病入膏肓
かかってこいとは言われたものの、さてどうしよう。
僕はこの人のアートを知らない。
そもそもアート使いなのかどうかすら知らない。
バンビーノのボスがアート使いではないとは考えにくいから、やっぱりアート使いなんだろうけど。
僕のアートは戦闘に特化したものじゃない。
暗殺向きの、大人しいアートだ。
本来なら病気という事象を使ってこの人を殺すべきだったんだろうけど、それじゃ筋が通らない。
今この瞬間、僕はこの人に殺意を覚えているけど、それでも世話になった事には違いない。
そこを取り違えるのは、駄目だ。
とか何とか言って、僕は結局の所格好つけたいだけなのかも。
クレアの病気がうつったかな。
「どうした、薄ら笑い何て浮かべて。何か面白い事でも思い出していたのか?」
「薄ら笑い何てしてないよ。僕はただ、今更だけど自分の愚かさを噛み締めているだけさ。」
「そうだな。確かに愚かだ。俺に歯向かう何てな。」
「それに関しては確かに愚かだ。貴方に反旗を翻すのがこんなに遅くなってしまった事は。」
仕方ない、相手の手の内が分からない上に、相手から攻めてこないなら、不得手ではあるけどこっちから攻めるしかない。
『ロッカー』から『白鳥』を取り出す。
ただ美しいだけの刀。
「『白鳥』か。懐かしいな。お前に刀の扱い方を教える時にくれてやった刀だったか。」
「ええ、そうです。その刀で、貴方を殺させてもらう!」
刀を手にした相手を前にしても尚、自分は何も持たない構えない。
それがこの人のスタンス。
第一打を自らが発する事はない。
それなら、そこに付け入る隙がある。
何て考えそうだけど、この人は後手に回って仕掛けるのが上手いだけなんだ。
先手を取るといつも死にそうになる、そういつか言っていた。
アートの特性上そうなのか、それともただのジンクスなのか。
それは分からない。
なら分からないなりに、攻めるだけだ。
「攻めるだけ、何て思ってたんだけど、そんなの有り?」
「有りだな。これくらい出来ないでどうする。」
白刃取りとか、そんな事出来る人そうそういない。
やったら掌のが斬られるだけだ。
「俺も素手でやろうとは思わんさ。アートを使わなきゃ、幾ら俺でも手が血だらけになる事間違いなしだ。」
「白刃取りが上手くなるのが貴方のアートですか?」
「そんな訳は、ないだろう!」
「は……?」
ポキリと、そんなあっさりした音を発てて、僕の『白鳥』は折れた。
……いやいや、日本刀ってこんなに簡単に折れる物じゃないでしょ。
まだ鈍器で殴って折るとかなら分かる。
素手で折るなんて、有り得ない。
「よく言うだろ。有り得ない何て事は有り得ない。矛盾しかない言葉だが、言い得て妙だとは思わんか?」
「どうだろうね。」
白刃取りが出来て、日本刀を折れるアート。
……肉体の強化か?
筋肉を強化する千石とかいうアート使いが確かいたけど、それと同系統なのか。
だとするなら近接戦闘は不味い。
圧倒的に此方が不利だ。
打たれ弱い僕が、日本刀を折れる力で殴られたら一発で行動不能になる。
『白鳥』は折れてしまったし、次はこれでいこう。
「次は銃か。見た所紳士が使う様な特殊な物ではなさそうだが。」
「ただの拳銃だよ。何処にでもあるね。」
「いや、銃が何処にでもある訳ないだろ。」
「言葉尻を捉えないでよ。」
込めてある弾は17発。
確か全部ただの風邪だった気がする。
発病までのタイムラグは着弾から約7秒。
とんだ産業廃棄物だ、何の役にもたたない。
それでも、牽制くらいには使えるだろうけど。
「お前が銃で来るのなら、俺は刀を使わせてもらおう。」
「まるで爽君だね。彼は相手がどんな武器を使おうとも、必ず刀や剣で戦ってきた。」
「だろうな。それがあいつの存在意義だ。」
「存在意義とは、これまた大仰な物言いを。」
会話をしつつ、何気なく5発撃ってみる。
僕の射撃センスは良く言って下の上。
悪く言えば下の下だ。
だから胴体に当たる様に撃った訳だけど。
「いくら爽君でも、それは出来ないと思う。」
「弾を斬るくらい出来なくてどうする?」
「いやどうするって言われても。」
5発全部斬られたみたいだ。
目では追えなくても音で分かる。
そんなの、人間技じゃない。
「まあいいや。それならそれで、策はある!」
「っと、それは少し不味いな。」
次は手榴弾6個。
これに仕込んであるのは、耳鳴り。
飛び散った火薬を吸い込むか、破片が体に刺さるかすれば発病する。
タイムラグは4秒。
耳鳴り何て軽いと思うかもしれないけど、普段なる様な物とは段違いの耳鳴りだ。
耳元で延々と爆音が垂れ流されている様に感じるレベルの耳鳴り。
そんな物をくらえば、半規管が麻痺する。
更に言えば、音による情報が拾えなくなる。
とは言え、所詮それらの症状は思い込みによるノーシーボ効果の様な物。
実際にはそういう症状はなく、耳鳴りでしかない。
けど、今回の相手もちゃんと罹ってくれたみたいだ。
「……これ程の、耳鳴りは初めてだな。」
「だろうね。僕が被験者になって丹精込めて作り上げた病気なんだから。と、こんな事言っても聞こえないかな。」
ノーシーボの上乗せ。
口八丁手八丁だろうと、とにかくこの人をより不利な状況に陥れなければ勝てない。
しかし耳鳴り程度じゃ人は死なない。
……ロッカーに残っているのは、ああ。
これか。
「お次の武器は煙幕と来たか。」
「ええ。分かっていると思うけど、当然これもただの煙幕じゃない。」
煙が室内を満たしていく。
これに込めていた病気、それは僕が初めて作った物だ。
名称何かはない。
『薬の主作用を著しく高くする病気』。
尤もこれは改良版の呼称で、今僕が使ったのはそれより劣化した物だ。
『病気の症状をより強く、又薬の主作用副作用を著しく高くする病気』。
これのおかげで、僕はただの擦り傷でも死ねる体になってしまった。
血友病、当時僕はそれに罹っていて、治すために実験として作ったんだけど、結果は大失敗。
永久に治らなくなってしまった。
僕の体は病気に対して免疫力が高い訳じゃない。
ただ順応性が高いだけだ。
慣れてしまえる、病気に。
だから正確に言えば、今までに罹った病気は治っていない。
ただ慣れてしまって症状が表に出ていないだけだ。
だからこそ僕は病気を使えるんだけど。
それでも、治らない、元い慣れる事が出来なかった病気が二つだけある。
それは今も僕の体を蝕んでいる。
一つ目は、さっきも言った血友病。
何をどう足掻こうと、治る事は、慣れる事は決してない。
二つ目は……。
僕がもっと大人だった頃、アートに目覚める前から罹っていた病気。
抑えられてはいるけど、それでも確実に僕の体を蝕んでいる。
これのせいで僕は絶望していたけど、これのおかげで僕はこの人に会えた。
そしてアート使いになって、生きる意義を見つけられた。
この人の為に何かをしたい。
命を救ってもらった代わりに、僕はこの人の願いを叶えたい。
そう、思っていた。
でも何時からか、僕の存在意義は変わっていた。
アリスやクレア、サエッタ、それに爽君や雨君。
彼女達を守りたい。
そう思う様に、何時からかなってしまっていた。
しかしそれはこの人に敵対する事に同義だ。
彼の願いは、彼女達が死んでこそ叶う物だったのだから。
それ故に、僕は此処まで逃げてしまった。
僕が弱いせいで、アリス、クレア、サエッタは死んだ。
「だから僕は、これ以上逃げない。例え貴方を殺す事になろうと、もう立ち止まったりはしない。」
「実に若者らしい考え方だ。大局的に物を見ず、ただそこからのみ見える風景が絶対だと信じる。嫌いではないが、とうの昔に忘れてしまった。」
「でしょうね。貴方には……。」
命懸けで何かをするなんて気が、全くないんだから。
煙は満ちた。
これで彼も僕のオリジナルに罹った筈。
「最後に聞いておきたい。雨君は何処にいる。」
「今際の際の言葉がそれでいいのか?」
「……分かりました。自分で探し出します。」
体内で、病気という事象を増幅。
アドレナリンの分泌量を通常の5倍まで上げるだけの病気。
ほんの一瞬だけ、常人では出来ない動きが出来る様になる。
体が壊れる可能性があるから、あまり使いたくはなかった。
それでも、使わなきゃこの人には勝てないし、体が壊れたって構わない。
「……さようなら。父さん。」
「ぐ……!」
折れた『白鳥』で必殺の病気を込めた一太刀を浴びせる。
ボツリヌス症、発症するのはそれだ。
四肢麻痺を起こし、重篤な場合呼吸筋が麻痺して死に至る。
「高速移動……とは、またとんだ隠し球だな。」
「病状を……悪化させる病気に加え、ボツリヌス症です。これなら、そこまで苦しまずに逝けるよ……く……。」
思った以上に反動がある。
脚がガクガクして『白鳥』を支えにして立っているのが精一杯だ。
しかし、それだけの甲斐はあった。
父さんは、四肢が麻痺し始めたのか、うつ伏せで倒れてしまったし。
……終わったよ、アリス、クレア、サエッタ。
雨君を見付けたら、僕も―――
「僕も、何だ?お前も死んで会いに行くとでも言うのか?」
「な……!?」
「滑稽だな。お前が死後の世界など信じているとは思わなかった。」
倒れてしまった、と思っていたら立ち上がっただと?
有り得ない。
既に呼吸筋の麻痺まで至っている筈だ。
それなのに何故……。
「何故、そんな何ともないような顔が出来る……!」
「何故と言われてもな。お前が言った通りだ。残念ながら何ともない。」
「有り得ない……有り得る筈がない!何人たりとも、病気による影響から逃れる事は出来ない。出来る筈がない!」
「有り得ているし、出来ている。だからこそ俺はこうして立っている。」
……どうする。
今即座に出せる病気は、何だ。
さっきの反動のせいか、頭が回らない。
「自らのアートが絶対的な力を持っていると考えていたお前の負けだ。残念だが、それは既に経験している。俺にボツリヌスは効かない。」
「免疫が出来ている……。」
「まあそういう事だな。」
「……く、くくく。あはははは!そうか……やっと分かったよ。貴方のアートが。」
頭が回らないのは、病気の反動のせいじゃない。
これは、病気自体のせいだ。
「眠いだろ?ナルコレプシーはそういう病気だからな。そのまま寝ろ。そうすれば、楽に死ねる。」
「……そういう訳にはいかないよ。僕は、僕自身の手で決着をつける。」
ごめん爽君。
雨君は、君が助けてくれ。
僕は……此処で終わりだ。
此処が最上階……。
エレベーターで来ちまったが、特に何の邪魔もなく来れると逆に気味が悪いな。
この先にマラッティーアの奴はいるのか?
役割を果たすとあいつは言った。
俺を殺さずに放置して、一体何をするのか。
おおよその見当はつく。
けりをつけに行ったんだあいつは。
自分のせいで三人を殺したけりを。
「……馬鹿野郎が。一人で何でもかんでも抱え込みやがって。」
まあいい。
全てが終わったら、一発ぶん殴ってやる。
そして、あいつらの墓を作るんだ。
それがせめてもの……!
「な、何だこりゃ。」
最上階の廊下を奥に進むと、扉があった。
いや、正確には扉だった物か。
爆発でも受けたのか、バラバラになってやがる。
「一体誰がこんな事しやがったんだか。」
陰から中を覗いてみる。
……煙っぽくていまいちよく見えねえが、それなりの広さの部屋だな。
人の気配が一つ。
奥の方に座っている様だが、視認は出来ん。
ま、俺からそうなら相手からしてもそうだろ。
どの道俺が最上階に来た事自体はバレているだろうし、この際堂々と―――
「……マラッティーア!」
じっと目を凝らしていると、床に倒れているマラッティーアが見えた。
思わず声を上げちまって、おまけに駆け寄っちまった。
正しく堂々と、だな。
「おい!しっかり……。」
……ダメか。
既に死んでいる。
床には大きな血溜まり。
敵に切られたのかとも思ったが、どうやら違うな。
左手首に切り傷がある。
そして右手には折れた日本刀。
「……何で自殺何てしてんだよお前。それがお前の償い方なのか?お前を信じて、今まで守ってきた奴らが、それで納得するとでも思ってんのかよ……!」
「ほう、驚きだな。お前まで死後の世界を信じているとは。」
「……!」
声に反応して飛び退く。
やべえすっかり忘れてたぜ。
こいつが対峙していたであろう相手を。
「別にそういう訳じゃねえよ。ただ、あいつらが生きていて、この結末を知ったら何て思うか、ただそれを考えただけだ。」
「成る程。全く、やはり完璧な殺人者にはなれていない様だな。これでは今までやってきた事も無駄だ。」
「完璧な殺人者になんて死んでもならねえよ。さっさと面見せろや。それとも、そのままそこに座ったまま死にてえのか。」
「おっと、客に対して失礼をした。では顔を見せよう。お前が追い求めていた顔をな。」
「何……え?」
……頭が追いつかない。
何でだ。
どうしてだ。
「何で……あんたが此処にいんだよ!」
「おいおい。あんたとか、親に使う言葉か?」
「そこはどうでもいいだろ!質問に答えろ!」
「答えよう。ある時は御剣爽の父親。またある時はお前の母親を殺した立木規爺。その実体は、バンビーノの総責任者、出宮真だ。」
……嘘、だろ。
俺の親父が、俺の母さんを殺して、しかもバンビーノの総責任者?
意味が、分からない。
「分からないだろうな。良いだろう。そろそろ返す時がきた。出て来い鞘風。」
「は……?」
此処に来てまた意味が分からない。
鞘風?
どうして此処でその名前が出て来て、しかも……。
「やあ爽君。御剣爽君。久しいね。」
「どうして、あんたがバンビーノにいる……。」
「全てを話すよ。その為に私は此処に来たのだから。」