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グレ子さん  作者: AAA
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第二章~~資源ヲ娯楽ニ消費スル文化ガアリマセン~~  前半

 姿見が燃える校舎が逃げ出ると、入れ替わりで防火服に身を包んだ消防隊員が校舎に入っていた。いつの間にか来ていた日ノ本が真っ青な顔で電話に怒鳴り散らしたり、全生徒が救急車で連れ去られたり、宇宙服を着た一団が怪しげな装置を持ってやってきたり、と色々あった。

 一部始終を見ていた姿見は、美少女が顔を怪我してないだろうか、と心配したが、すぐに美少女は他の学校にも居る事を思い出し胸を撫で下ろした。

 そして、校舎改修の為、一週間の休校となる。

 突然の休校で暇になった姿見は清く正しい高校生として朝早くからソファに身を沈めて、昨日借りてきた『忘れて欲しくないけど、やっぱり忘れられちゃう雪』のDVDを見ている。

 グレ子達は部屋から出てきていない。昨日は遅くまでパーティーみたいだったので、まだ寝ているのだろう。姿見は誰に気遣う事もなく、誰かに振り回される事もなく、時間の浪費を楽しんでいた。

 テレビが主人公の医者が十年前に会ったヒロインと再会し、お互いの闘犬を見せ合う場面、このドラマの見せ場に来た時、玄関のチャイムが鳴った。


「いいとこなのに」


 姿見はDVDを一時停止して、のっそりとソファから立ち上がる。


「こんな朝から、誰だ?」


 ピンポーン

 再度チャイムが鳴る。


「はいはい、今あけますよー」


 サンダルを履いた姿見が玄関の引き戸を開ける。

 土下座した日ノ本が居た。


「お願いがあって参りました」


「うん、それは見たら分るから、さっさと入れ。誰かに見られたら、どんな噂が立てられると思ってるんだよ」


 平穏な朝が崩壊する音を聞きながら、姿見は日ノ本を居間に通す。

 ソファに日ノ本を座らせ、姿見はグレ子を呼びに二階へ上がった。手前にあるグレ子の部屋は素通りして、自分の部屋に入る。

 薄いブルーの絨毯を踏み越えベットの前に立った。ベットの上にかけられた薄ピンクのタオルケットが人型に膨らんでいる。


「フン」


 姿見が気合を込めてタオルケットを引っぺがすと、緑色の着ぐるみが現れた。着ぐるみの顔は透明で、中身の灰色の頭が見えた。この着ぐるみがグレ子のパジャマだそうだ。寝ている間にうっかり、体温を上げすぎたり、目からビームを飛ばしたりしても、周囲に影響を与えない代物らしい。

 鉛筆のように真っ直ぐ寝るグレ子の隣では、わらしべが腹を出して爆睡している。

 昨日の火事の後、宣言通りわらしべは姿見家に押しかけてきた。姿見とグレ子以外、家に住んでいなかった事、巨乳を揉める事、おっぱいを揉める事、胸を揉める事、という幾つかの事情が重なり姿見はわらしべの同居を快諾したのだ。

 そして、わらしべ主催のわらしべ歓迎パーティが執り行われ、姿見の部屋で夜遅くまでゲームをしたり、おしゃべりをして騒いぎ、気付けば三人ともベットの上で寝ていた。

 あれは酷かった。何でわらしべは炭酸水で酔えるんだ。昨日のパーティを思い出し、姿見は口元を緩ませる。


「おーい、グレ子さん」


 グレ子の上半身がリクライニングシートのように一定速度で起き上がる。まだ、瞼を閉じているのか、顔は灰色一色だ。上半身が直角に折れ曲がった所で、灰色の頭に黒い丸が二つ現れた。

 グレ子の瞳にギョ、としながらも、姿見は用件を告げる。


「日本政府の日ノ本さんが来ているから、下、降りてきて」


「……ハイ、分カリマシタワ」


 睡眠が足りないのかグレ子はワンテンポ遅れて頷いた。


「それじゃ、待ってるから」


 そう言って姿見は部屋から出た。階段を下りると、台所の冷蔵庫から麦茶と二人分のコップを持って、居間に戻る。

 居間ではスーツをシャキと着た日ノ本が窓の外に広がる水田を眺めていた。既に田植えは終わっており、稲が緑色の泉となっている。

 きつめの目じりと頬を緩めて窓の外を見る日ノ本を見て、姿見はポロ、と本音が漏れた。


「なんだ、まだ居たんだ」


 日ノ本がハハハハ、と乾いた声で笑う。


「ここなら座って休憩しても、何も言われませんからね。学校半焼の後処理で、うちのスタッフは全員、不眠不休で働いてるはずです」


 日ノ本の恨みがましい視線に姿見の体から冷たい汗が噴出してきた。学校の弁償、とでも言われたら路頭に迷うしかない。


「お疲れ様です」


 姿見は日ノ本の前に跪き、麦茶をコップになみなみと注ぎ差し出した。日ノ本は嬉しそうに目を細める。


「まるで、ホストですね」


「テレビで勉強しました。あなたの為に」


 姿見は顔を上げて爽やかな笑みを作る。


「いいですね、その台詞。東京で議員の警備でクラブに行った時を思い出します。あそこはいい所でした」


 日ノ本がどこか遠くを見つめ、しみじみと呟いた。

 税金でクラブに行くなよ、と思った姿見だが口にしない。言えば藪から蛇が出てくる事が分かりきっていた。藪から蛇を出さない為、姿見は更なるサービスを日ノ本に提供する。


「こちらがお茶請けになります。地元の名産です」


「気が利きますね」


 姿見はせんべいやおつまみ等、米菓を盛り合わせた皿を日ノ本の前に置く。


「お疲れでしょう。肩、おもみします」


「ええ、お願いします。ずっと仕事だった所為か、肩がこって仕方がないんですよ」


 これ見よがしに肩を叩く日ノ本の背後に回り、姿見は丹念に肩を揉む。

 姿見が至れり尽くせりのサービスを行っていると、階段の軋む音が下りてきた。


「オ待タセイタシマシタワ」


 姿見が居間の入り口を見る。グレ子が二階から降りてきた所だ。今日はフリルが過剰についたゴスロリ風の服を身に着けている。

 姿見は一昨日の服装を思い出し、フリルが好きなのか、と考えていると、グレ子が日ノ本の対面に座った。姿見もホストごっこはやめて、グレ子の右隣に座る。


「ソレデ、要件ハ何デショウ」


 日ノ本は覚悟を決めたように姿勢を正して、深々と頭を下げる。


「今回の火事や前回の山火事をもみ消す間、小さな島でバカンスを楽しんで頂けないでしょうか。一週間ほどになります。幸い学校も休学となりますので、どうかお願い致します」


「……日本トワタクシハ、互イニ不干渉ダッタト思イマスガ、約束……ヤブルンデスネ」


 姿見の背筋が凍った。

 グレ子の声は柔らかでありながら、どこか冷たさが感じられた。まるで綿雪だ。失望した人間の口調に良く似ている。

 姿見の胸が早鐘を打ち鳴らす。


「グレ子さんと内閣が取り付けた不干渉条約は知っております。非常に失礼な話だと分かっておりますが、どうか、どうか、お願い致します。

 山火事一回。校舎半焼一回。謎の飛行物体目撃証言多数。ご近所やクラスメートからの情報漏洩。それら全てに対処するだけで私達の部署はもう限界です。どこもかしこも仕事量の多さにパンクしかかっています。

 このままでは、早晩、グレ子さんの事が全世界に知れ渡ってしまいます。どうか後生ですから、孤島でバカンスを楽しんで頂けないでしょうか」


 日ノ本は頭を下げたまま微動だにしない。日ノ本が組織の窮状を訴えている間、グレ子の空気がよくなる事もなかった。

 姿見には、寧ろより冷たくなったように感じた。


「残念デス。非常ニ残念デス。ワタクシハ、約束ヲ破ル方ヲ信用出来マセン。一度破ラレタ約束ハ、マタ破ラレルカラデス。破ル理由ハ、ソチラノ事情デショウ」


 日ノ本の肩が震える。膝の上に置かれた拳が、真っ白になるほど強く握り締められていた。

 これ以上はまずい、と感じた姿見は肺にたまった空気を一気に吐き出す。


「ワーイ。島でバカンスなんて素敵じゃないか、ハッハッハッハッハッハッ」


 両手を挙げて引きつった笑みを浮かべる姿見を見て、グレ子の空気が軽くなった。


「分カリマシタ。姿見様ガ喜ンデオラレマスシ、ソノ話、オ受ケイタシマスワ」


 日ノ本が顔を上げる。大きく見開かれた瞳は、隠しようのない安堵が表れていた。


「但シ、条件ガアリマス。東京都××区○○市□□町**●●ニアル、建物及ビ内部ノ品物全テト交換デス」


「そ、そこは、民党の隠し……」


 日ノ本は姿見を見て、口を紡ぐ。

 姿見は平然ととんでもない交換条件を出したグレ子にこえー、と思ったが、今度は口を挟まない。別に美幼女、美少女、美女、美熟女が傷つけられるわけではないのだ。民党の建物程度で、グレ子の放つ凍え死にそうな空気の中に突貫したくなかった。

 それに、普段は出来る女として振舞っている日ノ本が涙目で困っている姿は、見ていてとても可愛らしい。目の保養になるのだ。


「なぜ、そこを知ってらっしゃるんですか?」


「ワタクシ、手弱女デスガ、アノ程度ノ場所ナラ分カリマスワヨ。ソレトモ、モット大切ナ所ガ宜シインデスノ?」


 グレ子の一言で、日ノ本の肩が大きく落ちた。意気消沈した日ノ本は懐から缶ジュース位の大きさの携帯を取り出し、誰かと通話を始めた。

小声の為、姿見は良く聞こえなかったが、険しい表情の日ノ本の様子から揉めている事は分かった。時間がかかりそうだと思った姿見は、一時停止していたDVD、『忘れて欲しくないけど、やっぱり忘れられちゃう雪』を再生する。

 『忘れて欲しくないけど、やっぱり忘れられちゃう雪』が終劇にむかいエンドロールが流れ始めた頃、日ノ本が携帯を顔から離した。


「グレ子さんの条件をお受けする事に決まりました。尽きましては、早速、島へ招待させて頂きたいので準備をお願いします。一通りの生活用品は準備しておりますので、着替えと娯楽用具だけで十分です。

 ええ、昨日の夜から徹夜で準備しましたから、それだけで十分です」


「なんと言うかご苦労様です」


 日ノ本の化粧の下に隠された真っ黒な隈を見つけた姿見は、他に何も言うことが出来なかった。


     ●     ●     ●


「やっほーーー、とうちゃくーーーー」


 ヘリコプターのドアが開くと、わらしべが飛び出していった。髪を押さえた姿見はそれに続く。

 外に出た姿見は、強い風と叩きつけられるような爆音に目を細めた。身を縮めた姿見は惰性で回るヘリコプターのロータから逃げるように距離を取った。

 ヘリコプターから十分距離を取った所で、姿見は前髪から手を離す。

 後ろを向くと、白い胴体を青い線で上下に分割されたヘリコプターを背後に、グレ子がスカートを押さえ、日ノ本は髪を押さえながら歩いてきていた。スーツ姿の男が三人分の荷物を持って付き従っている。

 ここは、某県泡島の東にある直径三キロ程度の島。ヘリコプターから見た限り、あたり一面を海に囲まれ、外界との接触がない孤島のようだ。姿見の家から遠くなく、監視しやすい。グレ子の存在を隠したい日ノ本達にとって最高の場所だろう。


「おおおおおーーーーーー」


 姿見の背中から、わらしべの雄たけびが上がった。姿見は雄たけびのした方を向いて、


「おおっ」


と、驚きの声をあげる。

 三階建ての建物があった。壁はレンガで、窓には白いレース地のカーテンがかけられている。中央には全面ガラス張りの入り口がある。その口の中にソファとテーブル、赤い絨毯が見えた。

 辺りを木々に囲まれひっそりと建つ姿は、昔の洋館と言った様相だ。

 姿見が玄関前で仁王立ちしているわらしべの隣に立つ。

 頬をほんのり赤く染めたわらしべが、澄ました様子で姿見に言う。


「泡島の近く言うから期待してなかったけど、住む所は結構いいじゃない。ま、周りの木々がうっとうしいけどね」


「だな」


 わらしべの感想に姿見も同意する。

 辺り一面に生い茂る木々。洋館の後ろに見える山と綺麗な空気。都会の人間なら喜ぶかもしれないが、どっこい、三方を山で囲まれた三山市民であるわらしべと姿見を感動させる事は出来なかった。同じような光景が自転車で十分も走れば嫌でも目に入るのだ。今更、この程度の自然では喜べない。


「自然に囲まれた立地を売りとしたうちの避暑地なんですが、お二人には見慣れた光景のようですね」


 予想通りなのだろう、二人の感想に日ノ本は苦笑いを浮かべた。

 唯一、人間でないグレ子だけが、ものめずらしそうに辺りの木々をじっと見ている。辺りの声も聞こえていないのか固まっている。

 なんかあったのか、と姿見が身構える。


「ココハ建造物ガ多イ所デスネ」


 グレ子がポツリと言った。


「多い、て建物はあれだけだろ?」


 姿見は洋館を指差す。


「コチラモ建造物デスヨネ?」


 グレ子が辺りに生い茂る木々を指差す。


「違う、違う、それは元々島にあったやつだろう。人間が建てたものじゃない」


「ナルホド。姿見様、アリガトウゴザイマス。ワタクシ、マタ一ツ姿見様達ニツイテ知ル事ガ出来マシタ」


 グレ子が深々と頭を下げる。


「いや、大した事じゃないし、そんなかしこまる必要は、グヘッ」


 丁寧なグレ子の態度に当惑していた姿見は、横からわらしべに突き飛ばされた。


「グッレ子さぁぁぁぁん、姿見だけじゃなくて、あたちともおしゃべりしよう」


「わらしべ、いきなり何するんだっ!」


 突き飛ばされた姿見が突き飛ばした人物、わらしべのおっぱいを睨みつける。テンションが上がり小刻みに足踏みをするわらしべにあわせて、二つのメロンが互い違いに上下に揺れていた。姿見の鼻息が荒くなる。


「あ、姿見、居たんだ。あんた一番でかいんだから、みんなの荷物持ってさっさと先に行け!」


 わらしべが玄関を指差す。

 姿見がわらしべの後ろに視線を向けると、姿見達の荷物を抱えたスーツ姿の男が玉の汗を掻きながら立っていた。姿見、わらしべ、グレ子、三人分の荷物の運搬は、成人男性と言えど、ちょっとした労働になるようだ。

 本来、グレ子の荷物は必要なかった。宇宙船の転送装置で必要な時、必要なものを取り出せるからだ。これ以上グレ子に余計な事をさせない為、日ノ本の依頼を受けて、姿見が旅行中の宇宙人の科学力禁止令を出した。その為、グレ子の分荷物が増えてしまったのだ。

 荷物が一・五倍された一因である姿見は、少々申し訳なく思ったが、手伝う気はまったくない。女の子ならともかく、男と同じ苦しみを味わいたいとは思わない。


「自分の分は自分で運べ」


 スーツ姿の男の存在を棚に上げて、姿見は拒否する。


「ぶー、そじゃあ、女の子にもてないぞぉ」


「え、嘘ですよね。女の子はワイルドな男が好きって、週間少年誌でも言ってたし」


「はぁぁぁぁぁぁぁ」


 わらしべが心底呆れた様子で首を横に振る。


「あのさー、姿見。男の子の見る雑誌で男の子に都合の悪い事載せると思う?」


「そ、そんな。ワイルドになる為、野生の芳香剤も買ったのに」


 涙目になった姿見がその場に崩れ落ちた。


「そろそろいいですか? 施設の説明をさせて頂きたいのですが」


 日ノ本が、三人の前に立つ。


「はーーい、いつでもいいよー」


「ハイ、ヨロシク、オ願イシマス」


「お願いします」


 姿見は立ち上がって頷いた。

 日ノ本を先頭に姿見達は洋館入り口をくぐる。

 玄関は赤い絨毯が敷き詰められたロビーになっており、玄関と対面の壁が一面窓になっていた。窓から背後の山が一望できる。ロビーの真ん中にカゴのように編んで作られたソファと木製のテーブルが置かれていた。


「ここはロビーです。右の廊下側には手前から台所、洗濯所、お風呂とトイレがあります。お風呂は少々大きめの檜風呂になっていますので、十分に手足を伸ばせますよ」


 日ノ本が右手に伸びる廊下を指差す。突き当たりに湯、と書かれた紅葉色と藍色の二つの暖簾が見える。多分、紅葉色が女湯、藍色が男湯だろう。


「左の廊下側は、一階がレクリエーションルーム、突き当たりの階段を上りまして、二階が寝室となっています。寝室は、一人一部屋です」


 日ノ本が左手に伸びる廊下を指差す。突き当たりに階段が見えた。


「寝室にもユニットバスがありますので、檜風呂の掃除が面倒でしたら、そちらを利用下さい。後、裏庭にはテニスコートがあります。一汗流されるのも健康的かと」


 そう言って日ノ本が、ロビーの窓の外を指差す。言われるまで気付かなかったが、窓の枠の端にテニスコートらしきものが見えた。


「食べ物は、三日分の生鮮食品と一ヶ月分のお米。後、万が一に備えてレトルト食品が二ヶ月分あります。水や電気は自給自足出来るようになっているので、気にせず使ってください。私は三日後、生鮮食品の補充の為、一度伺います。何か欲しいものがあれば、この電話で連絡下さい」


 日ノ本が懐から小ぶりな携帯を取り出し、姿身に渡す。シャープと九のボタンしかない。専用の電話なのだろう。

 必ずこの電話を使って下さい、と念を押され、姿見は何かしら盗聴対策をしてる事を察した。グレ子の事がばれて各国のエージェントがハリウッド並みのアクションを水田のど真ん中で繰り広げられても困るので、姿見は素直に頷く。


「連絡を頂ければ食料と一緒に持ってきます。何か質問はありますか?」


「特にないです」


「んー、ないかなぁ?」


「アリマセンワ」


 姿見達が首を横に振る。たかが一種間である。多少不便があっても、我慢出来な事はない。よっぽど困る事があれば、貰った電話を使えばいいのだ。何の問題もない。


「では、平穏な休日を宜しくお願いします」


 宜しくの所を強調してお願いする日ノ本に姿見は曖昧に頷いた。その隣からはワラシベのキシシと言う笑い声が聞こえ、グレ子から反応した気配がない。


「本当にお願いしますからね」


 そう言い残して、日ノ本は去っていた。

 ヘリコプターのローター音が聞こえなくなると、姿見達は各自自分の部屋に荷物を置いてロビーに戻る。

 姿見が戻って来た時、既に謎のヘルメットを被ったわらしべが居た。カーキ色のベストに、厚手のズボン。更に登山靴にザイルロープまで装備している。どこぞの探検家の様な出で立ちだ。

 わらしべの服装を見た姿見は踵換えして階段へ向かう。姿見の中で、今日は部屋で大人しくている日に決まった。

 早足で逃げる姿見の腰に重くてやわらかいものが絡みつく。


「逃がさないよ~。今日は探検の日なんだから、この島の山を探検しよーぜ」


「離せ、わらしべ! 探検の日は家で大人しくてしてろ、て田舎で元気なばあちゃんの遺言になるんだ」


「えー、一緒に探検しようよ。それに、本当に離れたいのぉ? ウリウリ、ウリウリ」


「おっぱいが、おっぱいが、ローリングする柔らかいおっぱいがぁぁぁぁ!」


「フフフフ、どんどん抵抗する力が弱くなってきてるよぉ。口では何と言っても、体は正直だねぇ。キシシシシシシシシ」


「こんな、こんな、おっぱいなんて、おっぱいなんて」


「一緒に探検しようよぉ。わらしべの、おねが~い。おっぱいでもっと挟んであげるから、ね?」


 ムニュゥ


「そうだな。天気もいいし、グレ子と三人で探検しよう」


 姿見はおっぱいに負けた。しかし、姿見に悔いはない。胴をはさむ二つのマシュマロの感触の為なら命の一つや二つ捨ててもかまわない。姿見は本気でそう思った。


     ●     ●     ●


 わらしべの先導で、洋館裏の山に登って十数分、姿見は後悔していなかった。


「ハイキングもいいもんだなぁ」


 思いっきり背伸びをした姿見が、山の空気を存分に吸い込む。青臭い木の匂いで肺が満たされた。

 山道は砂利が敷かれ、急な勾配のところは木で外枠を囲った階段が整備されていた。普段、女の子をナンパするか、女の子を視姦するか、女の子の匂いを嗅ぐ事しかしていない姿見でも悠々と登る事が出来る。

 鳥が囀り、虫の演奏が聞こえ来る以外は静かなもので、時間がゆったり感じられた。

 先頭を歩いていたわらしべが得意気な顔で振り返る。


「でしょー。姿見は女の子を連れ込みたいインドア派だから、人生の先輩として誘ってやったんだ。感謝しろーーー!」


「人生の先輩ねぇ。むしろ、後輩じゃね?」


 高校一年生の姿見は、小学生と背比べをしたら負けそうな高校二年生の発言に苦笑する。


「かもね」


 笑って頷いたわらしべが、一転、心配そうな顔を見せる。


「ところで、グレ子さん大丈夫? なんか、顔赤いよ」


「え! 本当か?」


 わらしべの指摘に姿見が後ろを向く。最後尾をふらふらと歩くグレ子の頬は紅に染まっていた。


「ダ、大丈夫デスワ。あ、あしすとノナイ移動ニ、体ノ発熱量ガ排熱量ヲ上回ッタダケデス」


「どういうことだ?」


 姿見がわらしべに翻訳を求める。


「多分、疲れた、て事……じゃないかなぁ?」


 わらしべは自信なさそうに眉をよせる。が、すぐに歯を見せた笑い顔に変わった。


「ま、解釈なんてどうでもいいじゃない。ここで休憩したら問題ナッシングッ」


「そうだな。ここで休むか」


 サムズアップした両手を突き出してくるわらしべに姿見も同意する。本格的な登山でも、学校行事でもないのだ。ゆっくり歩けばいい。


「オ気ニナサラズニ。ワタクシ、元気デスワ。先ヘ行キマショウ」


「駄目だよー。グレ子さんと仲良くなりたいから一緒に探検してるのに、グレ子さんが疲れてヘトヘトになってちゃつまんないじゃぁん。それにあたちも疲れてきたし、ここで休憩ね。はい決まり」


 言うが早いかわらしべはその場に座って、チョコバーを食べ始めた。

 姿見もそれに習い、その場に腰を降ろす。砂利の冷たさが心地いい。

 暫し、二人を交互に見ていたグレ子だが、姿見が自身の隣を叩くと大人しく座った。

 グレ子はストーブのすぐ近くにいるような熱気を発していた。あのまま、歩き続けていたら、体温が上がりすぎて山火事にでもなっていたかもしれない。

 姿見は恐る恐るグレ子の体調を聞いてみる。もし、このまま体温が上がり続けるならば、即座に逃げるつもりだ。


「気分とか悪くない?」


「ハイ、大丈夫デス。暫ク排熱ニ努メレバ、平常ニ戻リマスワ」


 グレ子ののっぺりとした灰色の顔の中で、口の端が少しつり上がる。グレ子の微笑である。


「そりゃ良かった。調子が悪くなったらすぐ言えよ」


 電撃を受けたように身を震わせたグレ子が、両手で顔を覆い嬉しそうに身体をくねらせた。


「ソ、ソンナ、ナントオ優シイ。ソノヨウナオ言葉、勿体ナサスギマスワ。ワタクシハ、三十世界一ノ幸セ者デス」


「ああ、そうか」


 姿見はげんなりとした様子で頷くと、くねり続けているグレ子を放置して、上を見上げる。そびえ立つ木々の隙間から差し込む木漏れ日が、葉っぱ一枚々々を輝かせていた。遠くから水の流れる音が聞こえてくる。


「ん、川があるのか」


 こんな小さな島にと驚く姿見。口元をチョコで汚したわらしべが馬鹿にしたように笑う。


「キシシシシシシシシ、姿見ぃ、あったまわるーい。こんだけ木があって山があるんだから、川がない方が可笑しいでしょ」


「うるせぇい」


「ワラシベ、姿見様ノ侮辱ハ止メテ下サイ」


 顔の赤みが落ち着いてきたグレ子さんが、わらしべの目をじっと見る。口をへの字に曲げており、怒っているようだ。


「はーい、ごめんなさーい」


 わらしべがそっぽ向いて謝る。投げやりな口調だったが、グレ子は口を元に戻すと、今度は姿見を慰める。


「姿見様、ワタクシモ知リマセンデシタカラ、同ジデスヨ」


「グレ子さんと同レベルか」


 食べ物と食品サンプルの区別がつかなかったグレ子と同レベルだ、と自覚させられた姿見はガックリ、とうな垂れる。正直、わらしべよりグレ子の言葉のほうがきつかった。

 グレ子の顔が灰色の戻るのを待って、もう少しだけ上を目指す事にした。六分目位だろうか、山の中腹ほどで砂利で舗装されていた道が地面を露出するようなった。そうなると、地面から飛び出た岩や木の幹に足をとられて歩きづらくなる。右手に削り取られた土の壁。左手は茂みの先に木々の枝。急な傾斜の山肌に対し斜めに道が伸びている。

 グレ子の顔に赤みが戻り、姿見も額に玉の汗を掻くようになった。わらしべだけはエネルギーが有り余っている様で、十数メートル先まで登ったかと思えば、駆け足でグレ子の近くに戻ってきたり、途中道を外れてきのこや山菜を見つけたり、やりたい放題である。

 登り始めてから小一時間、足が重くなってきた姿見が下山を提案しようとした時、グレ子が姿見の背に回りこんだ。


「何の遊び?」


「遊ビデハ、アリマセン」


 グレ子が前方を指差す。


「アノ製造物ニ、●○○■□△×ガ含マレテイマス」


 グレ子がポケットからポイントカード位の大きさの板を取り出した。板は小刻みに震えている。これが、グレ子の言う有害な物質を検知する機械なのだろう。


「ワタクシ達ニトッテ、現状、好マしクナイモノデス。構成物トノ直接接触ハ避ケナクテハイケマセン」


 姿見が目を凝らすと、グレ子の指す先に青い果実が生った木々が見えた。


「あれは杏子だねぇ」


 額に手をかざしたわらしべが言った。


「へぇ、こんな所に杏子があるのか」


「当然じゃん。この県産まれの品種があるしっ! そんな事も知らなかったの?」


 やだー、と距離を取ろうとするわらしべに、姿見は一言も言い返せない。転校してきたから当然だとか、杏子の品種なんて知るかとか、言い訳は幾つかあったが、わらしべが知っていた以上、無意味だ。言ってもかっこ悪すぎる。

 姿見の背中からグレ子の甘えたような声が聞こえた。


「姿見様、ワタクシヲ守ッテクダサイマセ」


「触ったらどうなるん? 具体的には」


 姿見は好奇心で聞いてみる。


「暴走シマス」


「おーけー、守ラセテイタダキマス」


 姿見は。何が暴走するとか、どう暴走するとか、怖くて聞けなかった。ただ、暴走させたらヤバイ事だけは分かる。それでお腹一杯だ。

 そんな姿見の気持ちを知ってか知らずか、わらしべが好奇心で瞳を輝かせ、姿見に出来なかった事をやってのける。


「暴走、てどんな感じに?」


「弱点ニツイテ、オ話スルワケニハイキマセン」


「ぶー、けちー」


 グレ子のそっけない回答に姿見は驚く。目からビーム、照れたら高熱化、その上バリアーまで持ったリトル・グレイ型宇宙人に弱点があるとは夢にも思っていなかった。

 これ以上は、グレ子的に危険と言う事で本日の探検はここで終わった。

 帰り道、隣を歩くグレ子を横目に姿見は今日のグレ子を思い出す。日本政府に約束を破られて失望し、登山で疲れて顔を赤くし、弱点を前に怯える。

 宇宙人なのに人間みたいだ。

 姿見は心の中で呟いた。


     ●     ●     ●


 夕食後、なれない山登りで疲れた姿見は、レクリエーションルームのソファに仰向けで寝転がってテレビを見ていた。ソファは大人が数人座れる大きさなので、姿見は悠々と手足を伸ばせた。。

 レクリエーションルームは、十五畳位の長方形型の部屋である。入り口側にはビリヤード台が置かれ、奥には姿見が寝そべっているソファやテーブル、壁半分を隠す巨大な薄型テレビがある。入り口の対面は全面ガラス張りになっており、先ほど登った山と星空を見る事ができる。

 わらしべは館内を探検する、と言って姿を消し、グレ子は夕食の後片付けをしている。夕食は姿見監修、グレ子調理のトマトを使った野菜カレーとグレ子用プラスチックだった。プラスチックの味は全く不明であるが、野菜カレーはコクを出す為に使った干しトマトが大当たりし、姿見は二回もおかわりをした。


「ゲップゥゥゥゥゥ」


 口からカレー臭い息を吐き出しだ姿見はポッコリ膨らんだおなかを摩り、満足そうに頬を緩める。重くなってきた瞼が何度も下りては上がる。後少しで気持ちよく眠れそうな時、何かを壁に叩きつける様な音が響いた。

 音に驚いた姿見が肩をビクつかせ、前髪のセットが崩れていないか確認する。眠気はどこかへ飛んでしまった。


「花火やろーぜぇ!」


 なんだ、と姿見が入り口を見るより早く、音の原因が姿見の前に巨乳を伴ってやって来た。目の前に、開封されていない花火がニ、三袋現れる。恐らく、前にここを利用した団体が忘れたものだろう。もしかしたら、日ノ本が退屈にならない様、準備したものかもしれない。


「うー、うっせ…………ッ!」


 姿見はわらしべの方に顔を向けて、眼が開く。血液が血管を逆流する。体中のエネルギーが爆発しそうになる。

 姿見の目の前には、わらしべの足があった。ただの足ではない。肉付きの良い太ももを付け根から惜しげもなく晒しだしたホットパンツ。しかも色は白だ。正面から見てもぴっちりとわらしべの下腹部に張り付いている事が分かるポットパンツ。お尻側の破壊力は計り知れない。

 そして、花火と言うシチュエーションがさらに姿見の心に衝撃を与えた。花火と言えば線香花火、線香花火といえば、しゃがみ。しゃがんで正面にさらけ出される太もも付け根の魅惑ゾーン、背後から見えるかもしれない桃の付け根、いやもっと奥まで見える可能性だってある。


「よくやった、わらしべっ! お前が居てくれてよかった」


 飛び起きた姿見はバンバンとわらしべの肩を叩き、踊るようにレクリエーションルームから出て行く。


「グレ子さんを誘ってくるから、ロビーにおいてある電話とバケツの準備をするんだ。すぐ行くぞ」


 姿見は大急ぎで、グレ子が洗い物をしている台所へ向かう。


「キシシシシシシシ、たまには違う味作戦大せいこー、あたちは胸だけの女じゃないのだよ。キシシシシシシシ」 


 背後からわらしべの笑い声が聞こえたが、姿見は気にならない。何故なら、ロリ巨乳の魅惑の下半身を堪能出来るのだ。他はどうでもいい。

 姿見が台所に突撃すると、丁度洗い物を終えたグレ子がタオルで手を拭いていた。ぴかぴかになった皿や炊飯機の釜が、水きり場に置かれている。


「グレ子さん、洗い物終わったよな? わらしべが、花火見つけてきたんだ。皆でやろう」


「花火デスカ?」


 エプロン姿のグレ子が小首をかしげ、ポケットから文庫本位の大きさの電子手帳を取り出す。株式会社フラット製の電子辞書の中身だけ改造したものだ。幾ら翻訳装置でも、存在しない単語を別言語に直す事は出来ない。


「花火ト言イマスト、硝石、硫黄、木炭ヲ一定ノ割合デ混ゼタモノヲ、やにデ固メタ製品。用途ハ、火薬ニ点火シテ炎色ヤ爆発音、煙ヲ楽シムモノ」


「炎がシュパー、と出て、赤や黄色や緑になって綺麗なんだ」


「ハァ」


 姿見の説明に、グレ子は要領得ない様子で頷く。


「ん、興味ない? それとも嫌いだった?」


「イイエ、姿見様ノオ誘イガ、嫌ナワケアリマセン。ゴ一緒シマスワ」


 グレ子は口の端を吊り上げて、微笑んだ。姿見はその口元が少しぎこちなく感じた。じっとグレ子の顔を観察するが、無理をしている様子は感じられない。姿見は気のせいだろうと結論付けた。


「それじゃ、行こうか。玄関でわらしべが待っている」


「ハイ」


 台所から出て行く姿見の後ろから、キュムキュムとガラスをスニーカーで踏んだ時のような足音がついて来た。


     ●     ●     ●


「うっみーー」


 わらしべが両手に持った花火の袋を掲げ、真っ黒な海原に向かって叫ぶ。墨を溶かした様に黒い海の先が、街の光だろう、かすかに白くなっている。


「生命よっ! あたちは帰ってきたー」


「叫んでないで、こっちを手伝え! 風が強くてロウソクに火がつかないんだよ」


 姿見が叫ぶわらしべの後姿に罵声を浴びせる。再度、手に持ったライターをロウソクに近づけるが、風に煽られて火がつかない。


「えー、折角、二人きりにしてあげたんじゃぁん。寧ろ感謝してよね」


 わらしべが不平を漏らす。

 姿見の隣ではグレ子が、ロウソクとライターを見つめていた。何もさせていないのは、グレ子の感情が高ぶって高温になった時、ロウソクを溶かされない為だ。


「ざけんな。お前がグレ子に振られただけだろ。いいから、早くこっち来い。花火の袋の台紙を風除け代わりにするから」


「はーい」


 両腕を飛行機の様に水平に伸ばしたわらしべが、ポテポテ歩いてくる。


「ほい」


 わらしべが両手に持った花火を姿見の眼前に突き出した。


「ん、サンキュー」


 わらしべから花火の袋を受け取った姿見は、袋の中から台紙を取り出して、ロウソクの風上に突き立てた。手に持ったライターをロウソクに近づけ、火をつける。


「バケツよし、ロウソクよし、花火も……グレ子さん何しちゃってるのっ!」


「何カ可笑シイデショウカ」


 グレ子の手元では、花火の火薬を包む紙が破られ、中の火薬が露出していた。


「色トリドリナ包装デスネ」


「包装、て」


 姿見は絶句する。


「キシシシシシシシ、グレ子さん、それは包装じゃないよ。花火はこうやって使うのさ」


 両手の指の間に計八本の花火を挟んだわらしべが、ロウソクに花火を突っ込んだ。


「エイト・ファイヤー」


 わらしべの花火が赤、白、黄、緑、色とりどりの炎を吐き出す。


「エーーーンド、ダンシング」


 更に、姿見達から距離を取ったわらしべがクルクルまわり始めた。八本の炎が色を変えながら八通りの弧を描く。


「豪快すぎる。まぁ、量はアホ見たくあるからいいか」


 姿見の足元にはまだ未開封の花火が三袋ほど残っていた。封の開いたものから適当に二本取り出し、一本をグレ子に突き出す。

 グレ子はぼうっと、わらしべが操る八本の炎に見入っていた。黒い目を真っ直ぐ向けて、微動だにしない。


「グレ子さん?」


 姿見が声をかけると、グレ子は慌てた様子で振り向いた。突き出された花火に気付き、両手で包み込むように受け取った。


「アリガトウゴザイマス、姿見様。デスガ、一本デスカ?」


 グレ子は手に持った花火と、まだ踊っているわらしべを見比べる。


「アレは真似しちゃ駄目な例だ。花火はこうやって……」


 姿見は自身の花火をロウソクの炎に近づける。先端の紙が燃え、程なく白い炎が吹き出てきた。


「一本、一本、じっくり楽しむのが作法なんだ」


「数は力だよぉ。物量作戦サイコーー」


「…………多分」


 わらしべの能天気な声を聞いて、姿見は自信なさ気に付け加える。


「それじゃ、グレ子さんもやってみな」


「ハ、ハイ」


 グレ子が恐る恐る花火の先端をロウソクに近づける。花火の先端が燃え、緑色の炎が吹き出た。


「マァ」


 声を上げたグレ子は、花火から吹き出る色とりどりの炎から視線を外さない。

 次第に炎の勢いがなくなり、根元まで燃え尽きる。


「終ワッテシマイマシタワ」


 グレ子が残念そうに呟いた。


「まだ、いくらでもあるから、好きなだけやればいいよ。あ、終わった花火はバケツに入れるように」


「ハイ」


 グレ子は言いつけ通り、バケツに花火を入れてから、新しい花火に手を伸ばした。


「グレ子さーん、今度はあたちと一緒にやろうよー」


 海辺ではしゃぐわらしべが駆け寄ってくる。一度に沢山使う事に飽きたのか、今は両手に一本づつだ。

 テンションの高いわらしべに引きずられ、姿見とグレ子もどんどん花火を消費していく。海辺にわらしべの奇声と姿見の笑い声、グレ子の控えめな声が響いた。

 はしゃいで笑って狙って追いかけられた一時間、気付けば、大量にあった花火も残り僅かとなっていた。

 ロウソクを囲んでしゃがんだ姿見は、同じようにしゃがんでいるわらしべとグレ子を観察する。二人とも手には花火を持ち、準備完了している。

 真剣な顔をしたわらしべが、姿見の目をじっと見つめる。姿見は頷いた。グレ子も頷く。


「それじゃあ、第三十四回、誰が一番長く線香花火を点けていられるか」


 三人が手に持った線香花火をロウソクに近づけ、


「レディ……ゴッ!」


 一斉に線香花火へ火を点ける。燃え上がった先端が次第に丸くなり、ジジジと音を鳴らしながら小さな花を咲かせた。

 じっと三人が見る中で、始めに姿見、次にグレ子、そして最後にわらしべの線香花火が地面に落ちた。


「いっえー、わらしべちゃん、大勝利ぃー」


「負けたー」


 飛び跳ねて喜ぶわらしべ。姿見は大きく肩を落とした。


「それじゃ、バケツ係よろしく」


「ああ、了解。そっちこそ、ゴミ忘れるなよ」


「とうぜんじゃん、ゴミはゴミ箱に、てね。キシシシシシシシ」


 上機嫌でゴミを集めるわらしべを尻目に、姿見はバケツを手に取る。思わぬ重さに姿見はよろめいた。

 肩にかかる重さに小さな悲鳴を上げながら、姿見は洋館へ戻る。既にゴミを集め終わったわらしべの背中ガ、洋館に続く道を軽やかに登っていた。

 姿見はゆっくりとした足取りでわらしべを追う。その後ろをグレ子がそっと着いて来た。

 砂浜はすぐ林に変わり、梟だろうか、鳥らしき動物の鳴き声が聞こえてくる。まだ、夏には早いか、虫の声は途切れることなく鳴き続けていた。


「あー、どうだった、花火?」


 姿見はなんとなしにグレ子に聞いてみた。表情が分かりづらく、笑い声を上げないグレ子が楽しんでいたかどうか、姿見にはいまいち判断が出来ない。楽しんでくれていたならいい、と思うが、相手は宇宙人である。直接聞かなくては分からない。


「トテモ興味深イ体験デシタワ。ワタクシ達ニハ、アノヨウニ資源ヲ娯楽ニ消費スル文化ガアリマセンカラ」


「なんで?」


「ワタクシ達ハ、ワタクシ達ガ製造シタ星ニ住ンデマス」


「宇宙船みたいな」


「ハイ、モット大キナモノデスケド。今デコソ、星ノ生活ハ安定シテオリマスガ、星ノ製造当初ハ非常ニ不安定ダッタヨウデス。ソノ為デショウ。物質ヲ無駄ニ消費スル文化ガアリマセンノ」


 へぇ、と姿見は息を漏らす。グレ子達も最初からとんでも科学を持っていたわけではなかったようだ。先人達の血の滲むような努力があったのだろう。

 姿見は見た事もないグレ子の先祖の努力に思いをはせた。パソコンのOSでも、新しいものがでると沢山のバグがでて、何年もアップデートするのだ。グレ子の先祖の苦労はそんなものではないだろう。きっと沢山事故があって、沢山死んで、その先にようやく手に入れた安定だ。

 なんとなく姿見は後ろめたい気分になる。ただ地球に生まれただけで、好きなだけ物を無駄遣い事がこの上ない贅沢に感じられた。


「それで、花火は楽しかった?」


 気持ちをごまかす為に姿見が声をあげると、グレ子はゆっくり口を開く。 


「楽シイカ、ト言ワレマスト分カリマセンガ、モウ少シ見テイタカッタデスワ。姿見様ガ美シイト思ウモノヲ、ワタクシモ理解シタイデス」


「そうか、なら今度は夏だな。夏になれば、県内にでかい花火を打ち上げるところがある。今度はそれを見に行けばいい」


 胸に落ちたしこりの様なものを無視する為に、姿見は夏の花火大会に思いをはせる。姿見はネットでしか知らないが、巨大な花火が空を埋め尽くすそうだ。

 グレ子と絶対着いてくるだろうわらしべを伴って花火大会を見に行く。その光景を思い浮かべた姿見の頬が自然と緩んだ。


「そうだ、ろ、うっ!」


 後ろを振り向いた姿見の頭から血の気が引いた。


「ナ、ナントオ優シイオ言葉ナンデショウ」


 身体を震わせたグレ子の顔が真っ赤になっていた。


「ハッ、コレハ、ズットワタクシト花火ヲ見タイト言ウ、地球式ノぷろぽーずデショウカ。ワタクシ、ワタクシ、ぷしゅーーーーー」


 林の中、雑草が所々生えている道だったことが災いした。地面がオレンジ色に発光し、雑草が燃え、木々が燃え始める。


「ギャアァアァァァァァァ、最後はこれかよチクショー」


 バケツを放り出した姿見がグレ子を中心として広がる炎から逃げだした。途中、目を輝かせたわらしべと合流する。姿見はわらしべに通信機を準備させていた事を思い出す。


「おお、これが噂のグレ子さん、興奮モード! ありがたや、ありがたや」


「わらしべ、拝んでんじゃねぇ! さっさと日ノ本さんにSOSを出せ!」


「おお、そうだね。洋館まで燃えたら大変だ! ちょっと待って、ろ、よぉ?」


 わらしべはポケットに手を入れて固まる。わらしべの頬を一筋の汗が落ちた。わらしべは上から順に自身の身体を叩く。

 嫌な予感が姿見の胸中に飛来する。


「おい、わらしべさん?」


 わらしべは頭を掻きながら、舌を出す。


「ごっめーん、もらった通信機、忘れてきちゃった。今から取りに行くから、そこで待ってて」


 わらしべが洋館に向かって駆け出した。


「待てるか畜生っ!」


 姿見もすぐにその後を追う。背後からは火の手が迫ってきてた。


「ああ、もう嫌だぁぁあ。さっきの気の迷いだ。お前らとは花火大会に行くとか! 可愛い女の子と一緒にひと夏のアバンチュールで、楽しんでやるうぅぅ」


 六時間後、火事は異変を感じ取った日ノ本達の決死の作業により、つつがなく消火された。幸い洋館まで火の手が伸びる事はなく、林を全焼したところで沈火出来た。人的被害はなかったらしい。

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