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アートバンビーノ  作者: 凩夏明野
第四章-殺人-
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思索想起(他)

「全てを話すと言ったからには、当然私が知り得る……いや、君が本来知っている事を話すつもりだが、はてさて何処からどう手を付けたらいいものか。返すのは、ある程度話してからにした方がダメージは少ないと思うんだが、どう思う出宮。」


「いきなり消していた物を返した所で混乱するだけだろ。話してやれよ一から十と言わず百まで。」


「……何勝手に話を進めてやがる。俺はまだ何も納得出来てねえし、それ以前に理解も出来てねえんだよ!」


「馬鹿かお前は。だから今から鞘風が説明すると言っとるだろうが。」


「じゃあ教えろ!鞘風が何で此処にいる。こいつは、確かバンビーノに反発してるとかいう話だっただろうが!」


何でそんな奴が此処にいて、俺の親父と喋ってるんだ。

おかしいだろ。

鞘風がいる事も、そしてそれ以上に親父が此処にいる事も!


「ではそこから簡潔に話すとしよう。私に関する事は些事に過ぎないからね。そこで死んでいるマラッティーア・ウォーモと同じさ。私はバンビーノに協力していた。……同じではないね。彼はジェニトーレという架空の組織に協力していたんだった。もっと細かく言えば、バンビーノやジェニトーレを通り越して、この男、出宮真に協力していた。ただそれだけさ。」


「出宮真って……あんたは俺の父親だろ!」


「おいおい、さっきも言っただろ。俺はお前の父親でもあり、お前の母親を殺した立木規爺でもあり、出宮真でもあるって。尤も、俺自身は俺の事を出宮真と定義しているがな。」


「何なんだよそれ……意味分かんねえよ。なあ!」


頭がどうにかなりそうだ。

あいつが立木規爺だとして、自分の妻を殺した?

意味不明過ぎる。


「あーあー、ったく。お前の力はこういう時に落ち着けるって長所があるだろうに。考え方がぐちゃぐちゃ過ぎる。育て方を間違えたか。」


「うる……さい……!」


「涙まで流してまあ。情けねえったらありゃしない。」


俺だって泣きたくて泣いてるんじゃねえんだよ。

言い返そうとしたが、言葉がすんなり出て来そうにもないので止めた。

あいつの言った通り『剣』で落ち着かねえと……。

って無理だ。

動揺が半端じゃない。

これじゃアートの制御何て出来やしない。


「あーもう面倒だ。鞘風、俺がこいつを寝かし付けるからもう返してしまえ。その方がやっぱり手っ取り早い。」


「分かった。では爽君には夢を見る様に想起してもらうとしよう。」


「寝かし付けるだと……。何意味の……わから……。」


あれ……?

急に激しい、すいまが……。


「眠りながら思い出すのであれば、脳への負担もそこまで大きくはならないだろう。これ以上動揺する事もないだろうからね。『忘却曲線』。今こそ返そう、君が忘却の彼方に置き忘れた記憶を。」




……。

ああ、此処は、夢の中だ。

所謂明晰夢。

夢の中にいる事を感覚として分かる夢。

完全に落ちる前、鞘風は俺に記憶を返すと言った。

つまりこれは、記憶を整理するという夢本来の役割にちゃんと沿った……って何でこんなに冷静なんだ俺は。

さっきまであんなに取り乱していたというのに。

これが睡眠の力なのか?

そう言えば最近はあまりまともに寝て……。

あれは、何だ?

でかいガラスの筒の中に、何やら液体が満ちている。

あれだ、よく映画何かで化け物とか作ったりする、名前は知らんが、あれだ。

気付けば俺は、研究所らしき所にいた。


「あれの様子はどうだ?」


「万事順調です。あと数日もすれば完全に安定すると思われます。」


「そうか……。果たして良かったのか悪かったのか。」


「所長、此処ではあまりそういった事は……。」


「ああ、済まない。引き続きデータを取り続けてくれ。」


「分かりました。」


ふむ、どうやら俺の勘は当たっているらしい。

あの中で、何かを作っている。

作っているみたいだけど、まだ液体の中には何も無い様に思える。

それがあと数日で安定する?

何なんだ一体。

……あの所長って呼ばれてた男、どっかで見た事ある気がする。

それもかなり最近。

考えている内に、どうやら数日が経ったらしい。

ガラスの中に、数日前には無かった何かがいた。

……あれは、人間だと?


「所長、やりましたね遂に。」


「やってしまったと、本音を出せるなら是非言いたいもんだよ。」


人間を作ってたのか。

男、見た目は5、6歳といった所か。

人間を作っているで思い出したが、バンビーノはそれに近い事をやってたな。

アックアーリョ・アリスレット。

アートから生み出された人間。

人間の形をしたアート。

彼女もまた、作られた人間だった。

つまり、此処はバンビーノの研究所って訳だな。


「……僕が分かるかな?君は今この瞬間に人間として生まれたんだ。」


「……。」


ガラスの中の少年は何も答えない。

そりゃそうだ。

数日前まで影も形も無かった奴にいきなり喋れなんて無茶な注文にも程がある。


「恨んでくれて構わない。僕は君を、過酷な世界に招いてしまったんだからね。憎くて、憎くて、憎くて、どうしょうもないなら、いつか僕を殺してく、ゲホッ!ぐ……。」


「所長!?大丈夫ですか!」


「……大丈夫か、そうでないかと言えば……そうでないけど、大丈夫だよ。此処最近どうも体の具合がよろしくなくてね。」


「無理もないですよ。所長は此処の所働き詰めだったんですから。少しお休みして下さい。データは引き続き我々が取っておきますから。」


「そうだね。……お言葉に甘えて少し、休ませてもらうよ。」


そうそう。

具合が悪い時は寝てりゃいいんだよ。

そうでなくても所長何て椅子に踏ん反り返ってりゃいいものを。

物好きな……。

既視感の正体が分かった。

所長と呼ばれていた男。

どつかで見た事あるなんてもんじゃねえ。

俺はつい最近まであいつと行動を共にして、そして、あいつは死んでいったじゃねえか。

マラッティーアだ。

うん、ピンと来てからよくよく見てみりゃあいつまんまじゃねえか。

元は科学者だったとは、驚いたね。

……あれ?

いや、いやいやいや。

おかしいだろ。

あいつは確か17だか18だかくらいだった筈。

しかしどう見たって所長の見た目は30代。

身長だってマラッティーアより5cm程上だ。

……成る程合点がいったぜ。

所長はマラッティーアの父親だ。

そりゃ似てて当然かもな。

あいつも、あのまま成長してればこんな感じになっていたのか……。

そう考えると、どうもなあ。


「カルテナンバー2732。今日の調子はどうだ?」


「……いたってりょうこうです。きょうもかいてきですごしやすいです。」


「ふむ……機械的ではあるが、此方の質問に対してしっかり返答をしている、と。」


どうやら更に数日が経ったらしい。

ガラスの少年は、パッと見た感じ中学生くらいまでは成長している。

なんちゅう成長速度だ。

とは言え、まだ受け答えはそこまで上手く出来ないみたいだ。

……うーん。

この少年も見た事ある気がするんだよな。

マラッティーアの親父さん同様。

しかし俺にこんなちっこい知り合いは……って、一体今が何年前なのかも分かんねえんだ。

こいつが俺と関わりを持っているとして、現在ではもう今の姿とは全然変わってる筈。

そりゃそんな知り合いいないわな。


「はかせ、しつもんしていいでしょう?」


「ん?何かな?」


「どうしてわたしは、このなかにいるんです。」


「え?……それは。」


中々確信を突く質問だ。

自分が人間だと理解出来てしまっているからこその疑問。

自分と同じ人間達は外にいるのに、自分だけはガラスの中に閉じ込められている。

全く以て納得がいかないだろうよ。

さて、これに対して博士は何と答えるのやら。


「君の体は、まだ安心出来る状態じゃないんだ。少しでも衝撃が加わったりすると、もしかしたら組成が根本から崩れてしまうかもしれない。だから申し訳ないが、もう少しの間だけそこにいてほしい。」


「……わかりました。はかせがそういうならしたがいます。」


成る程。

優等生的な答えだ。

それだけに腹が立つ。

一見申し訳なさそうだが、その実こいつは少年を人間として見ていない。

衝撃が加わったりすると?

人間に対して使う言葉じゃない。

と、腹を立ててる場合じゃねえな。

所変わり、再び所長が現れた。


「所長如何しますか?彼は信じられない速度で成長して、自らの置かれている状況について疑問を感じ始めています。これはあまり好ましくない展開だと思うのですが。」


「形を成して数日でそこまでの成長とは、確かにあまり好ましくないね。しかし、此処で記憶の操作をする事は出来ない。初めて上手くいったというのに、検証をまるで重ねないままリセットなどしていては進歩はないからね。」


「それは分かりますが……。その先に使い物にならなくなったらどうするんです?」


「その時は仕方ない。廃棄させてもらうしかないだろう。」


「廃棄、ですか……?」




廃棄とか、正に研究者って感じの物言いだな。

マラッティーアの親父さんだから何となく温厚そうな人間だと思っていたけど、どうやらあいつと同じく根っこの所で無意識に残虐らしい。

……?

マラッティーアが無意識に残虐?

何だそりゃ。

そんな事誰か言ってたか?

何て考えていると、今まで視界に写っていた物が全て消えた。

一体何だってんだ。


「いや失敬。記憶を返す何て久しぶりにやったものだからね。間違えて君にマラッティーアの記憶を送り込んでしまったよ。」


「鞘風?何でお前がこんな所に?」


「記憶を操っているのは私のアートだ。ならそこに出入り出来るのはおかしくないだろう?さて、そろそろ夢の中には慣れたかな?」


「夢の中に慣れるってあんまり聞く表現じゃねえな。」


夢に慣れるもくそもあるのか。


「確かにそうだね。現場をちゃんと理解出来ているならそれで良しとしよう。此処からは私が解説役として記憶の旅に随伴するけど、構わないかな?」


「構わねえよ別に。」


「ではさっそく解説させてもらおう。さっきも言ったが、この記憶は君の物ではない。マラッティーア・ウォーモの記憶だ。だから君はあの所長が誰なのか、そしてガラスの中の少年が誰なのかが分からない。」


返してもらった所で、他人の記憶ではそもそも俺の中に元々無い物なのだから、思い出しようがないって事かな。

……ん?


「話を脱線させる様で悪いが一つ質問だ。マラッティーアからも記憶を奪っていたのか?」


「まあね。と言っても君の場合とは異なりかなり断片的にだ。今見ているこの記憶くらいかな。」


「成る程。それは一体何故だ?」


「それはもう少し先まで見れば分かる。という訳で、少しの間黙って進行を見守るとしよう。」




鞘風が指を鳴らすと、再び研究所に戻った。


「しかし所長、いくら実験体とは言え、使えなくなったら廃棄というのはあまりにも、その、酷いといいますか。」


「随分と人間らしい事を言うね。」


「私が人間だという話ではなく、彼が人間だからという話です。作られた人間であろうと人間は人間。人権が配慮されるべきだと考えるのですが。」


「一理あるが、それは特に考える必要がないね。彼は我々バンビーノの礎になってもらう為だけに生み出された存在なんだ。礎というより、人柱と言った方が合っているかな。」




中々酷い事を言う奴だ。

今すぐにでもガラスの少年を助け出したくなるくらいに。


「科学者の鑑とも言えるがね。」


「非人道的過ぎる。科学の発展に犠牲が付き物なんてのは、あんたの理念にも反する事なんじゃねえのか。」


「……理念か。それは置いておいて、先を見よう。」




「それは理解出来ますが……。」


「この話はこれで終わり。君は彼とコミュニケーションを取って、人間らしさをどんどん植え付けていってくれ。生きるのに必要最低限な物だけを。」


「……分かりました。」


そして再び時が流れ、どうやら一週間が経ったらしい。

ガラスの少年は18歳くらいになっただろうか。

ますます見た事がある顔になった。

……いや、俺は既に答えに辿り着いちまってる。

と言っても、顔を見て分かっただけだが。


「お早うございます博士。今日は何を教えて頂けるんでしょうか?」


「お早う。今日は君の願いを叶える日だよ。」


「願い、ですか?それは一体何なのですか?」


「ガラスの外、君は今日から我々同様外の世界で生きていく。」


「本当ですか?それは非常に嬉しい事です。」


「しかし条件があるんだ。君は私の指示に従う事。尤も、それでは君の自由が無くなってしまう。反発する事は許可しよう。ちゃんとした理由があるのなら、私は指示を撤回する。分かったかい?」


「分かりました。」




「ふーん。あいつの自由とか考えるんだな。こいつはマラッティーアの親父さんとは違ってかなり情に流されやすいタイプなんだ。」


「その認識は誤りだよ。彼も結局の所では科学者なんだ。別に自由にしていいとは言っていない。人間として、何事にも疑問を抱かないのはおかしいから、そういう条件を出しただけなんだからね。」


冷え考えの奴だな全く。

鞘風はもうちょい優しい奴だと思ってたんだが、どうもそうじゃないらしい。




「どうかな外の世界は?」


「そうですね、とても快適です。これ程までに空気が美味しいと思ったのは生まれて初めての事です。」


「それは良かった。」


此処に来て初めて、俺はこの研究所が何処にあるのかを知った。

日本人ばっかだから何となく日本だと思っていたが、そうじゃなかった。


「今の時期のモスクワは過ごしやすい。しかし、やはり日本が恋しいな。」


「日本とは、今私達がいるロシアからそう遠くない国だったと記憶していますが。」


「そうだね。そこまで遠くない。君が今話している言葉も、私達日本人が使う日本語だ。」


「そうなのですか。あまり意図せずこの言葉を使っていました。皆さん使っておられたので。」


「いいんだよ。君は日本人なのだから。」


「日本人ですか?しかし私が生まれたのは此処ロシアです。ならばロシア人なのではないですか?」


「……まあ、詳しい話はまた後日という事にしよう。初めて外に出て疲れただろう。部屋を用意してあるからそこで休むといい。」


「分かりました。」




「……おい鞘風。何時までマラッティーアの記憶が続くんだ?」


「おや、退屈かな?」


「別に退屈じゃねえけど。」


俺の記憶を返すって話だっただろうが。

話が逸れ過ぎだ。


「退屈じゃないのか。私はそろそろ飽きてきた頃だったんだが。」


「なんだそれ……。」


「君にも関係ある事なので見てもらおうと思っていたんだが、結末を言ってしまった方がいいかな?」


「……いや、もう少しだけ見る。」


「そうかい。では続きといこう。」




更に月日が経ち、少年は20歳くらいに、つまりは青年になっていた。

……やはり、か。

事此処に至って、俺は完全にあいつが誰なのかを理解出来た。


「お早う。今朝の調子はどうかな、神杉紳。」


「お早うございます所長。至って健康ですよ。過ぎるくらいに。」


「それは重畳。さて、では今日は刃物を使った訓練だ。相手は軍人崩れの傭兵三人。気を抜けば即死ぬ事を頭に置いておく様にね。」


「分かりました。」


紳。

あいつが、作られた人間だったなんて。

少しばかりのショックを受けながら、記憶を見続ける。

場所は、20畳程の部屋。

コンクリートに覆われた閉鎖的な部屋だ。

窓が付いていて、どうやら外から中を観察しているらしい。

壁のあちこちに血痕が付着している。

そしてさっきの紳と所長の会話。

これだけあれば、一体この部屋で何が行われているのかを察するのは難くない。


「では始めてくれ。」


所長の声がスピーカーから響く。

それを合図に紳が部屋の中に入ってきた。


「……本当に構わんのか?殺す気でかかって。」


「勿論。その気でいかなければ君達がやられるよ。」


「は。これは嘗められたもんだ。こんなひょろい餓鬼にやられる訳ないだろ。」


部屋の中には先客がいた。

さっき所長が言っていた軍人崩れ共だろう。

素人ではまず作れないであろう筋肉からしてな。

いかにも強そうな奴らだ。


「さて、指示通りナイフで戦う様にお願いするよ。」


「分かっている。全く、こんな楽な仕事で10万ドルも払うとはな。」


「……それくらい安い物さ。君達がこれから味わう地獄に比べれば。」




マイクを切った所長が呟いた。

当然それは軍人崩れには聞こえていない。

……地獄を味わうって、紳と戦ってって意味だよな。

確かにあいつは強いけど、生まれてから数週間で軍人崩れ共を倒せるとは思えん。


「普通に考えればそうだね。でも忘れていないかな?彼は生まれてから数週間であれだけ成長した。普通ではないんだよ。」


「言われてみりゃ確かにそうだな。」




実際、その戦いは普通ではなかった。

軍人崩れ共は、最初の内は一人ずつかかっていったが、その内二人ずつ、最後にゃ全員で紳をナイフで切りつけまくった。

しかし、さっき所長が言った様に、こいつらは地獄を味わう羽目になっちまった。


「クソが!何なんだこいつは!?」


「申し訳ありませんが、私には神杉紳というちゃんとした名前があります、クソがとか、こいつなどと呼ばれるのは、些か以上に頭に来ます。」


「く……!そいつを羽交い締めにしろ!」


「おう!」


軍人崩れの一人が、紳を後ろからホールドする。

ありゃちょっとやそっとじゃビクともしなさそうだ。

尤も、紳の奴はわざと捕まった様だが。


「ナイスだヨーデルンテ。いくぞヴェルストノ!」


「分かっている!」


「これなら殺せるだろ!」


「ぐ……。」


紳の腹にナイフが二本突き刺さる。

柄まで沈める勢いで刺さってる。

ありゃ確実に内臓に届いてるな。

普通に考えれば、死ぬレベルの傷だろう。

しかもあのナイフは……。


「へ、へへへ。悪いが、小細工を使わせてもらったぞ小僧。お前程度に嘗められたままじゃ、大人として恥ずかしいからな。」


「……エクセッシブナイフを使っておいて恥ずかしくないとは、中々面白い冗談ですね。」


「何とでも言え。我々にとって、負けるとは死を意味する。負けなければ恥も外聞もない。」


紳を捕まえる事を止め、男達は距離を取った。

支えを失った紳は膝から崩れ落ち、床にへたり込む。

ナイフのグリップから血が流れ続けている。

エクセッシブナイフは、抜かずとも出血する類のナイフだ。

刃に無数の穴が開けてあり、その中を通じてグリップから血を出す。

その為普通のナイフに比べて刃の厚みが1.5倍程増してある。

と言ってもそれは量産型の話。

今あいつらが使ったのは日本の刀匠が作った逸品で、普通のナイフと同じくらいの厚みしかないのに、ちゃんと出血させグリップを赤く染める。

……さて、紳の奴は気付いているかな。


「日本の刀匠、最奥院氏の物と見受けました。」


「ほう、知っていたか。そう、これは最奥院が作った世界に十本しかないエクセッシブナイフ、『紅』。普通のナイフと変わらぬ厚みで、出血量は通常のエクセッシブナイフより上という至高の逸品だ。これで死ねるなら、ナイフ使いとして本望だろう。」


「……最奥院氏の『紅』の真価、それはエクセッシブナイフでありながら、通常のナイフの様に扱える事にあります。エクセッシブナイフは厚みがあるので、切る事にはあまり向いていません。」


「それがどうした?」


「貴方がたが使ったこれは、贋作だと言っているんです。」


「な……お前、それだけ出血しておいて何故、そんなにピンピンしているんだ!」


確かに。

紳が流した血液の量は、死ぬ程ではないにしても立っていられない程の物だった。

だった筈なんだが、普通に立ち上がった。

いや、それだけじゃない。

さっきまでの戦闘で、ナイフが刺さった以外にも、あいつは傷を受けていた。

なのにその傷は綺麗さっぱり治っている。

エクセッシブナイフから流れる血も段々と減っている。

超回復。

それが、紳が普通でない所以か。


「因みに、これが本物の『紅』です。」


「がほっ!?」


「うごおっ……!」


「ヴェルストノ!ヨーデルンテ!」


早い……。

辛うじて見えたが、ナイフを投げるモーションが早過ぎる。

直接対峙してないからそう思のかもしれんが、しかし軍人崩れが避けられなかったんだから、やっぱり早いんだろう。

ヴェルストノとヨーデルンテとか言う二人は、腹に『紅』が突き刺さり、紳の時よりも二倍増し程早く、そして多い血を流している。


「貴方は先程『紅』が世界に十本しかないと仰りましたが、十二本の間違いです。本物はグリップに十二支の文字が刻まれています。子から亥が。そして……。」


「く、ううう……ああああああ!」


……最後は捨て身か。

軍人らしいとも言えるが、傭兵になった奴がやる事じゃねえな。


「が……あ……。こ、の……化け物が……。」


「切れ味も、他のナイフを遥かに上回ります。」


捨て身で突っ込んで来た軍人崩れのナイフを手刀で弾き飛ばし、それと同時にそいつの頸動脈を『紅』で切り裂いた。

確かに、聞いた事はあったが、実際に目にすると驚くくらい凄え切れ味だ。

斬ってから数秒経ってやっと傷口が開いたくらいだからな。


「やっと終わったか。」


マイクの電源が入れられ、部屋の中に再び所長の声が響く。

そういや何か調子悪そうだったけど、どうやら治った様だな。

声のトーンが前よりも高い。


「三人とは言え、その程度の相手に十分も掛けている様では、まだまだ弱いと言わざるを得ない。」


「申し訳ありません。」


謝りつつ、紳は頸動脈を斬った『紅』と、突き刺した『紅』の血を拭き取っている。

……エクセッシブナイフの場合、刃の中にも血が入っちまってる訳だが、それはどうしてんだろう。

その存在自体は知っていたが、使った事はないので手入れの仕方は知らん。

刃の表面、それにグリップに付いた血を拭いた所で鞘にしまったって事は、別に必要ないのかもな。


「ところで所長。」


「何だ、っ!?」


「厚さ2cmの防弾ガラス。その劣化した部分を見抜いて、貴方まであと5mmの所まで切っ先を持っていける私は、まだまだ弱いのでしょうか?」


「……いいや。進歩していると言っておくよ。」


こりゃたまげたな。

俺はアートを使えば防弾ガラスくらい軽く切り裂いたり出来るが、まさか普通のナイフを貫通させるとは。

劣化した部分を見抜いて刃を突き刺すとか、人間業じゃない。


「……申し訳ありませんでした。この後は自室に戻り休息を取る、でよろしかったでしょうか?」


「うん。それでいいよ。ゆっくり休みなさい。」


「分かりました。失礼致します。」


そう言い残し、紳は部屋から出て行った。

部屋の中では死体処理班……かは知らんが、の様な奴らが軍人崩れ共の死体を片付け始めた。

黒いゴミ袋に無造作に放り込み、それを担いで外に出て行った。


「……いや全く、彼の進化には驚かされるね。まだまだ弱いなどと言ってはみたものの、彼より強い人間なんていないんじゃないかな。」


防弾ガラスに残されたナイフの切っ先をつんつん触りながら所長は言う。

ナイフに仕掛けをして、防弾ガラスを貫通させたとでも思ってんのかね。


「はい。恐らく今この地球上で最も強い人間の一人だと思われます。」


「最もの一人とはね。英語風の表現の仕方をするじゃないか。」


「済みません。しかし事実です。彼と同等に強い人間がいますからね。」


「あれと同等の強さ、か。げほ。それは是非見てみたいものだね。」


「ええ。そう言われると思ったので連れて来ました。」


「ごほごほっ……何?」


……あいつは。

あいつが、何で此処に!


「どうも。初めまして、だな俺の名前は出宮真。そうだな、言うなれば君と同類の人間と言った所か。」


「同類とはどういう意味なのかな?」


「そのまま何だが、まあいいか。少し話がしたいんだが、いいかな?」


「げほごほ……失礼。構わないよ。」




「……成る程。何となく察しがついた。」


「おやそうなのかい?」


「人間を生み出す研究をしているバンビーノの施設に、出宮真が来た。つまり、アリスレットを生み出す算段をつけに来たんだあいつは。」


「ふむ、中々察しがいい。その通り。出宮はアックアーリョ・アリスレットを作る為に此処に来た。彼はこの時まだバンビーノの総責任者ではなかったので、所長も出宮を知らなかったんだ。」


……それは別にどうでもいい。

アリスを生み出す算段をつけに来たって事は、多分此処にアリスの生みの親であるアックアーリョ・ヴェストリーチェもいるんだろう。

彼女の顔を知らないから見ても分からないだろうけど。


「所で爽君。察しがついたのはそこだけなのかな?」


「ん?そこだけってどういう意味だ?」


「……いや、分からないならいいよ。続きを見よう。」




「それで、げほっ!失礼。話とは何かな出宮真。」


「単刀直入に言わせてもらおう。お前今、不治の病に罹ってるだろ。」


「……年上に対する物の言い方というのを、もう少し考えた方がいい。」


「こう見えても俺は結構年取ってるんだがね。まあいい。答えたくないのか?」


「咳で悟ったとでも言うのかな?僕が不治の病に罹っているなんて、ガセ情報にも程がある。」


「いいや、ガセじゃない。お前は若返ってるからな。」


「……。」


若返ってる!?

んな馬鹿な……あーいや、んん?

言われてみれば、確かにちょっと前に比べて肌の張りとかよくなってる気が。

さっき、声のトーンが高くなってるのは調子が良くなったからだと思ってた。

でもそれは、若返ってるせいだったのか。


「は、だんまりか?せっかく治す術を教えてやろうとしたのに。」


「……方法は、僕も考えていた。結論から述べれば、恐らくだが、僕の理論で治す事が出来る。」


「遺伝子操作で、か?」


「……何者なんだきみは。」


「さっき言っただろ。出宮真、それ以上でも以下でもない。因みに言っておくが、遺伝子操作では治らない。お前のそれは病気だが、作られた病気だ。そもそも遺伝子に干渉する仕組みじゃない。体細胞に影響を及ぼし、それのみに固執しているからな。お前の遺伝子を調べた所で、異常は何も見つからない。最も、短くなったテロメアなどが元に戻りつつあるくらいは見る事が出来るかもしれんがな。まあ、実は細胞を見た所で結果は同じ。昔に戻りつつあるのが分かるだけだ。」


「どういう意味だ?もう少し分かりやすく簡潔に言ってくれないかな。作られた病気とはどういう事だ。」


「まんまの意味さね。作ったんだよ、お前が。」




病気を作った?

……ああ、そうか。

人間を作る様な研究機関だ。

病気が作れても何もおかしくないな。

ただ気になるのは、それをなんであの所長が知らないかだ。

知ってなきゃおかしいだろ。

しかも今出宮は所長が作ったって言ってたし。


「鞘風。まさかお前が所長の記憶を?」


「いいや。私はこの頃の彼と直接会ったことはないよ。先を見れば分かるさ。いい加減気付いてほしい所ではあるけどね。」


はあ?

一体何にだ?




「確かに、僕達は病気の研究もしている。作られた人間は、総じて寿命が短い。テロメアが普通の人間に比べると、個人差はあるがかなり短いからだ。だから病気などで死なれると困るからね。」


「だが、お前は若返る病気の研究などしていない。ましてその病気を作ったなんて、有り得ない。とでも言いたいんだろうが、ところがどっこいお前は作っちまったんだよ。」


「残念ながら僕に夢遊病の気はないよ。知らない内にそんな奇特な病気を作るなんて、君の言葉を借りれば有り得ない。と言いたい所だね。」


「まあ自覚はないだろうな。俺も最近まで気付かなかったくらいだからな。この俺がだぞ?笑えるだろ。」


「……。」


自意識過剰なのか何なのか知らねえが、一々癪に障る話し方をする奴だ。

父親の顔で話されるとそれが倍増する。


「さて、じゃあ前置きはこのくらいにして本題に入るかねえ。」


「僕の病気の話は前置きだったんだ。」


「まあな。何処から話すか……そうだな。俺は昔から何でも出来た。」


「……それで?」


「急かすなよ。物事には段取りってもんがあるんだから。何をやっても誰にでも勝てる。勝っている。優れている。そんな人間なんだ俺は。いただろ、クラスに、いや学年に一人くらいは。何をやらせても上手くこなす奴が。俺はその更に上を行っている、というより最高系と言った方が合ってるか。」


やっぱり自意識過剰だったらしい。

まあ、あの物言いからして信実なんだろうけど。


「とにかく、俺は誰よりも全てを上手くこなしてきた。それはな、俺にとって物凄く退屈だった。子供から大人に変わろうとそれは変わらなかった。」


「全く以て理解不能だ。」


「だろうな。人それぞれ悩み事は違うもんだから、他人が理解出来なくても仕方ない。ただ俺の悩みがそれだっただけの話だ。そんなある日の事だ。俺は此処、ロシアの地に来ていた。何でも本物の超能力が使えるとかいう奴がいてな。それを見に来ていたんだ。」


「超能力……ああ。そう言えば二年程前にテレビでよくやっていたね。」


「俺は何でも出来る。そこに際限はないのか、壁はないのかと思って全世界の、そういう常人離れした力を持つと言われる奴らに会いに行っていたんだ。勿論バンビーノの仕事をこなしながらな。んで実際にその超能力者と会ってみた。それがまた凄かった。他のインチキだったり、ただのマジックだったりの奴らと違って、あいつだけは本物だった。正直かなり驚いたなあの時は。」


「確かに、彼がテレビに出演したのを見たけどあれはどうやっても科学的に説明出来るものではなかった。」




一体何なんだその超能力って。

アートか?

いや、でもアートに出宮が驚く訳……?

そう言えば、バンビーノの研究所だってのに、その研究はしてなさそうだったな。

部門が違うとかか?


「ああ、そうか。君はアートがどの様にしてこの世に現れたのかも知らないのか。」


「アートがどの様に?」


そういえば考えた事がなかった。

俺は気付いたらアート使いになっていたし、世間にも気付かない内にアート使いが沢山いた。


「その辺の話は、君の記憶を見る時に分かるよ。続きを見よう。」




「でも彼をテレビで見たのはその一回限りだったな。」


「ははは。そりゃそうだろ。俺が殺したんだからな。バンビーノに命じられたんだよ。あの力は殺人にも使える。管理出来ない力が恐ろしかったんだろうなバンビーノは。」


「……成る程。理解出来る話ではあるね。」


「ただ、バンビーノは恐れてしまったあまりにミスを犯した。それは俺に奴を殺しに行かせた事だ。」


「どういう意味だ?」


「俺もな、あの男に会った時初めて気付いたんだが、同じ様な力を使えるんだよ。」


……誰よりも全てを上手くこなす男。

そんな奴が、超能力者に会って自らの力に気付いた。

嫌な予感しかしない。


「殺す前に色々話を聞いたんだが、子供の頃あいつは、その力のせいで大分辛い目にあったらしくてな。それこそ地獄の様な日々だったと言っていた。そして、それはこうして力によって金を稼げる様になっても変わらなかったと。誰もあいつをあいつ個人として認めない。認められていたのは、あいつの持つ他とは異なる奇特な力だけだったからな。だからあいつは言ったよ。俺に殺される事でこの地獄が終わる。やっと解放されるってな。」


「……。」


「境遇は違えど、俺もあいつも地獄を味わった。その共通点に気付いた瞬間、俺の中で弾けたんだよ。そして、目の前の死体を焼き尽くしていた。」


「あの超能力者の力、それは何の仕掛けもない対象に着火する物だったな。例えその空間が真空だったとしても、対象は燃え続けていた。」


「そうだ。その力を俺も使える様になっていたんだよ。」


……やっぱりかよ。

予感通りだ。

最悪の展開とも言える。

出宮真、奴のアートは恐らく相手のアートを奪う、若しくはコピーする物だ。

前者だとしたら恐ろしいし、後者だとしても恐ろしい。

一体あいつは、何種類のアートを使えるってんだよくそ。


「俺はこの地で発現したこの力に『アート』と名付けた。意味は分かるか?」


「アート……英語ならばそのまま美術か、技術か、技か。はたまた芸か。」


「くくく。まあ、見世物的な意味で言えば芸に間違いはないな。」


「冗談だよ。この地で、と言う事は英語ではないんだろう?」


「ああ。ロシア語だ。」


え。

そうだったのか。

てっきり俺は英語だとばかり思ってたんだが。

ロシア語でアートって、どういう意味なんだ?


「ロシア語でアート、つまりは地獄だね。」


「その通り。俺もあいつも種類は違えど地獄を経験してきたんだ。ならその通りの名前を付けてやらなきゃな。」


地獄、か。

確かに言い得て妙なのかもしれない。

雨は、他人の考えが頭に流れ込んできて、死にたくなる程のストレスを抱えていた。

クレアは、親から酷い扱いを受けて死にたくなる程の絶望を抱えていた。

きっと、マラッティーアやサエッタも。

程度の差はあれ、地獄と呼べる様な経験をしてきたんだろう。

アートから生まれたアリスは別だが。


「俺は考えた。アートを使う者、アート使いは目に見えていないだけで世界中にいるんじゃないかとな。もしそいつらをバンビーノに誘い込めれば人口を減らすのがもっと簡単になるんじゃないかとな。」


「確かに。科学で証明出来ない炎何て、如何にも殺人向きだね。」


「だろ?それからまた色々な国を巡った。そして何人か見つけ、力の使い方を教えてやった。割と簡単に見つかったな。今にも死にそうな人間を片っ端から襲って、アートを使ったらアート使い。そのまま殺される様なら違う。簡単だろ。」


「……まあ、過程を重視しないなら簡単だね。」


「それも段々面倒臭くなってきてな。途中からバンビーノの情報網を使って過去、現在で死にたくなる程の絶望を抱えている奴を探して、後は俺の息が掛かった兵隊共に襲わせ、死ななかった奴を誘拐してきた。中でも優秀だったのは、サエッタ・ディチェンブレと名付けた15歳の男だ。」


な……。

サエッタは、誘拐されたってのか?

そんな事一度も聞いた事が……あ。

いや、そう言えばマラッティーアと最後に話した時に攫って来たとか言ってた様な。

だが、あの口振りからしてマラッティーア自身が攫って来たんだと思ってたんだけどな。


「電気を操るアートでな。たまたま俺が会いに行っていたから良かったものの、兵隊だけで行っていたら返り討ちにあっていただろうな。」


「興味深い話ではあるけれど、良い加減いいかな出宮君。」


「あ?何だ?」


「話の流れから理解出来たよ。僕も、そのアート使いなんだろ?」


「は、ははは。話が早くて助かるぜ。そうそう。お前もアート使いだ。恐らく病気を操る類のな。」



……ん?

病気を操るアート使いって。


「おい鞘風。もしかしてなんだが、あいつマラッティーアなのか?」


「やっと気付いたのかい?これは彼の記憶と最初に言っただろう。それなのに、主にスポットライトが当たっているのがマラッティーアの父親では、おかしな話じゃないか。」


「た、確かに……。」


もっと早く気付いても良かっただろ俺……。


「尤も、この頃の彼の名前はまだマラッティーアではないし、風体も大分違うから気付かなくても仕方ないとは思うがね。」


「それにしたって察しが悪すぎだ俺。」




「病気を操る、ね。何故そんな事が分かる?僕はまだそのアートとやらを使った記憶がない。それなのに種類を断定出来るのはおかしいんじゃないかな。」


「おいおい。お前自身もう分かってんじゃねえのか?アートは、それまでに経験してきた人生をベースにその力を発揮する。お前の息子、それに妻、お前自身。調べさせてもらったから知っている。」


ニヤニヤしながら、恐らくはマラッティーアの触れてほしくないであろう過去に、あいつはずけずけと入り込む。


「確か4年程前か。あの頃お前はイタリアにいた。バンビーノ本部専属の研究員としてな。その時節、イタリアでは正体不明の病気が蔓延していた。発熱、咳など風邪に似た症状から始まり、嘔吐、下痢、腹痛に加え、口腔、鼻腔、皮膚、消化管からの出血、また吐血。皮膚が黒くなり、最終的に意識が混濁、心臓が衰弱して全身から出血し死に至る。エボラ出血熱にペストを加えたみたいな恐ろしい病気だな全く。」


「……。」


「まあ答えを言っちまえばその病気はお前が作り出したもんだ。最初の感染者であるお前は、病気の基でもあった。そしてそのせいで息子と妻を失った。お前だけ生き残ってな。」


「少し、黙ってくれ。」


「いやいや、此処まできたら全部話すに決まってんだろ。息子と妻を同時に亡くしたってのに、お前だけは生きた。それはそれは辛い思いをしただろうな。だからお前はイタリアを離れ、此処ロシアで研究する事にした。人を作る研究をな。」


「……ああそうさ。僕は彼女と、息子と、再び会いたいが為に此処に来た。201研究所が、人間を人為的に作り出す研究をしていた事は知っていたからね。お笑いだよ全く。増え過ぎた人間を減らす為に作られた機関が、人間を作り出すなんてね。それでも、僕は縋るしかなかったんだ。」


「そして出来たのが神杉紳だった訳だ。」


「彼には悪い事をしたと思っている。望んでもいない生を与えられ、過酷な運命に身を置かせてしまった。」


「は。そんなもんどうでもいいだろ。口ではそう言ってるが、お前はこれっぽっちもそんな事思っちゃいねえよ。」


無意識に残虐、ってやつか。

マラッティーアは結局、紳の事なんてどうでもよくて、ただ妻と息子を生き返らせたかっただけなんだな。


「……そうかもしれないね。僕は人間ではないのかもしれない。」


「アート使いは、他の凡人とは一線を画する。……そうだな。例えば、人間を復活させる事が出来る奴も或いはいるかもしれない。お前が望むのなら、それを手助けしてやってもいい。」


止めろ。

そんな口車に乗るな。

それは、悪魔の囁きと同じだ。


「……人間を作り出すのは、結局今の科学力では限界がある。それは寿命の短さであったり、意思を持たせる事であったり。……科学で出来ないのなら、人智を凌駕する力に頼るしかない。」


「分かってるじゃないか。なら……。」


「分かった。僕は君に協力する。」


「良い答えだ。なら、先ずはお前の病気を治してやるよ。」




「おわ?!」


いきなりブラックアウトして何も見えなくなった。

何だってんだ一体。


「ああ、ごめん。飽きちゃった。」


「飽きたって、何に?」


「マラッティーアの記憶の再生。結構辛いんだこれやるの。結果だけ言ってしまえば、この後出宮はマラッティーアの病気を加速させて今のマラッティーアまで戻し、私のアート『忘却曲線』を使って彼の記憶の殆どを消し、自分を命の恩人だと洗脳した。以上。」


「以上って……。」


これ以上なく簡潔に教えてくれたけど、こんな終わり方でいいのかよ。


「因みに、出宮はこの201研究所からマラッティーアと、神杉紳、そしてヴェストリーチェを連れ出した。残りの研究員は、マラッティーアが無意識の内に作った病気、イタリアで流行っていたあれを、使って殺した。しかし神杉紳だけは死ななかった。だから彼はバンビーノの殺人者として今まで生きてきた訳さ。ヴェストリーチェはアリスレットを作らせる為に連れ出した。これでマラッティーアのお話は終わりさ。」


「……。」


「納得出来ないかもしれないけど納得してもらうよ。もう時間がないからね。次は君の記憶だ。」


こいつ、こんな適当な奴だったのか。

……まあいい。

マラッティーアの過去を知る事が出来たのは、良かったと思う。

あいつの痛みも、俺は背負って行く。


「では、改めて解放するよ。君の記憶を。」

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