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アートバンビーノ  作者: 凩夏明野
第四章-殺人-
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失魂落魄

「うーん?お早う。中々長い黒甜郷裡だったな爽。」


「気安く呼んでんじゃねえよ。反吐が出る。」


「は。おいおい、それが親に向かって言う台詞かよ。」


何が親だ。

親らしい事なんざ何もやってねえくせに減らず口を叩きやがって。


「雨は何処だ。」


「んー?何だよ鞘風。お前それも喋ったのか?」


「百まで、と言われたのでね。」


「おいおい。それじゃ楽しみが半減じゃねえか全く。」


「雨は何処だって聞いてんだよ出宮。」


「安心しろ。まだ死んじゃいない。」


まだって事は、鞘風が言った通り殺そうとしているのか。


「……俺が求めたのはそんな答えじゃねえんだよ。雨は何処にいるのかだけ答えろ。」


「お前随分と落ち着いてるな。さっきは俺がお前の母親を殺した人間で、途中から父親だった事を知って驚いてたってのに。」


「てめえ……話をはぐらかすんじゃねえよ!」


「ははは。そう怒鳴るな。そんなに知りたいなら、力ずくで聞き出したらどうだ?」


それをしたいのは山々だが、下手に手出しが出来ない。

出宮真のアートは、他人の力を使うアート。

どれ程のアートを使えるか分からない以上、無闇に攻撃した所で返り討ちにあうのがおちだ。

それに、鞘風がいる。

こいつは俺に記憶を返したが、別に俺の仲間になった訳じゃない。

『忘却曲線』が健在なのは厄介だ。

……まあ、此処まで来てまた全てを忘却させるとは思えんが。


「安心しろ。鞘風は手を出さない。」


「『読み取り機』までコピーしてるとはな。」


「当たり前だろう。あれ程の力を俺が使わなくてどうする。尤も、あいつ程自然には使えないが。」


自然に使えないって事は、コントロールが効くのか。

それって、寧ろ厄介な気がするけど。


「さて、雨の居場所が知りたいんだったな。彼女ならこの階下にいる。迎えに行きたいのなら行けばいい、と言ってやりたい所だが、生憎俺も我慢の限界でな。早くお前と戦いたいんだ。雨の事は紳士に任せておけばいいだろう。」


「……そうか。あいつはちゃんと生き残ってるんだな。」


良かった。

紳にまで死なれたら、もうどうなるか分からないからな。


「お前はあいつと戦った事はなかったか。一般人の中では確実に最強、アート使いを相手にしても大体の奴には勝てる男だ。単純な戦闘力で言えば、あいつ以上の人間はいないと言える程に強い。」


「……。」


この男がそこまで言うのだから本当に強いんだろう。

俺が今迄に見た紳の戦闘は、雑魚相手の物だけだ。

それでも充分、その身のこなしからして相当強いという事は分かってはいた。

分かってはいたが、その程度を俺は予測出来ていなかったんだな。


「さ、そういう訳でそろそろフィナーレに向けて始めようじゃないか我が息子よ。」


「二度と我が息子何て口を効くんじゃねえ。俺の親は、育ててくれたあの人と、母さんだけだ。」


「そりゃ失礼。確かに、作っただけで後は放置では、親とは言えんな。」


その言葉でスイッチが入った。

アートも使わず、刃も持たず、ただ徒手空拳での乾坤一擲。

今迄で放った中でも一番威力のある拳撃だったと思う。

何も考えず、ただ目前の敵に向けて放ったそれは、あっさりと受け止められた。


「中々良い一撃だ。軸足の回転から始まり、腰を入れ、その力を余す所なく右腕に伝播し、拳を叩き付ける。だが些か率直過ぎだな。」


「うるせえ……!」


何だ、こいつの力は……!

拳を引き戻そうとしてもビクともしない。

力、単純な握力が異常なまでに強い。

拳が、皮膚が、血管が、骨が、神経が、このまま握り潰されるんじゃないかと言う程に。


「ぐっ……!何時迄も握ってんじゃ、ねえ!」


左手で奴の右腕を強打する。

……ビクともしない。


「ふむ。まあ、単純な力比べではお前に分は無いだろう事くらい分かっていたが、それにしても非力過ぎるな。もう少し筋肉をつけた方がいい。」


「あ、ぐ、うううっ!?」


このまま握られ続けたら、マジで骨がイかれる。


「安心しろ潰したりしない。」


「っ……!」


その言葉通り、出宮はパッと手を離した。

すかさず出宮から距離をとり、右手を確認する。

……握れるし開ける。

骨に異常は無し。

あいつの手形が残っている以外は問題無い。


「お前の戦い方はそうじゃないだろ。早く抜け。」


「……言われなくても、そうしてやるよ。」


『ロッカー』から『凪』を取り出す。

『剣』を使い斬れ味を強化。

相手が武器を持っていなかろうと関係ない。

やっと会えた母さんの敵、此処で必ず殺してやる。


「行くぞ!」


「そんな掛け声はいらん。」


走り出すと同時に、腰のベルトに装着していた『茨』を5本投げ付ける。

出宮はそれを何でもない様に全て受け止めたが、そんな事は予測していた。

出宮が『茨』に気を取られている内に一気に間合いを詰め、奴の胸の辺りを『凪』で斬りつける。

紙一重で躱され、切っ先が服を少し斬っただけで終わったが、これもまだ予測出来た。

『凪』を、振るった勢いそのまま回転し左手に持ち替え、再びの斬撃。

これも奴の左腕、薄皮一枚斬りほんの少しの出血しかさせられなかったが、しかし未だに想定の範囲内。

本命は……!


「これだ!」


「おっと……!」


『ロッカー』から右手にナイフを召喚。

それに『剣』を使い間髪入れず投げ付けた。


「……このナイフ以外は、防がれる、若しくは躱されると予想していた。」


「しかし、それまでもちゃんとした一撃にならないとは思わなかった、か?甘いな。」


あの至近距離で投げ付けた、アートを使って空気抵抗すら切り裂き、避けるのは不可能と思われる程早く飛んでくるナイフを、こいつはさっきまでと違ってしっかり避けやがった。


「確かにいい線は行っていた。普通の奴なら、先ずさっきの一撃をまともにくらっただろう。」


「つまりは、あんたは普通じゃないって事だろ。」


んな事は分かってる。

分からないのは何故避けられたのかだ。

幾ら何でも、こいつが普通じゃないとは言え反応速度が異常なまでに高過ぎる。

1m離れているかどうかの距離から放たれた時速150kmの球を避けるくらい難しい筈。

体感速度は150何てもんじゃない。

それに反応し、剰え避けられる身体機能。

……こんな相手に勝てるのか。


「どうした?次の攻撃を仕掛けないのか?」


「喧しい!」


……しかし、考えてもみろ。

こんな小手先の技で勝てる筈はない。

もっと真っ正直に―――


「うおっ!?何処が真っ正直何だ!?」


「ちっ!これまで避けるか。」


『凪』の投擲も避けられる。

出宮に刺さらなかった『凪』は、そのまま壁に突き刺さってしまったが、問題ない。


「来い『袮々切丸』!」


「全てを断ち切る大太刀か。」


「ああ。前は一振りしただけで腕がイかれたが、今じゃ箸より上手く使えるぜ!」


両手でしっかり持ち、上に振り上げ、振り下ろす。

ただそれだけの事だが、強がり言ってみたもののやっぱキツイなこれ使うのは。

大太刀の一閃に巻き込まれる様に風が吹き荒れる。

又ぞろ躱されはしたが、風に煽られ少しバランスを崩せた。


「ぐ……振っただけでこれ程の風を起こすとは……。」


「それだけじゃねえぞ!」


姿勢を正す間を与えず、踏み込んで横薙ぎに振り抜く。

完全に決まった。

避けられたとしても『袮々切丸』の刀身ならば確実に傷を付けられる間合いだ。


「……だと思ったんだけどな。」


「俺もそう思っていた。が、残念だったな。」


出宮は避けなかった。

奴自身も、避けるのは間違いだと思ったんだろう。

防いだ。

確かにさっきの一撃は防がなければ無傷では済まなかっただろう。

防いだのはこの場合正解だ。

おかしいのは、アートを使った『袮々切丸』を受け止めている刀が存在しているという事だ。


「く、そ……!押し切れねえ……!」


「袮々の力を借りてこの程度か。もう少し本気を出しても構わないんだが。」


「うるせえっ!」


有り得ない。

俺のアートは全てを切り裂く。

それを刃で以て受け止める何て事、あっちゃいけない。

刃と刃なら、より斬れ味がいい物が勝つに決まっている。

出宮が使っている刀は、どう見ても普通の刀だ。

それが、その程度が、何故俺の一撃……を……!


「てめえ、まさか俺の……!」


「阿呆かお前は。そんな物、お前が生まれた時から持っていた。と言っても俺が持っているのは斬れ味の付加だけだがな。」


「くっそがああああああ!」


両腕に力を込める。

腕だけじゃなく脚、それのみに留まらず全身、全身全霊に力を込め『袮々切丸』を握り締める。

こんなに力を込めて大太刀を扱ったんたんじゃ、ビルの壁ごとぶった切っちまう。

本来なら、だが。

これだけやってもビクともしないなんて。

この男、本当に強い……!


「……正直な話、失望した。」


「あ……?んだとてめえ……!」


「リースロウを退け、アリスレット、クレアを殺したお前だ。俺を苦戦させるくらいの事はしてくれると思っていたんだが、どうやら時期尚早だったらしい。」


「嘗めてんじゃ、ねえよ!俺はてめえにだけは、負けねえ……負けられねえんだよ!」


「……馬鹿が。」


「な……!」


刃と刃なら、斬れ味がいい物が勝つ。

今回もそうだったらしい。

亀裂が入り、全てを断ち切る大太刀は砕けた。

無名の刀の刃が、俺を殺すべく迫る。

物凄く遅く感じるこの一瞬で、理解出来た。

俺はこいつには―――


「諦めないでください。」


「ぐあっ!?」


「ち!」


横から腹を蹴られ、刃を逃れた俺は代わりに壁に体を打ち付ける事になった。


「出来損ないが、今更俺の邪魔をしようと言うのか。」


「出来損ない程度に止められる貴方は、どうやら役立たずの様ですが。」


「げほっ!ぐ……紳、か?」


「ええ。やっと合流出来ましたね。」


『剣』を使った刀を受けるのではなく、それを操る腕を止めて防いだか……。

奴の怪力を止めるなんて、本当に強いなこいつは。


「全く、だ……く、本気で蹴り飛ばしやがって。」


「申し訳ありません。あの状態からでは貴方を蹴り飛ばす以外の方法を取ると私も無傷では済まなかったので。」


確かにそれは言える。

紳は出宮の腕を掴む事で刃の進行を、若干止めた。

さっきまで俺の頭があった部分までは振り下ろされているので、あのまま俺を蹴り飛ばさずにいたら、死ぬかは分からないにしても傷は負っていただろうからな。


「神杉紳。今更お前が出しゃばる場面は用意されていないって事くらい分からないのか?」


「いいえ。爽君が命の危機に瀕しているのならば、私は幾らでも出しゃばります。」


「は。出自が似てるからってシンパシーでも覚えたか?今迄殺す事しかしてこなかった奴が人助けとは笑わせてくれる。」


「どうぞ笑って頂いて結構です。貴方に笑われた所で私は何も感じませんから。」


丁寧に酷い事を言うなこいつは。

と、それはさて置き……。


「紳、助けてくれたのは感謝してもし切れんくらいしてるが、手を出さないでくれ。こいつとの決着は、俺がつける。」


「勿論そうして頂きますよ。……彼に関しては、貴方以外手出しする事は許されませんから。」


「意味深な事を言うじゃないか紳。まあ理解は出来るがな。要するにお前は爽が羨ましいんだろ?しっかり復讐出来るこいつが。」


「……。」


俺の事が羨ましい?

どういう意味なんだそりゃ。

確かに俺は、出宮を殺す事で母さんを殺された復讐出来る。

そこに意味なんて求めていない。

ただ許せない、人間の原理である感情に則って行動しているだけだ。

そんな俺を、紳が羨ましがるなんて有り得ないだろ。


「違うな。違うんだよコード剣。お前は神杉紳という男をまるで理解出来ていない様だな。こいつはその立ち振る舞いから紳士なんて呼ばれてはいるが、これは己を守る為の術に過ぎない。感情を殺し、常に冷静沈着を装わなければ直ぐにでも死ぬ人間なんだよこいつはな。でないとマラッティーアを殺してしまうからな。」


「……どういう意味だ?」


出宮にではなく紳に問う。

マラッティーアが紳を……作ったのは既に知っている。

やはり、マラッティーアを恨んでいたのか。


「思い込みとは恐ろしい物ですね。勝手に分かった気になって、得意気にそれを話してしまうとは滑稽にも程があります。」


「図星だろうが。しかし悪かったな。ああいや、何も今の発言について謝ってる訳じゃない。マラッティーアを殺した事に対する謝罪だ。復讐の機会を奪ってしまって本当に申し訳ない。」


「此処までいくと滑稽なのを通り越して哀れにすら思えてきますね。正直な話、今直ぐにでもその勘違いを言葉にしてしまう口を封じてさしあげたいですよ。」


「ならやってみるか?何、安心しろ。お前如きに殺されはしないさ。」


おいおい。

俺が倒すべきみたいな事言ってたのに喧嘩売りまくりじゃねえか紳の奴。


「紳、ちょっと落ち着けよ。」


「私は常に落ち着いていますよ。それより、爽君こそ落ち着きましたか?震えは止まった様に見受けられますが。」


「え?」


震えって、俺震えてたのか?

何でだ?

何で震えてなんていたんだ俺は?

出宮の力の前に為す術もない事に絶望でもしていたのか?


「は、可哀想にな爽。確かに、親に殺されかける何て言うのはかなりショッキングだろう。想像は出来ないが心中は察する。そりゃ震えもする。」


「何だとてめえ……!」


「彼の煽りを真に受けてはいけませんよ。せっかくアートもしっかり作用する様になったんですから簡単に心を乱してはいけません。」


「分かってる!」


『剣』を何度も使う事で無理矢理精神を落ち着かせる。

切り離す、あいつに対して生まれて来る激情を。

切り離し、貯めておけ。

こんな物何時迄も切り離せておけるもんじゃない。

奴との戦いの中で必ず爆発する。

それを生かす為にも、今は一々出宮の言動に怒っている場合じゃない。

とにかく冷静になれ。

そうでなきゃ見えてくるもんも見えねえ。

活路を見出さなきゃ、あいつには勝てん。

……さて、落ち着いた所で気付いたが。


「お前らまだ力比べを止めないのか。」


「私はもう止めてもいいんですがね。どうも彼はそうではない様なので。」


「俺も別に止めてもいいんだがな。こいつなど放っておいてさっさとお前に止めを刺したいからな。」


なら止めりゃいいのに。


「止めて爽君に止めを刺そうというのなら、止める訳にはいきませんね。」


「おや、紳士ともあろう男が一度口にした言葉を引っ込めるのか?それは何とも小さな男になったものだな。」


「何とでも宣って頂いて構いません。元々それは人が勝手に呼び始めた名前です。愛着など元よりありません。」


何でもない様に会話しているが、二人共腕に込めた力を全く緩めていない。

どちらの腕にも青筋が立ち、今にも血管が破裂するんじゃないのかってくらいだ。


「爽君、私が今から多少時間を稼ぎますので、貴方は忘れ物を取りに行って下さい。」


「忘れ物……?って何だ?俺何か忘れたっけか?」


「空気を読めよコード剣。こいつが身を呈してまでお前を守っている理由はお前を助ける為だ。今のお前は弱い。度し難い程にな。だが、紳士の言う忘れ物を取りに行けば、或いは俺に刃が届くかもしれんぞ?」


「少し気に入りませんが、彼の言う通りです。早く、解放してきなさい。そうすれば、貴方ももう心置き無く、彼を殺せる筈ですから。」


……そうか。

そういう事か。

俺は心の何処かであいつの事を心配していた。

それは、俺の全てを少しずつ鈍らせていたんだ。

別にあいつのせいにするって訳じゃねえけどな。


「分かったのなら急ぎなさい。彼女は一つ下の階、エレベーターを降りて左の奥にある部屋にいます。」


「……済まん紳。俺が来るまで、生き残っていてくれ。」


「言われるまでもありません。」


紳と出宮、それに鞘風に背を向けエレベーターに走り出す。

……絶対生き残れよ。

死ぬんじゃねえぞ紳。

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