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アートバンビーノ  作者: 凩夏明野
第四章-殺人-
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東奔西走

さて……さて。

まあ、なんだ。

俺達はジェニトーレ(仮)本部の中を、敵……今となっては何が敵なのかいまいちよく分からんが、敵の情報を得るために探し回った。

結論から言って、得られたのは疲労感だけだった訳だが。


「やはり何も残ってはいませんね。流石は悪意の塊ヴィツィオさん、と言った所です。」


「知ってんのか?」


「ええ。彼がバンビーノに所属しているあのヴィツィオさんなら、ですがね。端的に言って、人間的にとても捻くれている方ですね。まあ、だからこそこうも重要な情報を残さずに此処を去れたと言えます。爽君もパソコンやら引き出しの中やらを調べたと思いますが、全てのデータが破棄されていた訳ではありませんでしたね?」


「ああ。」


確かにそうだった。

残っているには残っていたんだ、色々と。

ただ、それらのデータはとにかく役に立たん代物ばっかだった。

例えば今月の晩飯のメニューだったり、ゲームの結果だったり、どうでもいい写真だっり。

挙げればもう少しあるが、イライラするだけだからやめておく。


「なんつーか、おちょくられてる感じでムカついたな。」


「その通りですよ爽君。彼は人を騙したり、貶めたり、貶したり、蔑んだり、そう言った悪意を持ってしか人と接触する事が出来ない、そんな男でした。中途半端な、どうでもいい情報だけ残し、しかし我々に何か重要な情報があるのではと思わせ、時間を掛けさせる。そして、それを遠くから眺めて呵呵大笑しているんでしょうね。ここ最近見かけないと思っていましたが、ジェニトーレ役をやっていましたか。想定の範囲内ですが。」


「あいつは、一体第何隊所属なんだ?」


「先程も申した通り悪意の塊である彼は、他人と組む事が出来ません。他人が組みたがらないので。ですから、貴方と同じく独立部隊の所属でしたね。」


同じくと言われるとぞっとしない。

そんな訳の分からねえのと同じにされちゃたまったもんじゃねえからな。


「長話が過ぎましたね。特に何も無さそうなので、早急に日本に帰りましょう。」


「西に来たと思ったらまた東へか……。西奔東走ってとこだな全く。しかしどうやって日本に帰るんだ?ジェニトーレとバンビーノが同一だとして、それを俺達が感づいたと知ったら、空港とかは使えねえんじゃないか?」


バンビーノの力を持ってすれば、空港の掌握何て大した事ないだろう。

俺達が何処にいるかは把握されてるから、俺がこの国に来た時に使った空港も当然知られている。

少数で抑えられるだろう。


「そうですね。恐らく此方の空港も日本の空港も既に厳戒態勢が敷かれているでしょう。我々、と言うより君を捕縛するために。最早ジェニトーレなどという仮の姿で君達第一小隊を襲う必要はないでしょうから、バンビーノが総力を挙げてくる、と思っていて下さい。」


「……全く以て面倒な話だな。……ん?ちょっと待て。」


「どうされました?」


「いや……うん。此処まで来て、本当に、マジで、どうしようもなく今更なんだが、何でバンビーノはこんな事してんだ?」


至極真っ当な質問だろこれ。

寧ろさっきまでの紳の話を聞いて、聞いておいて、これを質問しなかったとか馬鹿じゃねえのかって話だろ。


「何たってバンビーノは、マラッティーア率いるバンビーノ第一小隊に、これまたバンビーノの連中であるジェニトーレ(仮)壊滅任務何て出した?つーかよ、同じバンビーノ同士だってのに、俺は元独立部隊だから仕方ねえとして、何で俺達の方は誰も今まで殺してきた奴らの顔を知らなかったんだ?さすがにあり得ねえだろ。」


「ははは、矢継ぎ早に質問してくれますね。」


いやはははじゃなく。


「真面目な質問だ。まあ、日本人が相手なら仕方ない。マラッティーア達はイタリアで活動してたんだからな。だけどよ、ジェニトーレ(仮)の中にゃイタリア人だっていただろ?同郷の奴らを知らんってのは、おかしい話だ。」


「中々冴えていますね。それには日本に帰る道すがらお答えします。」


まあ、その方が良いわな。

此処で立ち止まっていた所で何かが解決する訳でもなし。

と、さっきの話に戻るが、一体どうやって日本まで戻るんだ。

飛行機や船は使おうと思えば使える。

バンビーノが見張ってようが、その見張りを倒しゃいいだけの事だからな。

だが、それじゃ時間が掛かる。

倒しゃいいとは言うが、そんな簡単にいくかどうかも分かんねえしな。

それに飛行機に乗れたとして、その後も順調にいけるかと言えば、その確率は100%ではないだろう。

途中でその飛行機が墜とされるなんて事もあり得る。


「では行きましょうか。太一さんから貰ったこの手土産で。」


「手土産?」


一人で考えていた俺に、紳は右手を出してきた。

その手の上には、箱?


「何だその箱?ワープとかしてくれるのか?」


「いえ、これは陸海空兼用小型化機能付き潜水艦、と仰っていましたね。今回の移動には主に潜水艦として役に立つので車でも飛行機でもなく潜水艦と命名された様です。このボタンを押すと我々が乗れるサイズに変わるみたいですね。」


陸海空兼用って事は、陸を走れて、海を渡れて、空を飛べるってのか。

万能過ぎるだろ。


「先ずは飛んで海まで出ましょう。その後潜水して行けば日本まで無事に帰れる筈です。流石にバンビーノも潜水艦に乗って帰国するとは思っていないでしょうからね。」


「確かに妙案だな。じゃあさっさと行こう。」


という訳で早送り。

俺たちは深海500mまで潜水して日本に向かい始めた。


「さて、此処まで来れば取り敢えず気を張る事もないでしょう。後はリモート操作で寝ていても日本に着ける筈ですから。」


「流石は創造だな。こんな訳分からんくらい汎用性の高えもんを創るなんて。」


しかし何でも創れるってんならいっその事『人間を瞬時に任意の場所まで安全に転送する装置』でも創ってくれればいいと思うんだが。


「ワープという物は、得てして危険が伴います。イニーツィオさんの力ならまだしも、機械ではね。それを抜きにして、それじゃ詰まらないだろと仰ってましたがね。」


苦笑しながら紳は言う。

詰まる詰まらんはこの際全く関係ねえだろうに。

あいつもやっぱり大概何考えてんのか分かんねえな。


「では安全地帯まで来ましたし、先程の質問に答えましょう。と言っても、爽君はもう答えを知っていますがね。」


「は?いや、知らねえから聞いてんだぞ。」


「知ってはいますよ。ただ忘れさせられているだけです。」


忘れさせられている?

……そういやそういう力を、俺は知っている様な知らない様な。

……やっぱ知らねえや。


「先に注意しておきますが、極力爽君は私に話し掛けないで下さい。どうしても質問がある時は筆談でお願いします。」


「は?」


言いながら、紳は紙と鉛筆を俺に寄越した。

意味が分からんが、取り敢えず従った方がよさそうだな。


「『忘却曲線』。それが、爽君から記憶を奪ったアートの名前です。」


……知らんな。


「当然その力の事も忘れさせられていますからね。このアートは対象の記憶の一部、若しくは全てを忘却させられる物です。名前の通りですよ。奪われた記憶は、何をどう足掻いても思い出す事が出来ません。忘れているという事自体忘れているのですから。」


そりゃ面倒な話だ。

忘れている、何かが欠落しているとだけでも分かればどうにかなる時もあるからな。


「更に、この力は対象から第三者に派生します。忘れた記憶に関する事を、他者に伝えてしまうと、それに関して第三者が知っている、記憶している事が第三者の記憶からも消え去ってしまう。逆も然り、私が爽君の消えた記憶について聞いても同じ事です。」


アート使いが側にいなくてもか?


「ええ。これは『忘却曲線』が解除されなければいつまでも有効の様です。」


めちゃくちゃな力だな。


「ですから爽君には筆談で話してもらう事にしたんです。流石のこのアートも、筆談には適応されませんから。」


成る程。

……ちょっと待った。

俺は『忘却曲線』に関しての記憶を、それ自体を使われる事によって消された。

そしてそれについて紳は声に出して話した。

なのに何で俺もお前もいまだに『忘却曲線』について覚えていられるんだ?


「良い質問ですね。理由は二つあります。一つ、爽君には筆談で話して頂いているので爽君から私への派生はありません。二つ、私は『忘却曲線』について知っていて、尚且つ『忘却曲線』を使われていない。つまり、派生させるのにもそれなりのルールがあるんですよ。」


よく分かんねえな。

俺が筆談で話してるからってのはいいが、紳は結局俺の忘れた記憶について声に出して喋っちまってるだろ?

なら派生しちまうんじゃないのか?


「そこが重要なんです。私は爽君に『忘却曲線』の説明はしましたが、質問はしていません。知っているから当然ですね。そこが肝です。」


……なんて言うか。

こいつ割と話を長引かせるな。


「私が爽君の中にある筈の『忘却曲線』についての記憶に干渉していないから、派生しなかったんです。あくまでも私は、私自身が知っていてる『忘却曲線』というアートについての知識を爽君に教えただけですから。だから私も君も、アートについて覚えていられる。」


成る程。

理屈は理解出来た。

つまりはこれが『忘却曲線』の弱点って事だな。


「まあそうなりますね。派生に関してだけですが、確かに弱点ではあります。仮に消された記憶を、知識を、二人が共通して持っていればアートを使われた方も知る事が出来ますからね。ですから気を付けて下さい。『忘却曲線』についての会話は、爽君は筆談で行う事。でなければ私達二人共がそれについての情報を失う事になりますからね。」


了解。

しかしあれだな。

派生の弱点は分かったが、その能力自体については弱点はないのか?


「ないですね。使われたが最後、解除されるまでは基本的に忘れたままです。防ぐ手立ても今の所分かっていません。」


そうか。

取り敢えず『忘却曲線』についての話はこれくらいか?

いい加減字を書くのも飽きたんだが。


「そうですね。これと言ってつか加える情報はありません。」


「はー。ったく、普段出来る事をしないってのは、割りかしストレスだな。」


「すみません。しかし『忘却曲線』に派生されては困りますからね。」


「ま、確かにな。……ボヤかして言えば質問するのも大丈夫なのか?」


「その辺りの匙加減は分かりませんので、出来れば筆談でお願いします。」


「了解。」


『忘却曲線』について俺は今まで忘れてたが、今紳に聞いて……思い出した訳じゃないが、知ることが出来た。

それによって俺は『忘却曲線』について考えられる様になっちまった訳だが、心の中で考える分には大丈夫なのか?


「大丈夫でしょう。私と会話している最中も爽君は『忘却曲線』について考えていたでしょう?しかし記憶は消えていない。『忘却曲線』のアート使いは、あくまでも君の中にあった『忘却曲線』の記憶を消しただけで、私から新たに得た知識には使われてはいません。ですから消える事はないでしょう。」


そうか。

それだけ分かりゃ十分だ。

……いや、まだ聞く事があった。

『忘却曲線』を使うアート使いってのは誰なんだ?

そいつもバンビーノの一員なのか?


「……いえ、彼女は違います。違う筈です。何故なら彼女はバンビーノの方針に、と言うよりは今のこの世界の在り方自体に強く憤りを覚えている様ですから。」


この世界の在り方自体……?

この世界って事は……在り方……。

殺人を、許可している事か。


「その通り。私も別にそれが正しいとは思っていませんが、彼女程ではないんでしょうね。実際、こうしてバンビーノにいる訳ですから。」


「まあ、俺も人の事は言えねえかな。んで、その彼女ってのは、と。忘れているって事は……いや、んん?」


「爽君が疑問に思っている様に、恐らくですが彼女自身についての記憶は消されていないと思いますよ。君はもう考え至った筈です。彼女の名前も、そしてその正体にもね。」


殺人許可法に嫌悪感を抱いている女。

……そうだ、思い出した。

そして、思い出せるって事はその記憶は『忘却曲線』に干渉されていなかったって事か。

どうしてあいつは、それを消さなかったんだろうな。


「鞘風。殺人許可法に反対する宗教団体の教祖だ。」


「その通りです。」


何時だったか、これももうあんまはっきりとは思い出せねえが、俺は鞘風に会ったんだ。

何故会ったのかも覚えてねえ。

覚えている事は、あいつが他人の為に涙した事と、俺の母さんを殺した奴の名前だけ。

いや、それさえ覚えていれば他の何もかもはどうでもいい。

立木規爺。

こいつの名前だけは、何があろうと絶対に忘れねえ。

こいつを殺すまで、そしてこいつを殺した後も。

決して忘れない。


「なあ紳。立木規爺って男を知ってるか?」


「立木規爺……すみません聞いた事のない名前ですね。その方がどうかしたんですか?」


「いや、知らないならいいんだ。」


母さんを殺した奴とは言ったが、そりゃ言葉の綾だ。

実際に手を下したのはバンビーノの誰か。

立木はバンビーノに母さんを殺す様に依頼しただけ。

だが、依頼しなきゃ俺の母さんは殺されなかった。

だから、やっぱり、母さんを殺したのは立木規爺だ。

母さんに手を下したバンビーノの誰かも憎いが、その行動自体は俺も何度も経験してしまっている。

そんな俺がそいつを恨むのは筋違い、甚だおかしい話だ。

だから俺は、立木規爺だけを恨む。

絶対に見付け出して、殺す。

例え誰であろうと、どんな奴であろうと、殺してみせる……!

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