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グレ子さん  作者: AAA
8/8

終章~~ヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ~~

 朝、姿見は小鳥の囀りで目が覚めた。布団の中から顔だけ出して外を見ると、窓の外から入り込む光がカーペットの上に長い跡を作っている。瞼を半分閉じたまま、ベットの上に置かれた時計を確認、時刻は六時を過ぎたところだ。

 姿見は無言で布団の中に入り込むと瞼を閉じる。普段ならそのまま夢の世界へ旅立つのだが、今日はどれだけ目を瞑っていても意識が途切れない。

 何でだ、と姿見は疑問に思うと同時に答えを感じ取った。腹が物寂しいのだ。幾ら二度寝しようしても、胃が食べ物を求めて眠れない。姿見は昨日の夜、何も食べていない事を思い出した。

 グレ子がカプセルを飲んで消えた後、姿見は日ノ本達の車で自宅まで丁重に送り届けられた。姿見は自分でも驚くほど抵抗なく、日ノ本と一緒の車に乗れた。道中、日ノ本は一言も話さなかった。姿見も話す事はなかった。

 家につくと黒一色に染められた窓が、姿見を出迎えた。初めてこの家に来たときと同じ感覚に囚われた姿身は、凍える心を暖める為、布団の中で小さくうずくまり、そこから先の記憶はない。気付いたら朝になっていた。


「…………飯、作るか」


 姿見は布団の中から這い出る。土ぼこりで汚れた制服が布団の中から姿を現した。制服から出た四肢は土がついて茶色に変わっている。

 姿見は床に放り出されていた松葉杖を手に取った。猫背のままナメクジの如き動きで部屋を出ようとした姿見は、机の上に置かれた鏡で前髪を確かめる。ウィッグが取れているような事はなく、いつも通りのキタローヘアーが写っていた。

 姿見は鏡の隣に置かれた名刺に気付く。帰り際に日ノ本が渡したものだ。その時、整形の件は有効ですので、気が向きましたら連絡下さい、とも言われた。

 姿見は名刺の両端を持って破ろうとするが、少し破れ目ができた所で指を止める。震える指先はそれ以上力を入れる事が出来なかった。姿見は舌打を一つ、名刺を鏡の下にそっと差し入れた。

 片手で手すりを掴み、ケンケンの要領で階段を下りる。階下からベーコンの焼ける匂いが鼻腔をくすぐり、遅れて油のはねる音が耳を打つ。

 姿見が台所に顔を出す。フリルのついたロングスカートと手首や襟元にレースをあしらった薄い青色のシャツ、その上に薄こげ茶色のエプロンを着けた小柄な人影があった。人影は姿見に気付いたようで、灰色の頭で振り返り、真っ黒な瞳を姿見に向けて言う。


「起キテシマワレタンデスネ。今、朝食ヲ用意イタシマスノデ、居間デオ待チ下サイ」


「ああ、分かったよ、グレ子さん」


 姿見は素直に頷く。居間のソファに背を沈めて、テレビの電源を入れる。テレビでは倒壊した建物を背景に、背広姿のアナウンサーが興奮した様子で何事かまくし立てている。


「…………て、グレ子さんっ!」


 姿見は勢い良く台所の方を振り返る。居間から台所の続く引き戸の奥に、フライパンに卵を落とそうとするグレ子が居た。

 昨日消えたはずのグレ子が朝食を作っている。

 姿見は喜べばいいのか、戸惑えばいいのか分からず、その場で固まってしまう。

 チンッ、とベルを鳴らした音が鳴り、オーブントースターから良く焼かれた食パンが取り出された。フライパンからベーコンエッグが皿に移され、冷蔵庫から牛乳が手に取られた。全てをお盆に載せて、グレ子が居間に入ってくる。


「姿見様、朝食ノ準備ガ出来マシタワ」


 グレ子は皿を盆からテーブルに移す。


「ああ、ありがとう……て、違うっ! グレ子さん、消えたんじゃなかったの?」


 姿見の疑問に、グレ子は首を傾げる。


「消エル? 何ノ事デショウカ」


「いや、だから、昨日、カプセルを飲んで、その後、光りながら消えたじゃないか? どうして復活してるんだよ」


 姿見は混乱する頭を抱えながらグレ子を観察する。肌の色、顔の形、背格好、どこから見てもグレ子で、他の宇宙人がなりすましているとは思えないし、そんな事をやる意味はないだろう。

 しかし、目の前に居るグレ子が本物ならば、昨日見た光と共に消えたグレ子はなんだったのか。まさか、クローン? と疑い目のを向ける姿見。


「アノ暴走デスカ。アレハ暴走シタダケデスヨ」


「だから、その暴走で……あー、その」


 姿見が語尾を濁して伝えようとするが、グレ子は姿見を見つめたまま動かない。暫く迷っていた姿見だが、思い切って直球を放る。


「暴走で死んだんじゃないの?」


「アア、ナルホド、姿見様モ勘違イサレテイタンデスネ」


 グレ子が華やいだ声を上げて、両手を打つ。


「アノ成分ハ、環境適応機能ノ促進ヲ促スモノデス。大量ニ摂取スルト、環境適応機能ガ暴走シ、高温ヲ発シナガラ周辺環境ニ合ワせテ身体ヲ成長サセルンデス。今ノワタクシハ、コノ星ノ環境ニ完全適応シテオリマス」


「なんだよそれ。こっちはグレ子さんが異様に避けるから、毒か何かかと思ったのに、取り越し苦労かよ」


 姿見は襲い掛かる徒労感に負けて肩を落とす。


「ソレモ間違イデハアリマセン。可能性ハ低カッタノデスガ、地中ノ環境ノ適応シテシマウ可能性ガアリマシタワ」


「そうなってたら?」


「ワタクシノ車ニモ戻レマセンノデ、一生、土ノ中デスワ」


 姿見は眉を吊り上げる。可能性がどれぐらいか知らないが、グレ子は一生をセミの幼虫の様に暮らしていたかも知れない。そんな危険な事をやらせてしまった自分が不甲斐なく思う。

 姿見の気持ちを察したのか、グレ子が弁明する。


「姿見様、オ気ニナサラナイデクダサイ。星ニ降リル前ニ、キチント対策ヲトッテイマシタカラ、ソレホド高イ確率デハアリマセンワ。ソノ上、昨日ハ問答ノ最中ニ更ナル準備モ出来マシタ。地中ニ適応スル確率ハ、精々、百万分ノ一程度デス」


 交通事故で死ぬより低い確率に、姿見の体から力が抜けた。昨夜からずっと後悔していた自分がピエロの様に思えた。

 ふと姿見の中で悪戯心が湧き上がってきた。半日近く暗い想いをさせられたのだ。少し位の意趣返しは当然だろう。

 姿見は唇を突き出しながら、土で汚れたテーピングを指差した。グレ子が杏子をよけた為、山を転げ落ちてできた捻挫だ。


「だったらあんなに必死になって逃げる必要なかったんじゃないか」


「申シ訳アリマセン。安全ノ確証ガナカッタノデス。島デ、アノ植物トノ接触ヲ避ケタノハ、高温状態デ地下ニアル液体ヤ可燃物ト接触シ爆発ガ起キル可能性ガアリマシタ。言イ訳ニナリマスガ、周辺環境ヲ調査出来ナカッタ為、過剰反応セザルオエマセンデシタワ」


 肩を狭めて俯いたグレ子を見て、姿見は決まり悪そうに頬を掻いた。グレ子に道具の使用を禁じたのは姿見だ。日ノ本からのお願いだったが、それでも姿見も賛成した。その責任はある。その命令がここまで尾を引いてしまったのだ。姿見にグレ子を責める事は出来ない。


「ま、まぁ、ともかく、二人とも無事だったんだし、めでたし、めでたしだな」


 姿見は話しはこれで終わりとばかりに、グレ子が作った朝食に手を伸ばす。ベーコンエッグとトーストと言う簡単な品物だが、空腹は最高の調味料となり、姿見には最高のご馳走となった。


「ふぅ、ごちそうさま」


 僅か数分で食べきった姿見が手を合わせる。

 静かに姿見の食事を見守っていたグレ子が、唐突に口を開く。


「姿見様、ワタクシ宇宙ニ帰ロウト思イマス」


 一瞬、驚きで目を見開いた姿見だが、すぐ納得した。現在グレ子は日本政府と敵対状態なのだ。無害だったとは言え、毒殺するつもりで作ったカプセルを飲まされた。今回は無事に済んだが、次回も無事とは限らない。


「まぁ、仕様がないよな。命を狙われたんだ。あ、でも、一緒には行かないからな。美熟女、美女、美少女、美幼女のいない世界なんて、ノーセンキュー」


 姿見は胸に一抹の寂しさを感じながらも、きっぱりとした口調で言った。


「ハイ、コレ以上、姿見様ノゴ迷惑ニハナレマセン。遠ク衛星軌道上カラ、見守リシテオリマスワ」


 衛星軌道上から見守る。それなんてストーカー?

 姿見の背中がじっとりとした汗で冷たくなる。

 おはようからおやすみだけでなく睡眠中も人知れずグレ子に監視されている日々を想像し、姿見は鳥肌がたった。今までもずっと監視されていたのかもしれないが、姿が見える分だけマシである。話し合い次第では止めてくれるかもしれないのだから。


「あー、グレ子さん。怪我人を捨てて帰るの? 迷惑と言うなら、今帰られるほうが迷惑なんだけど」


 見えないストーカーより、見えてるストーカー。そんな格言を姿見は胸にしまいこむ。


「デスガ」


「だからさ、もう良い、て言うまで看病してくれない?」


 脂汗を滲ませた姿見は柔らかな笑みを作る。


「……マタ、昨日ノ様ニ、危険ナ目ニ合ウカモシレマセンヨ?」


「だった、グレ子さんが守ってよ」


「ワタクシハ、コノ星ノ常識ニ疎イノデ、キットゴ迷惑ヲオカケシマス」


「そんなの迷惑のうちに入らない」


「ワタクシ、ココニ居テ、宜シインデスカ?」


 グレ子が黒い瞳を心なしか潤ませながら尋ねる。姿見はやけくそ気味に頷いた。


「いいから、四の五の言わず、ここに住め」


 グレ子の頬が赤く変わる。


「グレ子ハ、グレ子ハ、幸セモノデ、ぷしゅー、ぷしゅー、ぷしゅしゅしゅしゅーーー」


 そして、発熱した。一瞬で燃え上がる衣服、床のカーペットやテーブルに火が移る。


「ぎゃあぁあぁあぁぁぁ、言った先からこれかよっ!」


 姿見は燃え上がる家から犬の様に這って逃げる。背中から感じる熱に生命の危険を感じる。迫り来る熱風の恐怖を振り払いながら、何とか居間の窓から外に転げ出た。

 甲高いブレーキ音が背後から姿見の耳に突き刺さり、続いてドアの開く音が聞こえた。複数人の足音が聞こえ、その内の一つが姿見の隣で止まる。

 姿見が顔を上げると、少しスーツが乱れた日ノ本が居た。


「鑑さん、確認しますが、グレ子さんがこの中に居ますね」


 姿見が頷くと、日ノ本が天を仰いだ。


「党の本部が謎の攻撃で全壊した時から嫌な予感がしていましたが……私の睡眠時間と美容を返せぇぇぇぇぇぇっ!」


「そんなん、どうでもいいから、さっさと消火しろよ、公務員」


 日ノ本の雄たけびに姿見が怒鳴り返す。日ノ本は鼻で笑ってから言った。


「非納税者及び非選挙民が何言ってるんですか。面倒くさいので全焼してから、立て直します。幸いあたりは田んぼだらけ、飛び火する可能性は低いですからね」


「仕事しろよっ、このクソ公務員」


 そこに再度ブレーキ音が鳴り響く。

 今度はなんだ、と姿見が振り向き、最悪だ、と呻く。ママチャリに乗ったわらしべが燃え上がる家を目を輝かせて見ていた。日ノ本とわらしべの相手をしながら、火事をどうにかする。その重労働に、姿見の肩が重くなる。

 姿見の気持ちを知ってか知らずか、わらしべが笑顔を向けてくる。


「おおー、昨日の事が心配で着てみたら、今日もいい感じで炎上してるじゃぁん。ナイスよ、姿見ぃ」


 わらしべが懐からケイタイを取り出し写真を撮り始めた。


「長者さん、何やってるんですかっ!」


 日ノ本が慌てて止めに入る。

 グッジョブ、役人。姿見の気分が少しだけ軽くなる。


「撮るなら、居間が写らないように撮って下さい。火の中に人影が見えると、後で私の責任問題になります」


「そんなこったろうと思ったよ、ちくしょぉぉぉぉおおおおっ」


 火の手は二階へも移り始めた。姿見は乾いた笑みを浮かべて、燃え上がる自宅を見つめる。


「鑑さん、気を落とさないでください。きちんと税金で耐火性抜群の家に建て替えます」


「姿見ぃ、これ新聞に載るんじゃね? うっわ、今から夕刊が楽しみぃ」


「お前らには血も涙もないのかっ!」


 姿見の言葉もどこ吹く風、全く痛痒を感じた様子もなく、日ノ本とわらしべは燃え上がる家を見物する。

 家の倒壊が始まった。屋根がくぼみ、壁が倒れ、まるで潰された缶のように家がぺしゃんこになる。さらに時間が過ぎ、燃え尽きた家の中心には、灰色の肌をさらしたグレ子が頬を押さえて立っていた。

 グレ子は姿見を見て弾む声で言う。


「姿見様、グレ子ハ嬉ウゴザイマス」


「やっぱ帰れ、お前!」


「何トゴ無体ナオ言葉、ヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ」

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