現実主義者なんでね」
現実に有るもの、存在するもの、目に見えるモノしか信じない。其れも何ら間違いの無い、列記とした信条である。けれど、
「目に見えないモノの方が、大切なときは……‥在るだろ」
黙りを決め込んでいた青が、珍しい長文で意見をはっきり告げた。
一瞬呆気に取らる緑と黄琉に、今の世界がそうだろう、と青は続ける。
「【狂】は形にでなければ、判らない。容を取っても不確か。其で覆われている世界は目に見えない、不確かな、儚い、いつ崩れても可笑しくない、そんなもの……‥だと、考えられる」
だから、大事な事柄の全てが確かな事は、無い。
茫然と立ち尽くす二人に言い終わると、青はマフラーに顔を埋め、もう喋りたくないと言うようにそっぽを向く。
そして、暫しの沈黙の後に開口されたのは、
「じゃあ、儚い物って雪だね!」
「「は……‥……?」」
紅の文脈を完全に無視した発言に、二人は呆れた。
「紅、話、聞いてた……よな?」
疑いながらも、そうであって欲しい、と思い、訊くと、
「勿論!! 儚い物が、何なのか、だよね、?」
全く理解していないことが判明した。
青はどうせそうなるだろうと、否、三人ともそう考えていた。
長い深紅の髪の、赤瞳の、この中で最も生きてきた年月の短い少女は、この中で最も変わった、奇妙な少女でもある。
一番に狂っている。
だからといって、少女には変わりはなかった。
足元に積もった氷を掬い上げ、指と指との隙間から水気の少ない氷粒が落ちていく。
「ほら、雪ってこんなに綺麗なのに、暖かい物に触れると直ぐ無くなっちゃう。『儚い』モノだよ」
雪はまだ降らない。しかし、紅の手から下には大粒の『雪』が降る。
彼女の言う通り、雪こそ儚い物なのかもしれない。
外部からの影響で容が左右され、逆に其によって人間や生物に影響があらわれる。
「でも、実は一番変わらない確かな物も『雪』よね」
緑が、垂れ込む雨雲を見上げた。
世界は変わってしまった。
空はマーブル状の異色に染まり、海は深海迄濁り、大地は生命を脅かす枯れ果てと成った。
人間の数百年は長くとも、星の数百年はほんの一瞬。
たかが一瞬で世界は世界の貌を変えた。
何もかもが変わり逝く中で代わらなかったモノなんて、有りはしないだろう。そういったノーベル賞を獲るほどの偉人でさえ、正しい事は正しく述べられるか解らない。
変わらない確かな物もあったのだ。
ハラリ と桜が舞うように落ちる粉雪。
其の遥か高さで威圧を感じさせる水蒸気の固まりは、何百年経っても代わらない。
「わーっ!」
紅が、両手を広げ、長い赤髪を乱し、ザザザッ と僅かに積もった雪の上に大の字で寝転ぶ。
白いキャンバスに花が咲いたようで。
「ほぉらっ! 青も!!」
「えっ」
道連れの様に青のコートを紅が引っ張り、其のままドスンッ と尻餅をつく。すると、氷に着けた箇所から冷気が伝う。
「寒い、冷たい」
「珍しくあんなに口を動かしたんだから、体熱ってるでしょう?」
「偶にはのんびりしたらどーよ」
雪に座る二人を、青年青女が見下ろす形で見る。
雪時々雨。
世界は狂った事によって以前の面影は無い。
けれど、今日は数百年前と同じ色の空が見えるだろう。
Fin
色が中心のつもりでした。