序章~~乳を揉みたきゃ、大声で~~
鑑 姿見は双眼鏡片手に路地から通りを監視していた。今日の獲物を探しているのだ。
目の前の通りは駅から真っ直ぐ伸びた道で、帰宅途中の女子高生が一人、二人とまばら現われては、姿見の目の前を通り過ぎていく。姿見はその一人、一人をじっくり視姦し、品定めしていた。
今の子は足が綺麗だけど、ちょっと顔つきがきつそうだ。お、この子は中々の……だけど、ちょっと化粧がケバい。今日はあっさり風味がいいんだ。と言う具合に、その好みは美食家のように厳しいようだ。
今日の好みの子はいないな。と諦めかけていた姿見の前を、ドングリ眼の女子高生が通り過ぎる。太目の眉毛に丸顔、動物に例えるなら狸かアライグマだろう。その狸は、唇を瑞々しく見せているリップ以外化粧気はなく、制服のスカートは膝丈を守っている。純朴そうな子だ。
「あの子狸みたいな愛らしさを、自分色に染め上げる。ああ、最高じゃないか」
正面からおっぱいと透けブラを見つめ、風に乗ってきた香りを堪能し、背後から左右にふれる小ぶりなお尻をたっぷり視線で嘗め回してから、姿見は言った。
姿見は口の端から流れ出るよだれを拭くと、真面目な顔で言う。
「よし、早速エロイ事に誘わなくては」
姿見は鞄から手鏡を取り出し、身だしなみを確かめる。
手鏡には、前髪で顔半分を隠したキタローヘアーが写っていた。シャープな顎とすっと通った目鼻、細めの眉、少し日に焼けた頬、どこにも汚れはない。
さらに視線を下に向けると、胸からつま先まで人目で確認する。制服に汚れやシミといった汚れはなく、シワができて見苦しい事もない。
姿見は小さく頷くと、魅力的なお尻をスカートの下で振っている狸へ小走りで近づいた。姿見は狸の前に躍り出ると、口元をだらしなく崩しながら、声をかけた。
「ヘイかのじょー、一緒にカラオケで愛のデュエットしなぁぁい?」
「はい?」
狸は姿見を見て固まった、大きく見開かれた瞳には、鼻の穴を大きく開けて目を血走らせた変態が映っている。
「いいだろぉ。ちょっと気持ちいい事するだけだしぃ」
「ヒッ、いやぁぁぁぁぁ、ごめんなさぁぁぁぁぁぁい」
目に涙を溜めた女子高生が悲鳴を上げて逃げていく。何事かと帰宅途中の学生やサラリーマンが振り返った。
脱兎の如く逃げる女子高生の背中が駅の中に消え、姿見はその場に崩れ落ちる。
「通算五十回目の失敗。ちきしょう、何が悪いんだ。やっぱ、顔か顔なのかちきしょー」
姿見は拳をアスファルトに叩きつけ、悔しがる。その胸中に、自分の態度に対する反省はない。
地面を叩いてわめく姿見の肩がポンッと叩かれた。意地の悪さが滲み出たロリータボイスが後に続く。
「ヤッホー、姿見ぃ。まぁた、振られたみたいだねぇ。とっても無様、キシシシシシシ」
姿見がほっとした顔を上げると、歯を見せて笑う長者 わらしべ(ちょうじゃ わらしべ)がいた。
長者 わらしべ、あだ名はロリ巨乳。その名に違わない小学生並の身長と突き出たロケットおっぱいを持つ、女子高生である。姿見と同じ学校の二年生で、先輩にあたる。
「酷いぞ、わらしべ。お前の言葉で、繊細なハートがズタズタに切り裂かれた」
姿見は地面に顔を伏せて、わざとらしく肩を震わせる。顔を伏せる時、一瞬、スカートの中を除き見る事を忘れない。
「で、どうしろって言うん?」
「慰謝料として、おっぱい揉ませろっ」
勢い良く立ち上がった姿見が両手をワキワキ動かしながら、眼球を血走しらせて、わらしべの胸を凝視する。Fカップあるというおっぱいは重力に逆らい美しいお椀形を描き、わらしべが動くたびにゼリーのように揺れて激しい自己主張を繰り返していた。
これを揉めなきゃ、わざわざスカートの中を覗こうとした意味がない、と姿見は心の中で断言する。
「ハァハァハァハァ、な、ちょっとだけ、ちょっとだけだからな? な?」
「いいよー」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
雄たけびと共に突き出された両手が、わらしべのお椀型のおっぱいに触れようとした瞬間、
「で・も」
わらしべの声と共に、目標が消失する。目標を見失った姿見は頭からアスファルトに突っ込んだ。
「まだ、駄目ー」
尻を高々と突き出して、地面に突っ伏している姿見の後頭部に、わらしべのキシシシシシと言う笑い声が降り注ぐ。
姿見は額の痛みも無視して起き上がると、目から熱いものを流しながら、ロリ巨乳悪女を睨みつけた。姿見の小さな胸の中で激しい怒りが燃え上がっていた。
「騙したな! 思春期の純粋な心を騙したなっ!」
「血の涙まで流して、そんなに揉みたかったのぉ? 姿見、必死すぎぃ」
わらしべが自身の小さな手には有り余る胸を、下からすくうように持ち上げた。
「あったりまえだろっ!」
姿見が吼えた。
「それじゃあ」
口角を吊り上げたわらしべが胸の前で祈るように手を合わせる。腕に挟まれた胸が、ゼリーのように形を変えて揺れる。
ぷにゅう
魅惑の効果音が、姿見の脳内を何度も駆け巡った。
姿見が血走った視線をわらしべの巨乳に突き刺す。乳を揉む事しか姿見の頭にはない。捕食前の肉食獣のように、荒々しい吐息を吐き出している。
「あたちのお願い、聞いてくれるぅ?」
「何でも、聞いてやるさ」
姿見は、一、ニもなく頷いた。
● ● ●
うっそうと茂る草花、手を伸ばせば両手の指先で触れてしまえる間隔で乱立する木々、青臭い匂いが充満する森の中で、姿見は地面に突き立てられた十字架に縛られていた。その周囲ではわらしべが白い粉で地面に図形を描いている。
ここは、駅から数キロはなれた山の中だ。三方を山で囲まれている三山市は、市街地を抜けると辺り一面に田んぼが広がり、更にそれを超えると山に突き当たる。それほど高い山ではないが、道路をちょっと外れて中に入れば、そこは人の手の入っていない別世界になる。
「わらしべー。これは一体何なんだ?」
十字架に縄でぐるぐる巻きにされた姿見が身を捩る。縄の毛羽立った繊維が制服を通して、姿見の肌をちくちくと刺し痛痒い。姿見が我慢出来ずに身を捩る度に、薄い木の板でできた十字架が弱々しく悲鳴を上げた。
「え? これ見て分からない」
わらしべが地面に描かれた図形を指差す。図形は姿見を中心に三重円を描き、その円の一番内と真ん中の円に接するように、正十七角形が描かれていた。
「何か怪しい儀式をしようとしているのは分かるが、それ以上は分からん」
「えーうっそーーーーー。こんなの常識じゃぁぁん」
わらしべが口に手を当てて驚く。
中学の時、三山市に転校してきた姿見には分からない伝統なのか、ときょとんとした顔で姿見は首を傾げる。
わらしべは、仕方ないな、と言った様子で肩をすくめると、得意気な口調で言う。
「トゥバンにいるレプティリアンと交信する為の準備じゃなぁい。そんな事も分からないのぉ? 姿見、おっくれてるー」
「普通の高校生に分かるかっ!」
興奮した姿見が激しく身を捩る、十字架が一際大きく鳴いた。
「あ、姿見、動いちゃ駄目だよぉ。十字架が抜けたらやり直しだからね」
わらしべが姿見の肩を掴む。小さな手からは想像出来ない力が、姿見の骨を軋ませ、激痛が姿見を襲う。
「痛てぇ、痛ててえってててッ。わ、分かりました。う、動きません。動きませんからぁ」
姿見が必死に訴えると、肩の激痛が和らぎ、肩もみ程度になった。目の端に涙を溜めた姿見に、わらしべは歯を見せて笑う。
「本当に終ったらおっぱい揉ませるんだよね? 嘘じゃないよな? 嘘だったら承知しないぞ」
「嘘のわけないじゃぁん。大体、姿見にはもう揉まれてるしぃ。揉まれカウントが一増えたって、大して差がないもん」
軽薄な笑み浮かべたわらしべは軽い調子で頷いた。肩を掴まれている姿見は、その言葉を信じるしかない。
わらしべが白線引きに戻る。三重円の真ん中と、外の円の間に文字の様な記号を描く。記号を描くわらしべは、姿見の視界の端から消え、数分後、視界の反対側から現れた。
記号を描き始めた場所に戻ったわらしべの手が止まる。白い粉の入った袋を置いて、汚れを落とすように手をはたいた。
「……と、完成かなぁ」
わらしべはスカートのポッケからコピー紙を取り出し、自分が描いた図形と見比べて満足そうに頷く。完成した図形を見た姿見はげんなりとした顔で、力なく顔を左右に振る。
「古いルーン文字に三重円、そして極めつけは正十七角形。うん、これ宇宙人と交信違う、悪魔召還や」
「えぇぇぇぇぇぇぇ、うっそだー」
わらしべは近くに置いていた鞄から古ぼけた本を取り出す。皮で装丁された本は、角が丸くなり、所々赤黒い汚れが付着している。その表面には、金字で『Les clavicules de Salomon』と刺繍されていた。
「この本にはこれで未知の世界と交信出来ます、て書いてあるよぉ」
「おい、それ魔導書だろ! やっぱり悪魔召還じゃないですか、うわーん」
「え、そうなの」
一瞬きょとんとした表情になったわらしべだが、すぐに自信満々に胸を張る。形の良い巨乳が揺れ動いた。しかし、姿見にはそれを堪能する余裕はない。いや、わらしべが与えてくれない。
「でも大丈夫。ちゃんと、あたちがアレンジして、宇宙人と交信出来るようにしたからっ!」
「したって、どうやって!」
悲鳴に近い叫びに、わらしべは照れたように頭を掻く。
「……いやぁ、実は昨日、うっかりコーヒーこぼしちゃってねぇ」
わらしべが魔導書の中を開いて姿見に見せる。元々は流暢な筆記体が並んだであろうページは、茶色いシミと滲んだインクの所為で、半分以上原型を留めていなかった。
「オーノー、半分以上お前の妄想でできてるのか、この儀式」
「ま、気にしない、気にしない。ちゃんと生贄の項目は押さえてるから」
「ちくしょー、その乳、揉むだけじゃ足りない。吸わせてもらうからなぁ」
姿見の雄たけびに、わらしべは自分の胸を手で姿見の方に持ち上げる。
「いいよぉ。好きなだけ吸って、揉んで、扱けばぁ。ほぅれ、ほぅれ」
目の前でたゆんたゆんと左右に揺れる巨乳に姿見はラッキーとほくそ笑む。
最初は少し焦ったが、こんないい加減な儀式で何か起こるわけがない。縛られてるだけで、わらしべの巨乳を自由に出来る。これをラッキーチャンス、と言わずして、何を言う。
「クククククク……わらしべ、貴様の乳は貰い受ける」
姿見が邪悪な笑みを浮かべた。姿見の笑みに気付いていないのか、わらしべは元気よく拳を突き上げる。
「それじゃ、始めよぉう。交信の呪文は、『ケボロ ダーネケ ワルキデテンナ ト クタン コノトチ ミ』。大声でお願いねぇ」
満面の笑みをお願いするわらしべに、お願いされた姿見は目を丸くする。
「え、わらしべが唱えるんじゃないの?」
「嫌だよぉ、そんなの。失敗してあたちに何かあったらどうするの。その為のスケープゴートじゃん」
「お前、最悪」
「いいから、いいから、乳を揉みたきゃ、大声で、サンハイ」
わらしべに促された姿見は、やけくそ気味に叫ぶ。
「ええい、クソ、やってやるよ、ちくしょー。
ケボロ ダーネケ ワルキデテンナ ト クタン コノトチ ミ
ケボロ ダーネケ ワルキデテンナ ト クタン コノトチ ミ
ケボロ ダーネケ ワルキデテンナ ト クタン コノトチ ミ
ケボロ ダーネケ ワルキデテンナ ト クタン コノトチ ミ
ケボロ ダーネゲホゲホ」
呪文の五回目で、姿見はむせた。
「さっさと続けるっ!」
わらしべの叱咤に姿見は怒りを覚えるが、その胸で揺れる二つの塊を見て気を取り直す。
いやぁらめぇぇぇ、とか言わせてやる。そう心に決めた姿見が大きく息を吸い込んだ時、天空で何かが輝いた。
「なんだ、あれ?」
「さぁ、流星じゃなぁい?」
空を見上げると、不規則に揺れ動く光があった。光は次第に明るさを強めながら、その大きさを増大させていく。初めは針の穴程度だったが、今は米粒程度の大きさになっていた。
そして、わらしべと姿見の横に光が落ちた。
空気を切り裂く音が爆発音と同時に鼓膜へ叩きつけられる。
圧倒的なエネルギーが衝撃となって姿見を襲う。
悲鳴を上げる余裕すらない。
姿見は縛られていた十字架毎吹き飛ばされ、紙屑のように宙を舞い、木の幹に激突した。
姿見の肺腑から酸素が吐き出され、苦痛に歪んだ顔に熱風が叩きつけられる。
「何なんだ、ペッペッ」
姿見は口の中に入った土を吐き出し、顔を上げる。木々が焼ける破裂音を拍子に舞う火の粉と炎で飾られた木々があった。瑞々しかった草花は既に炎に包まれ、火の絨毯を作っている。
呆然と炎を見続ける姿見のすぐ側で、焼けた枝が地面に落ちた。火の粉吹き出し姿見の顔を襲う。火の粉から顔を背けた姿見の視界にカエルぱんつが飛び込んできた。同様に吹き飛ばされたのだろう、わらしべがスカートを逆さに捲り上げられた尻を姿見に突き出していた。意識がないのか、身じろぎ一つしない。
「わらしべっ! おい、わらしべ!」
芋虫のように縛られた姿見が力の限り声を上げる。何度も呼びかけると、わらしべの体が小さく振るえ、のろのろと起き上がった。
「よっしゃ、わらしべ。逃げるぞ。これ解いてくれ」
身動き出来ない姿見が大声で訴えるが、わらしべは反応しない。魂でも取られたように、光が落ちた場所に顔を向けたまま動かない。
「わらしべっ!」
姿見が悲鳴に近い絶叫を上げる。大口を開けたわらしべは震える指で墜落地点を指差した。訝しみながらも姿見はわらしべの指差す先を見て、
「マジデスカ?」
誰ともなしに呟いた。
わらしべの小さな指が指す先には光り輝く宇宙船があった。人類の作ったものではない。円盤型のそれはアダムスキー型と呼ばれる宇宙船。正確には未確認飛行物体。分かりやすくいえばUFOである。
UFOの前に小柄な人影が現れた。人影は小学生位の背の高さ――わらしべと同じ位だろう―で頭だけが異様に大きく、熟れたスイカ位の大きさがあった。
「おおぉぉぉぉぉぉっ! リットルグレェーイッ!」
わらしべの奇声をどこか遠くで聞きながら、姿見は魅入られたように影を見つめ続ける。
●×△△××□□□□□▽▼∵
眠りたくなるような穏やかな音が、姿見の耳をくすぐる。それが何処から発せられたのか気付くまでに、数秒の時を要した。あの美しすぎる旋律を目の前の影が生み出したとは信じられなかったのだ。
「言語解析終了シマシタワ」
今度は理解出来てしまう言葉で喋った影は、ゆったりとした動作で歩き出した。まっすぐ、姿見の方へ。
「アナタガ、アノ強烈ナ告白ヲ送ッテクダサッタ方デスネ」
自分の顔に降り注ぐ熱い視線に気付いた姿見は、わらしべに助けを求める。わらしべは鼻血を垂らしながら、うひょー、やひょー、と奇声を上げ、両手を挙げてその場で踊っている。役に立ちそうにはない。
「あれ、これ連れ去れちゃうの? 嫌ぁぁぁ、アブダクションは二十世紀まででしょーーーー」
姿見が体中をねじって逃げようとする。芋虫のように縛られ、十字架に縫いとめらた姿見の動きは、芋虫よりゆったりしたものだった。
影の歩みもゆったりしていたが、姿見の動きはもっと遅い。
逃亡らしい逃亡も出来ず、姿見は影の接近を許してしまう。乾いた笑いを顔に貼り付けた姿見が顔を上げると、影が上から見下ろしていた。
「ワタクシ、アナタノ熱烈ナ言葉ニ、落チテシマイマシタワ」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあっ!」
姿見の叫び声が夜空にこだまする。
これが鑑 姿見および日本と未知との初めての遭遇である。