度徳量力
「……。」
俺は、俺は嘘吐きだ。
何が殺人者じゃないだ。
何が殺人欲がないだ。
そんな物は嘘、大嘘だ。
現に俺は、殺したくない、殺す気などないと言いながら、仲間を二人も殺した。
アックアーリョ アリスレットを。
クレアツィオーネ マテリアを。
誰かに強要された訳じゃない。
確かに、俺は彼女達を殺さなければ、逆に殺されていたかもしれん。
二人は俺を殺す気で戦いを挑んできたから。
だがそんな物は言い訳に過ぎない。
過程がどうあれ、この場合大切なのは結果だ。
二人を殺した結果が、結局どうしようもないくらい俺を体現している。
殺人者、殺人鬼、呼び方なんてなんでもいい。
どっちにしたって人殺しだ。
謝ってどうかなる事じゃない。
償える事じゃない。
なら俺はどうすればいいんだ。
「……なあ、頼むよ。誰か教えてくれよ……。俺は、一体どうすればいいんだ……。」
「先ずは顔を上げろ。」
「え……うぐ……!」
うつ伏せで倒れていた俺の頭を誰かが持ち、無理矢理顔を上げさせてきた。
「……サエッタ。お前も、別に囚われていた訳じゃなかったんだな。」
「……。」
サエッタは何も言わない。
ただ、表情が全く読み取れない目で、俺の目を見ているだけだ。
「なあサエッタ……俺はどうすればいいんだ?二人も殺して、それでもまだ生きている。何でなんだよ。」
「それは自分で考えろ。お前がアリスとクレアを殺し、今此処にいる理由は何だ。」
「……雨を、雨達を助ける為、だ。」
「ならばせめてそれを遂行しろ。成し遂げろ。それこそが、唯一死んでいった二人に対する贖罪だ。」
……何時もと違って、すげえきっぱりと言い切るんだな。
何て思ったが、確かにその通りかもしれない。
贖罪になるかどうかは分からないがそれでも、二人を犠牲にしてまで今此処に俺として生きているのなら、雨を助ける事を放棄しちゃ駄目なんだ。
「……済まん。確かにその通りだ。ところで、何時まで俺の髪の毛を掴んでる気なんだ?」
「離す訳がないだろう。折角今から殺そうとしている奴の頭を掴んでいるんだ。最大限に利用させてもらう。」
「は?が、あ、あああああああああ!」
サエッタの言葉を理解する前に体中に痺れが生じた。
いや、正確に言えば体中を電気が走った。
ビリビリする。
体が焼ける程の電流じゃなさそうだが、それでも辛いな。
「何、しやがる!」
「……。」
サエッタの顔を殴ってやろうとしたが、腕が上手く動かない。
電気のせいか……。
頭から流しているんだ、もしかしたら運動神経とかがいかれちまったのかも。
思考は出来ているから、今の所脳の損傷とかはないんだろうけど。
それでも、このままなのは不味い。
痺れる手で、ホルダーに残っていたナイフを何とか取り、刃の部分を持ちながら地面に刺した。
「……成る程アース代わりという訳か。まあ、十分に溜まったろうからもういいが。」
「か……!はあ、はあ、はあ……!」
何が十分なのかは知らんが取り敢えず電流は流れを止めた。
サエッタは離れたが、それでも10秒くらいは痺れが残っていて上手く動く事が出来なかった。
「……サエッタ、お前まで俺を殺すって、どういう事だ。」
「お前はアリスとクレアを殺した。理由がそれ以外にいると思うのか?」
「やけに、今日は確信的な物言いじゃねえか。そっちのが良いと思うけどな。」
サエッタもか。
手品木の野郎だけは、例え何と言われようと殺すしかない様だな。
「とにかく、悪いが俺はお前を殺す。『シレンツィオ・ルッジート』。」
「な、ぐ、ああああああ!?」
触れられてもいないのに、再び電流……!?
どうなって……溜まった?
「まさか、さっきの電流は……。」
「『シレンツィオ』、お前の国の言葉で静寂を意味する。電気を対象の体に溜める。『シレンツィオ・ルッジート』、それを解放する事で電気を流す。『シレンツィオ』はその名の通り本来なら敵に溜められた感触など残さないが、今回は乱暴にやらせてもらったのでな。」
「……今、言ったのか?」
「ん?何をだ?」
……気付いていないのか。
それともとぼけているのか。
どっちにしろ、か。
サエッタは、俺を敵だと認識している。
……もう、修復不可能なのか。
「ぐ……!」
「ほう。立ち上がれるとは驚きだな。」
「……へ、立ち上がるだけで、精一杯だけどな。」
「だろうな。神経系が麻痺している今、そもそも立つ事自体本来なら不可能。一体何をしている?」
「さて、何だろうな。」
最近になって、俺はようやく自分のアートがどういう物なのかを理解してきた。
最初はただ、刃の持つ物を自在に操れるだけという認識。
そして、何でも斬れるという認識。
更にそれは、何でも切れるに繋がった。
俺は、何でも、ありとあらゆる物を切る事が出来る。
切っ掛けは、アリスが死んだ時。
紳に冷静になれと言われて、俺は本当に簡単に冷静になった。
正直俺の性格からして有り得ない事だ。
どっちかと言うと、そういう時俺は取り乱してしまうタイプ。
それが落ち着けたのは、俺が自身の感情を切ったから。
怒り、悲しみ、そういう負の感情を全て切り離した。
だから俺はあんなにも冷静でいられた。
ありとあらゆる物を切る。
刀を上手く扱えるだとか、何でも斬れるだとか、そんな物は表面的な物でしかなかった。
俺の本質は、切ることにある。
今回も同じだ。
電流のせいで体が上手く動かないが、運動神経の内幾つかの機能を切り、電流をシャットアウトする事でなんとか立っていられる。
もう少し練習すれば完璧に動ける様になるかもしれんが、それは許してくれねえだろうな。
「まあどうでもいい事だ。どの道動けはしないのだからな。」
サエッタが右手をこちらに向ける。
それは、イタリアでも見た。
その時手を向けていたのは壁だ。
でも今は、俺に向けて。
「『電雷華』。覚えているかは知らないが、イタリアで壁を吹き飛ばした技だ。あの時は破壊が目的だったので荒っぽく、破壊力に重きを置いていたが、次は違う。殺傷力にのみ特化した物を放つ。」
「は……壁を吹き飛ばしてる時点で、殺傷力も抜群じゃねえか……。」
「それでは体が残らない。お前を殺したという証拠にもならない。」
俺を殺した証拠、ね。
やっぱりサエッタもか。
ああ、出来る事なら、俺は手品木を殺してから死にたかった。
あいつが作った切っ掛けが、俺達の関係を根本から叩き崩したんだからな。
もう人殺しと呼ばれても構わない。
手品木だけは、俺の手で殺しておきたかった。
「では、さようならだ爽。お前と過ごした時も、それなりに楽しかった、と思う。」
「操られていても、そこは曖昧なんだな。」
『電雷華』は放たれた。
撃ち込んだ対象に華の様な跡を残すからそんな名前なんだとか、聞いた様な。
そんな事を考えながら、俺は迫る雷を見る。
これが死の間際の超感覚っやつか。
本当なら一瞬で終わる筈なのに、物凄く長く感じる。
……いや、違う。
実際に長い……?
動きが全てスローになっている。
俺以外の動きが。
一体、俺は、何を切っ―――
「がふぁ……。」
めちゃくちゃ変な声が出てしまった。
まああんな激しい電撃が当たればこんなもんかもしれんが。
「……御剣爽。お前は一体何なんだ。」
「……あ?」
苦しい。
息がまともに出来ない。
吸う度、吐く度、胸に激痛が走る。
肋が逝ったって奴か?
どうでもいいけどめちゃくちゃ痛い。
声なんて出せない。
「俺は今、お前の体全体を襲う規模の『電雷華』を放った。だと言うのに、見たところ胸部にしか当たっていない。しかも右側だけに。どう考えてもおかしいだろう。」
「は、く……。」
駄目だ。
やっぱり返事出来ねえ。
ま、返事が出来たとしても、俺自身何が起こったのかよく分かんねえんだけど。
「お前が如何なる物でも斬る事が出来るとはいえ、放たれる方向が分かっているとはいえ、電気を斬るなど不可能の筈だ。目で追えない物を斬るなど絶対に不可能。何故だ?一体何をした。」
「だ……わかね……。」
だから分かんねえんだって。
……何をしたか何て分かっても分からなくても最早状況に変わりはない。
息が出来ないんじゃ動けん。
痛いしな。
もう、駄目だ。
流石に此処を切り抜けられる気がしない。
何でも切れるけど。
……何で此処にきて俺はこんなに軽い考え方をしてんだ。
これこそあれか、今際の際の諦め状態か。
悟り開いちまったか俺。
それともまた無意識の内に感情を切り離したか?
どれだけ逃げてんだよ。
「まあ良しとしておこう。『シレンツィオ・ルッジート』は切れたが、それでも動けない所を見ると、其れ相応にダメージは負っている様だからな。このまま殺させてもらうと―――」
「うーん。それじゃ困るんだよサエッタ。」
「……カピターノ?何故、此処に?」
おっと此処でマラッティーアの登場か。
……は?!
マラッティーア?!
いやいやおかしいだろ!
クレアやサエッタを俺を殺させる為に自由にしておくのは分かる。
その餌であったマラッティーアが自由なのは意味分からんぞ!
「何故って。そうだね。爽君を殺させない為だね。」
「爽を殺させない為?何故?あいつはアリスとクレアを殺した。ならば殺さなければ。」
「……そうだね。アリスとクレアは爽君が殺した。いや、爽君に殺させた。」
「……何を言っているんだ。」
「じゃあネタバラしといこう。僕は所謂ジェニトーレ側に協力して、爽君に二人を殺させ、サエッタも殺させようとした。それには理由があるんだ。だから此処で君に爽君を殺させる訳にはいかない。分かったかな?」
「……。」
サエッタが愕然とした顔をする。
それは俺もだが。
マラッティーアがジェニトーレ側?
一体何の冗談なんだ?
「サエッタ、最後に命令する。爽君を殺すな。君では爽君を殺せない。尚も殺そうとするなら……死ね。」
「……了解した。『電雷華』。」
「やめ、ろ!」
やっとこさ痛みに堪えて声を絞り出したが、その言葉はサエッタに届かなかった。
天井に、破壊を目的にした『電雷華』が放たれる。
破壊されれば、当然瓦礫が降り注ぐ。
サエッタに。
「……済まない爽。」
瓦礫が音を立てて落ちてくる中、その声だけは確かに届いた。




