冠履倒易
「あはははははははは!」
「ち……。」
ありゃちと面倒だな。
走り回って、飛び回って、岩陰に隠れで弾を回避し続ける。
クレアの左手になったガトリングガンが、絶えずその砲身を回し続けて、俺を殺そうと弾を放つ。
アート、『剣』のおかげで、俺は何でも切り裂く力を持ち、あらゆる刀、剣、その他刃が付いた物を誰よりも上手く使いこなす事が出来る。
出来るが、目で追えない銃弾何て斬れねえ。
だからこうやって無様に逃げ続けるしかない訳だ。
クレアがああなった以上、圧倒的にあいつの方が有利だ。
と言っても、別に銃器を持ち出してきたから有利って事じゃない。
あいつが、あいつの戦い方になってしまったから、圧倒的に有利なんだ。
そもそものクレアのアートである『チェッルラ』の本分、それは破壊だ。
自らの筋力を増大させ、相手を殴り殺す。
体の一部を刃に換え、相手を斬り殺す。
体の一部を銃に換え、相手を撃ち殺す。
そうやってあいつは戦ってきた。
破壊に重きを置き戦ってきたからこそ、アートの本分を重視していたからこそ、あいつは強かったんだ。
さっきまでのお遊びでは、あいつはそれを無視して俺と同じ土俵、つまりは刀を使った戦いを選んでいた。
だからこそ、さっきまでは圧倒的に俺が有利で、俺は余裕を持てていたんだ。
あいつが自分で気付かない内に、戦い方を間違えていたからこそ、俺はお遊びだと言ったんだ。
間違えさえしなければ、あいつは俺なんかより圧倒的に強い。
……とまあ、何やかんやと言ったが、だからといって俺はこんな所で立ち止まっていられない。
あいつが俺より強かろうが、それは関係ない。
雨を助けなきゃならねえんだからな。
しかし、どう攻めたもんだか。
正直な話、全く隙が無い。
不用意に突っ込もうもんなら即蜂の巣。
突っ込まなくても一つ行動を間違えれば蜂の巣。
ただ岩陰に隠れているだけではその内蜂の巣。
何にしても気を付けなきゃ蜂の巣になるのは変わりねえって訳だ。
おまけに肩のポッドはまだ使っていないから、一体何が飛びたしてくるか分からん。
果てし無く厄介だ。
弾切れを待とうかとも思ったが、あんだけ適当に撃っている以上、それはないだろう。
創造で幾らでも弾くらい出せるだろうし。
……あれ、詰んでねえかこれ。
今はまだ隠れられる岩がある。
でもこれは有限だ。
外じゃなく中なんだから。
そもそも此処にある事自体がおかしいんだし。
……ええい!
なる様になる。
いやする!
立ち止まっちまうのは負けを意味する。
だから立ち止まらねえ。
まだ余裕はある。
どうやら俺が何処に隠れているか見失ってそうだし。
漬け込む隙はいずれ生まれる筈だ。
それを逃さない為にも、先ずは装備の確認。
当然そんな物は常に確認を怠っていないが、此処に辿り着くまでに大分『茨』や無名の刀を使っちまったからな。
大体は把握しているつもりだけど、一度ちゃんと確認した方がいいだろう。
『凪』、『祢々切丸』、『茨』が残り17本、無名の刀は8本か……。
後は投げナイフが35本に、趣味で買ったククリナイフが1本。
それにロープが10m程とワイヤーが5m。
この後の戦闘を考えると、『茨』は10本、刀は5本、ナイフ20本は残しておきたい。
……ナイフで牽制しつつ、何とかして『茨』を脚に刺す。
『ティストルツィオーネ』で強化しているから脚が切り落とされる事はない筈。
寧ろ刺さるかどうかが心配だな。
とにかく動きを止めて拘束するかしないと。
アリス同様、今のクレアに何を言っても通じやしない。
さて、その為にはまずあのガトリングガンをどうにかしねえと。
さっきも言ったが、恐らく弾切れはしない。
となると、あの銃弾が縦断している空間を突破しなきゃならん。
無傷で済む確率は、まあ考えるまでもないか。
避けるんじゃなくて前進するとなると、多分死ぬ。
だから避けつつ前進。
正直今考えている案でも無傷では済まんだろう。
運が良きゃ、致命傷を避けられるっていうくらいしょぼい作戦だ。
しかし、これ以外思い付かん。
今尚撃ち続けられる銃弾から身を守りつつクレアに近付く方法は。
誰かが銃弾の斬り方をレクチャーしてくれたりしてくれるならそれが一番だが、そんな奴はいないしな。
……長く考え過ぎた。
今隠れている岩はもうもたない。
覚悟を決めて、飛び出すとするかね。
腕と腰のホルダーに15本のナイフを装着して、両手に無名の刀を持ち立ち上がる。
銃弾が岩からずれた瞬間、俺は飛び出した。
「あれぇ?出て来ちゃってもよっかたの?しにゅよ?」
「喧しい!」
ずれていた砲身が俺に弾を撃ち込むべくずれてくる。
連射し続けているから、当然銃弾の波もそれに合わせて横から迫って来る。
先ずは、さっきやったみたいに空間を斬りつけて裂け目を作り、そこに銃弾を吸い込む。
真横に作った事で、結構大量の弾を消す事が出来た。
「まぁたチートかー。ずるーいんだー!」
クレアは一瞬撃つのを止めて、完璧に此方に砲身を向けた。
今だ。
クレアがトリガーを引くより一瞬早く、7本のナイフをクレアに向けて投げ付ける。
かなり力を抜いて。
「そんなの、くらわにゃい。」
そして再び連射が始まる。
俺はくらわせる為にナイフを投げたんじゃない。
ナイフを投げて、殆ど無意味に近い盾を作っただけだ。
銃弾は見えんが、それでも『剣』を使った刃物を当てられさえすれば斬れる。
投げたナイフには当然『剣』を使っているから、気休め程度ではあるが、俺に届く弾を切り落とす事が出来る。
あのガトリングガン、さっきから観察していて気付いたが、あまり性能がよくない。
弾の軌道がかなりぶれていて、真っ正面に飛んでいないのだ。
それにクレアは気付いていないのか、まるで修正せずに撃ち続けている。
だからこのナイフの盾だ。
真っ正面は言わば台風の目、そこを防ぐ必要はない。
銃身を中心に半径2m、大体これが着弾する可能性のある範囲だ。
そこにナイフを投げてやれば、脚やら腕やらに当たる可能性を軽減出来る。
って理屈だが、正直やるには結構な勇気がいるなこりゃ。
「んんん?にゃんで当たらないのよ!」
「さて、何でだろうな!」
ナイフに使ったアートはそう長くはもたない。
俺の体から離れてから大体10秒程で切れてしまう。
残ったナイフはあと8本。
稼げる時間は約20秒。
プラスαで刀で稼げる時間が多分10秒程。
30秒もあれば、十分クレアに接近出来る。
……ナイフに使ったアートが切れるまであと1秒。
再び7本のナイフを力を抜いて投げる。
先に投げたナイフはアートが解けた瞬間、弾に撃ち抜かれ粉々になっちまった。
再利用はやっぱ不可能だなと思いつつ、クレアとの距離を詰めていく。
「もう訳わかんにゃいし。そっちがそういうの使ってくるなら、僕はこうしてやる。」
「……此処でご開帳とは。出来れば勘弁してほしかったぜ……!」
ナイフを投げた直後だったから直進したい所だが、というか直進しないと被弾する確率がめちゃくちゃ高くなるから直進しなきゃならんのだが、それでもやっぱり直進するのは難しそうだ。
一体何が入ってるのかと期待していた肩のポッドの中には、予想していたミサイルは入っていなかった。
代わりに見えたあれは、まあ刀だな。
刀だけでなく、剣やらナイフやら、とにかく刃物と呼べる物が大量に入っていた。
両肩のポッドを合わせれば100はあるんじゃないかって量が。
それが射出されて、俺に向かって来た。
今度は真っ正面もちゃんとフォローして。
何だ、ちゃんと考えていたのか。
真っ正面に隙を作りそこに付け込ませ、逆にそれを利用する。
全く、こんなもんに嵌るとは甚だ遺憾だ。
そのせいで又ぞろ隠れんぼする羽目になっちまった。
まあこのザルな盾作戦で大分近付けたからよかったけど。
「まぁた隠れちったねえ。剣とか一杯出し過ぎてどこいったゃったのかわかんにゃいにゃあ。」
そりゃ好都合だ。
予想外のもんが出て来てちと焦ったが、まあ結果オーライかな。
左肩を抑えながら再び考えを巡らせる。
肩に一本刀が刺さっちまった。
あの銃弾の嵐の中でこれくらいで済んだのなら寧ろ僥倖だった。
だったが、取り敢えず今は左腕が使えん。
刀を抜き、シャツを破って包帯代わりにして止血しておく。
後でちゃんと治療しとかねえと。
「どこー?どこにいるにょー?」
キョロキョロと、決してその場をうごかさず首を巡らしてクレアは俺を探す。
動かないでいてくれるのは助かるが……動かない?
本当に動かないだけか?
そういえば、クレアはさっきから一歩も動いていない。
何故だ?
確かに重装備で、普通の人間なら動けないが、クレアは余裕で動ける筈だ。
動いた方が俺をさっさと殺せるだろうし、普通そうするだろ。
マラッティーアを早く治さないといけないと思い込んでいるんだから尚更だ。
じゃあ何故そうしない。
そうしないんじゃなく、ただ単純に出来ない?
加えて見逃して、いや聞き逃していたが、さっきからクレアの呂律があまり回っていない。
戦闘による精神高揚のせいかとも思ったがそれにしたって回ってなさ過ぎだ。
動けない、呂律が回らない。
この二つが示しているのは何だ。
……アート。
それくらいしか思い付かない。
アートの副作用、俺には無いそれくらいしか。
クレアのアートである『チェッルラ』。
その副作用は……あれ、何だ?
よく考えたら、俺はクレアのアートについてそこまで詳しく知らなかった。
分子だか原子だかに干渉出来て、変化させられる。
そんな感じだ確か。
加えて田中太一と同じ創造。
ってのは分かるんだが、それを使い続ける事で一体どんなデメリットがあるのか、それは知らない。
……全く、こんなんで仲間だとか言ってたとはお笑いだ。
しかし、何にしても今現在クレアが動けない事は事実だ。
なら拘束自体は簡単に出来るだろう。
あのガトリングガンと両肩のポッドをどうにかしさえすれば。
『ロッカー』から新たにククリとワイヤーを取り出し、無名の刀を一本しまう。
作戦としてはさっきまでと変わらず至極簡単だ。
ワイヤーを括り付けたククリを全力で投げて、先ずはガトリングガンを切断する。
そこでワイヤーを引いてついでに肩のポッドも切断する。
クレアとの距離は約8m。
ワイヤーの長さは3m程で区切って持たなきゃ多分取り回しがきかないから、あと5mくらいは距離を詰めなければいけない。
ま、此処まで来れたんだし何とかなるか。
さっき俺が隠れてから発砲は収まっている。
出るなら今だ。
今度は一息も入れずに飛び出す。
5m。
普段なら何とも思わん距離だが、今はこの距離を詰めるのに命を懸けている。
だからこそ、少しでも時間を稼ぐ為にクレアに気付かれるのは1コンマでも遅れてほしいからな。
「みぃつけ―――」
「遅い!」
遅かった。
1コンマ所じゃない。
軽く1秒は、飛び出た俺にクレアは気付けていなかった。
その時には、俺は既に射程距離に入り、ククリをクレアの左腕に向けて投げつけていた。
「あ……。」
情けない声をクレアが上げ、ガトリングガンは砲身の中央部分を頭の先から終わりまでぶった切られた。
この時点で、俺は気付かなきゃならなかったんだ。
再び同じ過ちを繰り返していた事を。
何故もっと深く考えなかった。
クレアのアートの副作用を。
クレアの背後に行ったククリを、ワイヤーを引く事で再びクレアに当てる。
次は肩のポッドを切断する。
計算通りに。
ポッドに突き刺さるだけでも十分だと考えていたそれは、肩のポッドを簡単に切り裂き、切り裂き、切り裂き、きり……さき……。
「……え。」
情けない声を上げた。
次は俺が。
計算通りに、ポッドは切断した。
計算違いで、クレアの左半身は、切断された。
「は……あれ。何だよ、おい。なあ……クレア……?」
返事はない。
ほんのちょっと前までクレアだったそれは、音も立てず、さらさらと、バラバラに、粉々になって、粉々に……!
「あ……ううあああああああああああ!」
粉々になって、消えた。
恨み言の一つも残さず、残せず、クレアは死んだ。
あっさりと、俺が殺した。




